第14話 武装強化プラン

「香月さま。冷たいおしぼりです。どうぞご利用ください」

 

 真っ先に駆け寄ってきたカミラがおしぼりを差し出した。俺はカミラからおしぼりを受け取ってからルメットと手袋を彼に渡す。その様子を苦々しい目つきで眺めている二人の女性。ニルヴァーナ司令と鈴野川女史だ。

 何か言いたげな二人を無視し、俺はカミラが用意したおしぼりで顔を拭く。そして整備班長のマグノリアの方へと向かった。


「くくくっ。これは面白いモノが見れそうだ」

「何が面白い?」

「いやね、女性の嫉妬というものがね」

「嫉妬か」

「そうだ。今は香月氏を中心に不穏な空気が漂っているぞ」

「面倒だな」

「ふっ。それなら私と仲良くするという手もあるぞ。ご婦人方は君の事を諦めるだろうからな」

「もっと面倒な事になりそうだ」

「ふふふ。敢えてそういう修羅場を作り、それを楽しむ気は無いのかね」

「ない。絶対に遠慮しておきたい」

「それは残念だ。では事務所で話を聞こうか」

「わかった」


 俺はマグノリアの後に続き、整備工場脇の事務所へと向かう。駆け寄ってきたカミラには休憩しろと命じておいた。


 カミラから受け取ったペットボトル飲料を片手にソファーに座る。

 図面の束をドサリとテーブルに乗せ、マグノリアも向い側のソファーに座った。


「あの子は?」

「名前はカミラ。俺専属の給仕らしい」

「らしい?」

「そうだ。システムが勝手に用意したらしい」

「らしいか」

「ああ。俺には何の事やらさっぱりわからんのだが、何かが俺たちを監視しているのかもしれない」

「香月氏をか?」

「そうだな。多分、俺と鈴野川女史だ」

「監視役か。その話は本人から聞いたのか」

「システムが用意した事は彼から直接聞いた。監視役云々は俺の推測だ」

「なるほど。撃破率99パーセントのブラッディオスカーなら、いつ監視がついてもおかしくはない」

「俺よりも強いパイロットはいくらでもいるのではないか?」

「そうでもない。過去、同等の数値を叩き出した奴はいたが、みな戦死したよ」

「そうだったか」

「さて無駄話はここまでだ」

「ああ」


 早速、マグノリアの技術的な話が始まった。彼の改造プランは概ね正解で、旋回性能や加速上昇性能は軽量だった一式戦二型に匹敵する事や、最高速度と急降下性能は大幅にアップしている事、そして、機体の振動や射撃時の安定性も良好だった事を報告した。


「予想通りだったよ。いや、上昇力は予想を上回ったし、旋回性能も、旋回時の角速度だが、これも予想以上だった。これは……」

「何だ?」

「香月氏の腕前だろうな。他のパイロットでは予測値すら出せるとは限らない」

「買い被りだ」

「そうでもないぞ。さてあと一つ、武装の強化だ。これはニルヴァーナ司令からも依頼があった」

「俺は今のままで構わないが」

「大型機を相手にする場合は困るだろう」

「確かに、一撃で墜とせない場合も多々あるだろうな」

「B29等の重装備な機体が出てくればお手上げではないか?」

「それはそうだが、俺の相手は戦闘機だよ。それに、B29が低空で侵入してくるとは思えない」

「そうとも言えない。これを見ろ」


 マグノリアの提示した資料にはB29の写真が納められていた。


「B29だな。盗撮したのか?」

「ああそうだ。しかし、エンジンカウリングの形状が気になってな」

「カウリングの形状?」


 マグノリアが指さすところ。正直、俺はB29の相手をしたことがないので何が異なっているのかは分からない。


「エンジンが換装されてるんだ。18気筒で54・9リットルのR3350デュプレックスサイクロンから、28気筒71・49リットルのR4360ワスプ・メジャーへとな」

「ワスプ・メジャー? 星型4列の化け物エンジンだ」

「そう。要するにB29のD型、後にB50として正式化された機体になる」

「なかなか堅そうだ」

「そうだな。そしてこれを見ろ。機銃が増設されている。本来は連装の12・7ミリが五基で計十丁なのだが、機首下側と左右側面に二丁づつ。前方の上下銃塔が四連装に、尾部も四連装になっている」

「つまり? 合計二十二丁か?」

「そうだな。これは編隊護衛戦闘機型と言ってよいだろう」

「これは厄介だ」

「だろう? 史実では、B17に多銃装備を施したXB40という機体があってな。護衛戦闘機が付けられない長距離の任務で爆撃機編隊の護衛として期待された。しかし、その機体は重量と空気抵抗が増し速度が低下して編隊について行けず、役に立たなかった。しかしこれはどうだ? これだけの重武装をしても、通常のB29より高速を出せる」

「エンジン換装型だからか」

「そうだ。もちろん、高高度からの侵入であればニルヴァーナが率いるスピット部隊が相手をする。しかし、低高度から侵入された場合はどうする。そこでだ。貴様の一式戦を武装強化する案があるんだが?」


 そう、先日も低高度から爆撃機が侵入してきたばかりじゃないか。あの時は20ミリ機関砲搭載の代替機だったし上手く急所に命中させることができた。しかし、今の12・7ミリでは一連射で撃墜する事は困難になる。


「20ミリ二門搭載の三型乙にするのか?」

「いや、機首に20ミリ二門、両翼に12・7ミリ二門だ。幸い、主翼構造を強化してあるので、翼内に機関砲の搭載は可能だ。今から取り掛かれば午後には完成してるよ。取付ベースの仕込みは終わっている」


 どうやら最初から武装強化するつもりだったらしい。せっかく軽量化した機体だが、重武装化する事で重量は元に戻ってしまう。しかし、考え方によっては、重量はそのままで20ミリ機関砲を二門追加できるという話でもある。


「わかった。やってくれ」

「まかせな」


 マグノリアと握手を交わした後、事務所から外へ出る。休憩しろと命じておいたにもかかわらず、カミラが外で立っていた。

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