第17話 新しい香月小隊

 その後、零戦五二型丙二機と紫電二一型甲(紫電改)二機の四機が加わり、香月小隊は計八機となった。


 何故、低高度迎撃部隊の戦力を増やすのだろうか。それは敵陣営が何かの策を弄しているからだと思われるのだが、その詳細はわからない。


 今日も香月小隊は哨戒任務に当たっていた。高度3000メートルを四機編隊で飛行中だ。俺の一式戦と水之上の二式複戦、そして零戦二機だ。俺たちの上空1000メートルには鰐石女史の二式戦とマリカの五式戦、紫電改二機が控えている。これは、俺たち比較的速度の劣る機体を囮にし、敵が食いついて来たところで上から急降下して叩くという作戦だ。


 零戦二機のパイロットも髭面の水之上も、この案には賛成していた。特に、零戦のパイロットである惣太夫そうだゆう御堀みほりは、格闘戦なら願っても無いと自信満々であった。


「ブラッディ・オスカーの噂は聞いている。ここでどっちが上か証明してやろうじゃないか」


 そう息巻いていたのは惣太夫。


「要は勝てばいいのさ。ま、何が突っかかって来ても、ひらひらかわしてやる」


 これがもう一人の御堀だ。戦闘機動では絶対的な自信を持っているようだ。紫電改のパイロット二名、古熊ふるくま天花てんげは物静かであまり口を開かないが、それでも自信に満ちた鋭い目つきをしていた。


「十一時の方向、距離5000。高度3000に複数の機影を認む。あれは……コルセア4機、ヘルキャット4機」

「何だって? この距離で機種まで分かるのか?」

「鈴野川女史は特別だ。彼女の情報を信じろ。上組は上空から狙い撃て。下組は一時方向へと迂回しつつ格闘戦に持ち込め。屠龍の水之上は退避しろ。今回は相手が悪い」

「へ。俺に逃げろってか? 邪魔はしねえから貴様らの戦いっぷりを拝見させてもらうぜ。ま、得意の旋回戦で敵さんに食われんようにな。ははは!」


 水之上は笑いながら正面から突っ込んで行く。今日の相手は旋回性能が特に優れているF6Fヘルキャットと速度性能に優れているF4Uコルセアだ。

 ヘルキャットは対日戦に大量に投入された日本機殺しの機体だ。旋回において旋回半径では零戦に劣るものの、その高出力エンジンを生かした速度と旋回時の角速度において日本機を圧倒した。また、その頑丈な機体は非常に撃墜しずらい事で有名であった。


 先行している水之上に敵が気づいたようだ。水之上ももちろん標的になってやる気は全くないようで、射程距離に入る前に左下方へとダイブした。その二式複戦を追っていくのがコルセア二機。一時方向へと回り込んでいる零戦二機にはヘルキャット四機が向かっていた。残り二機のコルセアは上昇しつつ俺の方に向かってきている。


 連中は上空に控えている半数、二式戦と五式戦、紫電改二機を視認してないのか。もしそうなら俺たちが圧倒的に有利になる。


 俺は機体をダイブさせつつ、前方から迫ってくるコルセアの射線をかわし、遠距離からの見こし射撃で水之上を追うコルセアを狙う。そして軽くに連射を浴びせた。

 もちろん、命中するはずなど無いのだが、目の前に曳光弾が飛んで来れば撃った方に意識が向くのは当然だ。コルセア二機に追わせれば水之上は確実に撃墜されるからだ。


 鈍重と言われている二式複戦を的確に操る水之上の腕はいい。肝心なところで上手い機動をかけコルセアに射撃位置につかせない。水之上を追っていた二機のコルセアの内の一機がUターンした俺の方に向かって来た。正面。望むところだ。


 やや遠め、800メートルほどの距離で機関砲を放ち、機首を左に振る。奴が引きがねを引いた瞬間には俺の機体は奴の射線から外れ、俺の放った機関砲弾は奴の機体に命中した。しかし浅い。奴は煙も吹かず上昇し宙返りに移行する。これは俺に背を向けた格好になるが、上昇するだけなら俺を引き離すことができるし、俺の機動によっては宙返りしてから射撃しようという魂胆だったのだろう。奴は控えていた上組に気づいていなかった。腹側から接近してきた鰐石女史の放つ37ミリ機関砲が奴の胴体をぶち抜き、コルセアは火を噴いて爆散した。


「何て威力だ。数発でコルセアがバラバラじゃないか」

「感動した? でも感想は後でね。来るわよ」


 軽口をたたく鰐石女史だ。マリカの五式戦は水之上を追っていたコルセアの背後につき機関砲を射撃した。


 一連射で火を噴く。次いで残り二機のコルセアは俺との旋回戦を選んだ。鰐石女史の二式戦は一撃離脱主義のようで既に上昇を始めていたし、マリカの五式戦と水之上の二式複戦は高度が下がっており距離も開いていたからだ。


 F4Uコルセア。2000馬力のダブルワスプを搭載した高速かつ運動性能に優れている機体だ。しかし、俺の一式戦と比較すれば重量があり旋回半径では大きく劣る。巴戦。縦方向の宙返りを二回した時点で向こうは旋回を諦めそのまま上昇を始めた。いくら大馬力のエンジンを搭載していても、上昇すれば速度は低下する。もちろん、俺の機体で追っても追いつきはしない。その、上昇してくコルセア二機に、既に高度を得ていた鰐石女史の二式戦が、降下しながら射撃を開始した。


 ドンドンドンと37ミリ砲が火を噴き、一機のコルセアが爆散した。残った一機は全速で逃亡を始めた。


「追いますか? 一回だけなら射撃位置につけそうですけど」

「逃げる敵は追わなくていい」

「へえ。結構甘いんだ」

「放っておけ」


 鰐石女史としては追撃したかったようだが、他の敵と遭遇する可能性は否定できない。


「ヘルキャットの方はどうなっている?」

「零戦と紫電改が一機づつ撃墜。二機が逃亡します」


 こちらはマリカが報告していた。


「そうか。よくやった。帰投する」

「了解だ」

「了解」


 各機が応答するものの、零戦の惣太夫そうだゆうからは応答がない。


「惣太夫。どうした?」

「スマン。被弾した」


 惣太夫の零戦が火を噴いた。そのまま高度を下げていく。


「不時着する。貴様たちは基地に帰れ」

「できそうか?」

「まあな。あの川に降ろす。救援を呼んでおいてくれ」

「わかった」


 惣太夫の零戦は煙を吹きながら高度を下げていく。そして川面に筋を引きながら着水した。


 今日はコルセア三機、ヘルキャット二機を撃墜した。こちらの損失は零戦が一機。上組と下組、ふたつの分隊に分けていたことが功を奏した格好になった訳だ。いつもこのように上手く行くとは限らない。


 俺は自分自身にそう言い聞かせ基地へと向かった。

 


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