第16話 編隊飛行と射撃訓練

「5000メートルまで全力で上昇しろ。上昇力の差を確認しておきたい」

「了解だ」

「了解よ」


 俺の指示に髭面の水之上と華奢な鰐石女氏が返答した。マリカは何も言わず、翼を二回振った。


 先ず、グングンと他を引き離して上昇していくのは鰐石女史の二式戦闘機だ。カタログデータでは、5000メートルまで4分26秒である。次は俺の一式戦だ。先のテストでは4分45秒を叩き出したわけだが、この機体は20ミリ機関砲を二門追加で搭載しているため数値は劣るだろう。5分丁度ってところではないか。マリカの五式戦はやや遅れており、髭面の二式複戦は更に遅れている。カタログデータとしては五式戦は5000メートルまで6分、二式複戦改は6分30秒と言ったところだろう。


 四機共に5000メートルまで上昇したところで、管制から通信が入った。


「二式戦が4分30秒、一式戦が4分58秒、五式戦が5分50秒、二式複戦が6分25秒だ。皆、計算値より若干早い」


 高オクタン燃料を使用し過給圧を上げてある。当然と言えば当然の結果だ。


「今度は急降下性能を試してみる。全機45度で降下。全力を出せ。ただし無理はするな」

「了解した」

「了解」


 返事をしたのは髭面と鰐石女史で、マリカは翼を振って応えている。そのマリカの五式戦が真っ先に降下していった。そして鰐石女史の二式戦と髭面の二式複戦が続いていく。俺の一式戦は急降下速度では追いつけない。


 急降下時の制限速度が700キロの一式戦と、800キロ以上出せる二式戦や五式戦とは急降下時の差が激しい。しかし、髭面の二式複戦は急降下でも一式戦と同等の速度しか出せないようだ。俺の背後にぴったりと付いて来ている。


「高度2000で引き起こせ。その後は編隊飛行の訓練を行う」

「了解」

「了解よ」

「わかったわ」


 今度はマリカも返事をした。

 

 その後、基本的な編隊飛行の訓練を行った。二機一組のロッテが二組。それがへの字のように水平に並んだ状態から、散開して上昇していく手順や、逆に散開して急降下していく手順などを確認する。


「ところで隊長。やっぱり髭面の機体は機動がぬるいんでどうしても遅れちゃいますね。状況によっては放置してもいいかしら?」

「無理して俺に付き合う必要はないぜ。さっさと自分に有利なポジショニングをしろ」

「あらら。自分で言っちゃってぇ」

「そういう事だ。基本は二機一組だが、状況によって適切に判断しろ」


 鰐石女史からの相談に、髭面が勝手に返事をした。そこに俺が隊長としての意見を述べた訳だが、特に言う必要などなかったようだ。


 その後、海上にて標的機を使った模擬射撃訓練も実施した。これは、B29に見立てた四発機の深山を使用するもので、実際に射撃するのは空砲だが、深山側のビデオカメラで砲口と発射の際の閃光を測定し、命中判定をするというものだ。深山はB29とサイズ的にほぼ同等で、全長31メートルで全幅約42メートルになる。照準器のレチクル環には5つの光学的な環が表示されており、この環と敵機の全長や翼幅を比較して正確な距離を把握する。例えば全幅12・4メートルのP47を捕捉した場合、距離200で内側から二番目の3度環がちょうど翼幅となる。しかし、B29ならば200メートルで一番外側の9度環まで翼幅が達する。

 射撃の最適距離は200メートルだ。しかし、常にこの最適距離で捕捉できる訳ではないので、少し前、400メートルから射撃を始め100メートルで射撃を終わる方法が最も有効だと言われている。経験の浅いパイロットが大型機を相手にした場合、この距離感がつかめずに遠距離から射撃を開始してしまい弾丸が命中しない事がよくあったらしい。


「鰐石女史から始めろ。ヘマしてぶつけるなよ」

「わかってるわ」


 海上3000メートルを飛行している深山の垂直方面から、二式戦が急降下しながら空砲を撃つ。そして機体を捻って左下方へと降下していく。


「次、水之上」

「了解だ」


 髭面の二式複戦も急降下しながら空砲を撃ち機体を左に捻って下方へと降下していく。左に捻るのはプロペラより発生するトルクの影響があるため、左に捻る方が反応が早いからだ。


 続けてマリカの五式戦、俺の一式戦が垂直方向からの射撃訓練を終えた。


「もう一度やりたい奴はいるか?」

「一回やれば十分よ。でも、深山は大きいわね。書面で確認してなかったら距離感掴むのに苦労したかも」

「そうだな。俺も同じだ。B17は相手をしたことがあるんだが、それよりも10メートルも翼幅が広い。今回キッチリ接近したんで次から問題はないさ」

「そうか。では手筈通り、次は上方前側」

「了解よ」


 鰐石女史の二式戦が深山の正面上方から降下していく。それに髭面の二式複戦も続いた。


 その後も、前方、側面、下方と接近する方向を変え、何度も空砲を撃ちながら深山に接近する訓練を繰り返した。深山を操縦していたパイロットからは、一式戦と五式戦が露骨に操縦席を狙っていたので、空砲でも恐怖を感じたと証言をしていたらしい。これには苦笑するしかなかった。

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