第13話 一式戦三型改・ハイオク仕様
俺は自室で柔軟とストレッチを済ませ、滑走路へと向かう。そこでは既に、暗緑色の愛機一式戦が発動機を回して待機していた。
機体の脇で立っているマグノリアに挨拶した。
「おはようございます」
「おはよう。早速だがテストを兼ねて乗ってもらう」
「はい」
「簡単に改良点を説明しておくぞ」
マグノリアの説明が始まる。
主な改良点は、水メタノール噴射装置を取り外し高オクタン燃料を使用する事。これにより機体重量は約80キログラム軽量化される。また、同時に過給圧を5割増加してある。使用するのはスピットファイアと同じ100/150グレードの高オクタン燃料。発熱量が増加するので、吸気側のインタークーラーを追加し、オイルクーラーも大型化してある。離昇出力は1300馬力。キャブレターから機械式燃料噴射へと変更してある。これは機体がどんな姿勢でも発動機の出力は変化しない。
「一晩でやっつけた割にはいい出来栄えだ。最高速度は590キロの予定。急降下でも700キロまでは翼が捻じれたりしないはずだ」
「それを試せと?」
「ああそうだ。君はテストパイロットではないが、この程度は問題は無いだろう」
「まあな」
「それにな。私自身も、このような大規模改造を施すのは久々なのだ。心の躍動感を抑えられない」
「子供みたいですね」
「ふふ。童心というものは大切なのだよ。言い換えるなら好奇心と探求心だな」
「それが人類の進歩につながっていると?」
「言うまでも無いだろう。さあすっ飛んで来い」
俺はヘルメットを被ってから主翼に上がり、そこからコクピットへと潜り込んだ。シートベルト締めるのを見計らい、整備員が主脚輪の輪留めを外した。
俺はスロットルレバーを押し、発動機の出力を上げる。目の前には光像式照準器に投影された光の輪がはっきりと見えている。
機体は誘導路から滑走路へと入っていく。青々とした芝生の敷かれた滑走路は、やはりごつごつとした振動を主脚に与える。そのままスロットルを押し全速を出す。
スロットルレバーの操作は押すと開き引くと閉まる。
進行方向へ向けて押すと機体は加速し、後ろへ引くと減速する。いわゆる直感的な操作だ。実は旧陸軍機はスロットルの操作が逆であるという逸話があった。押し開が英米式、引き開がフランス式。海軍は英米式で陸軍がフランス式を採用していたのは事実だ。そんな雑学を知っていたため、初めて一式戦に乗り込んだ時に少々戸惑った経験がある。旧陸軍でも一式戦からは英米式へと変更されていたのだ。隼は英米式だった。
つまらない事を考えているうちに、機体は速度を上げ浮き上がる。俺は操縦桿を引き、そのまま上昇していった。
エンジンの振動は少な目。吹け上がりはすこぶる良い。低速域、200キロから400キロ近辺での加速性能も更に改善されている。
『そのまま急上昇しろ。5000メートルまでのタイムを計る』
「了解」
軽量化された機体。そして、ハイオクタン燃料に合わせて高出力化を図った発動機の相互作用により、高度5000メートルまで4分44秒を記録した。これは三型の標準より45秒も早い。軽量化と高出力化の相乗効果だ。
『予想よりも5秒早いぞ。良い腕だ。今度は急降下しろ。時速700キロで引き起こせ。その時の主翼の状態と補助翼の効きを確認しろ』
「了解」
俺は機体を左にロールさせ、背面から地上へと降下していく。
速度計を睨みながら、引き起こしのタイミングを計る。
550……600……650……700……今だ。
操縦桿を引き、機首を引き起こす。エレベータが効いて、機体後部が下がり、同時に機首が上がっていく。機体の下側、俺の尻方向に強いGがかかるが、ブラックアウトしてしまわないように、慎重に水平飛行へと移行する。
『どうだ?』
「特に異常はない」
『そのまま錐揉みしろ』
「了解」
今度はエルロンを利かせ機体を連続してロールさせる。いわゆる錐もみ飛行だ。左側に連続三回転ロールさせる。
『逆だ』
「了解」
今度は右に三回転。
『どうだ?』
「この速度でも特に問題はない。重くなることも無い」
『わかった。次はスプリットSでUターンしろ』
「わかった」
今度はスプリットS。基本的なマニューバだ。
機体を180度ロールさせ背面飛行に移り、機首を上げ180度縦方向に旋回する。素早いUターンが可能だ。
『きっちりこなしてるな』
「こんなのは基本だ」
『できないヤツもいるんだ』
「まさか」
『次、インメルマンターン』
「了解」
今度は逆だ。180度ループから180度ロールをこなしてのUターンだ。スプリットSと違って上方へとループするため、速度が不足すると失速してしまうのだが、今はほぼ最高速度なので問題はない。
『見事だな。次はシャンデルとスライスバックを連続でやれ』
「わかった」
この機動はスプリットSやインメルマンターンと同様、180度向きを変えるものだが、45度の角度をつける。シャンデルは上昇して速度を高度に変え、スライスバックは降下して高度を速度に変える。
『完璧だ。最後は木の葉落としを決めて見せろ』
「俺は曲芸師じゃないんだぜ」
『お前ならできるはずだ』
「ふん。ちゃんと見てろよ」
木の葉落とし。
零戦のパイロットが使ったと言われている伝説のマニューバだ。背後に取り付かれた敵をやり過ごすために急上昇し、故意に失速させ、自由落下状態にする。慣性による姿勢制御で失速から回復し、敵の背後につくというものだ。落下の際、自機が木の葉のように舞う様子から〝木の葉落とし〟と名付けられたようだ。
『流石は香月氏だ。完璧な木の葉落としを見せてもらったぞ』
「褒めるな。速度と高度を失うから、背後を取っても必ず優位になる訳じゃない」
『だろうな』
「俺が使うのは〝捻り込み〟と〝ハイ・ヨー・ヨー〟だ」
『降りてこい。機体のチェックをする』
「わかった」
いつも通り、青々とした芝生の上に降ろす。
滑走路で俺を待っていたのは鈴野川女史と自称付き人のカミラ、そして基地司令のニルヴァーナだった。
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