第15話 低高度迎撃隊

 その日はニルヴァーナ司令主催の昼食会が開催された。低高度専門の迎撃隊を結成するからとの事だった。


 指令室に設置された食事会場。長テーブルが三本ほどコの字型に並べてあり、ご丁寧にテーブルクロスまで敷いてある。俺とマリカ、新参加の髭面と色白のスリム美女が並んで座っている。俺専属の給仕だと言い張っているカミラはニルヴァーナの隣に座らされていた。


「今日は新しいメンバーの歓迎会を兼ねている。水之上から自己紹介しろ」


 ニルヴァーナに促され、髭面が口を開いた。


水之上みずのうえ郁郎いくろうだ。二式複戦改で参戦している」


 続けてスリム女性が自己紹介をする。


「私は鰐石わにいし珪砂けいさ。私も二式戦だけど鍾馗の方よ」


 髭面の厳つい男が水之上。対して色白で華奢な女が鰐石だ。この二人が加わり、俺と鈴野川女史との四機で小隊を結成した格好になる。一応、俺が小隊長を務める事になるらしい。


「私はカミラ・ビーター。香月氏の専属給仕です」

「とは本人の希望であって事実ではない。一応、香月氏に付けるが身分は司令付きの秘書官だ」


 カミラの弁にニルヴァーナが付け加えた。なるほどそういう事か。このような軍事施設に、個人べったりの専属給仕などいるはずがない。この紹介にカミラは不満げであり、対して満足げな笑みを浮かべているニルヴァーナが興味深い。


「香月祐。一式戦だ」

「マリカ・ザイード・鈴野川です。私の機体は五式戦」


 俺とマリカの、極めて簡素な自己紹介に髭面の水之上と色白の鰐石女史が頷いていた。まあアレだ。ここで必要なのは機体の特性と操縦技術であり、趣味がどうとか好きな食べ物がどうとかは関係ない。

 

「さて、午後には訓練飛行が予定されている。アルコールなしの軽いコース料理だが堪能してくれ。もちろん、私の奢りだ」


 スープから始まる洋食のコース料理だが、エビフライとヒレステーキが同じ皿に盛ってあった。通常はソースが混ざるので別の皿に盛るのだが、この辺りも大雑把なニルヴァーナの趣向に合わせているのだろう。


 俺たち四人は食事を済ませ、滑走路脇の格納庫へと集合した。もちろん、ニルヴァーナ司令と整備班長のマグノリアもいる。


「へえ。低高度のエースは機関砲四門の隼かい?」

「乗せたばかりだがな」


 俺の機体、武装強化済みの俺の機体を指さし、髭面の水之上がニヤニヤしながら質問してきた。


「12・7ミリが四門?」

「いや、機首が20ミリ、両翼に12・7ミリだ」

「なるほど、五式戦と同じレイアウトだな」


 そう、マリカの五式戦と同じ武装となったわけだ。対戦闘機用としては十分な火力。機首に搭載した20ミリの命中精度が高いのは強みだ。傍にいたマグノリアが口を開いた。


「二式戦と二式複戦だ。両機とも俺がこってりと改造しているから、機体特性が標準とはかなり異なっている。一応、説明しておくぞ」


 そういう事らしい。

 先ずは水之上の二式複座戦闘機、屠龍とりゅうだ。


 この機体は当初、長距離護衛戦闘機として運用されていたのだが、単発戦闘機と比較して運動性が劣り苦戦を強いられた。対大型機用として運用方針が転換され、武装が強化された機体が開発された。37ミリ戦車砲を搭載した乙型、37ミリ機関砲を搭載した丙型がそれである。


「とは言うものの、標準の機体は最高速度が540キロほどなので高速の爆撃機を相手にするのは苦しい。そこで、エンジンを1500馬力のハ112に換装し、後席を取り払った。要するに、二式複戦の改造型キ96だよ」


 このアルスでは実在しない機体を扱う事は出来ないらしい。しかし、試作機でも実在していれば使用可能なのだという。


「最高速度は595キロ、武装は37ミリのホ204が二門、20ミリのホ5が二門だ。この37ミリは改良型で、発射速度、砲口初速ともに優秀な機関砲だ」

「そういう事だ。ま、大型機は俺に任せてくれ」


 事実では、37ミリでも単発の戦車砲や発射速度の劣る機関砲(ホ203)はあまり役に立たなかったと聞く。この改造機は速度と武装の両方を対爆撃機用に最適化したという事だ。


「続いて二式戦だ。この機体のエンジンは変更していないが、高オクタン燃料に対応しブースト圧を上げてある。ノーマルよりも約15パーセント出力は上がっているが、最高速度は標準と同じ615キロとなっている。これは武装強化による重量増加の為だ。両翼の機関砲は37ミリのホ204で屠龍の物と同じ。機首の機関砲も20ミリに変更し、かなり重くなっている」


 日本の迎撃機インターセプターとして最優秀との評価を得ている二式戦鍾馗しょうきだが、強いて言えば武装が貧弱で大型機に対してはあまり有効ではなかった。40ミリ砲を搭載した乙型もあったが、この機関砲は砲口初速が低く、命中させるためにはめいっぱい接近する必要があった。その欠点を十分に補っているという訳だ。


「つまり、俺と鈴野川女史が対戦闘機、水之上氏と鰐石女史が対爆撃機。これが基本的な役割分担という事だな」

「そういう事だ。よろしくな」


 水之上とがっちり握手をする。続いて鰐石女史とも握手を交わした。


 トラクターに牽引され、四機の戦闘機が次々と誘導路に並べられた。そして、二式複戦の左プロペラに発動機始動車が接続され、外部からプロペラを回し始める。そしてボンボンと不連続な爆発音が鳴ったのち、エンジンが始動した。続いて右側も同様に始動する。


「相変わらず手間がかかりますね」

「日本機にはセルモーターが搭載されていないからな。手動のイナーシャ・スターターで回すよりは手間がかからんよ」

「セルモーターの搭載は考えていない?」

「ああ。重くなるからな」


 という事だそうだ。マグノリアは地上要員の手間よりも飛行性能を重視している。対してスピットファイアやモスキートなどの英国機はセルモーターが搭載されており、通常は電源を接続して始動が行われている。


 四機の戦闘機のエンジンが始動した。俺たちはそれぞれの機体に乗り込み、青々とした芝が敷きつめられた滑走路から蒼空へと飛び立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る