第12話 給仕のカミラ
「
子供の声?
ドアを軽くノックしている。
「香月さま。朝食をお持ちいたしました」
朝食の給仕?
そんな事を頼んだ覚えはないのだが。
上体を起こしてみる。何も身に着けていなかった。
部屋にいたのは俺一人だ。マリカは既に自室へと戻っているようだ。
俺は手早く部屋着を身に着けてからドアを開けた。
そこには小学生くらいの男児がいた。
男児と言ったが、彼はスーツ姿だった。顔立ちは中性的でもあり、大人かもしれないし、女かもしれない、何か正体不明な雰囲気を漂わせていた。
「入れ」
「失礼いたします」
朝食が乗った二段のワゴン車を押して彼が部屋に入ってきた。
「私はカミラ・ビーターと申します。本日より香月さまの付き人として奉仕させていただきます」
「付き人など頼んだ覚えはないのだが」
「アルス防衛隊本部の決定です。変更はできません」
アルス防衛隊本部……そんなものが存在していたのか。いや、存在して当然なのだが、今まで本部とやらに接触することはなかった。彼は本部が寄越した目付け役なのだろうか。そんな疑念が沸き上がってくるのを感じた。昨夜、俺はマリカと交わり記憶の一部を取り戻したからだ。本部としては俺とマリカは目障りな存在だと思われても仕方がない。
「信用できませんか?」
「いきなりだからな。怪しんで当然だろう」
「ふむ。ごもっともな意見です。とりあえず、朝食をいただきましょう。私もご一緒させていただきますよ」
給仕のくせに同席するのか。
確かに普通じゃない。
テーブルに食事を並べているカミラには影があった。
通常、給仕などは影の無いゴーストが担う役目だが、
つまり、戦闘員以外にもPCは存在している。どんな理由があるのかは分からない。
何かの理由。
恐らくは、戦闘員を戦わせる為、奮い立たせるために存在しているに違いない。アルス防衛隊に入るには、全ての記憶を消去される決まりなのだという。国家や仕事や家族を含む人間関係について、全ての記憶だ。
俺自身も、昨夜マリカを抱くまでは何も覚えていなかったのだから。つまり、戦闘員を効率よく戦わせるために存在するイレギュラーなPCであると理解すればいいのだろうか。
釈然としないのだが、こういう考え方で筋は通るはずだ。
「今朝のメニューはスクランブルエッグとあらびきウィンナー。コーンスープとサラダです。トーストには何を塗りますか?」
「バターとブルーベリージャムだ」
「ふむ。パイロットは目に良いと言われているブルーベリーを好む。なるほど、香月さまも例外ではなかったと」
「まあな。ところで、カミラと言ったな。お前はどうしてここに来たんだ」
「もちろん、香月さまと鈴野川女史をサポートするためです。私も戦闘機に搭乗しようと思ったのですが、何せこの身長での操縦は無理だと言われましてね。操縦席に座っても前がまるで見えないのですよ。ふふふ」
確かに、カミラのような小柄な体形では照準器を覗く事も難しいだろうし、操縦桿は握れてもフットバーに足が届かないだろう。そんな彼が何故俺たちをサポートする気になったのだろうか。
「何故、私があなた方をサポートする気になったのか、疑問に思っていますね」
「当然だろう」
「それはですね。鈴野川女史の香月さまを想う熱い気持ちを応援したくなったからです」
「本当か?」
「本当です。私は彼女に感化されたのです。香月さまも鈴野川女史も記憶の一部を取り戻しました。それがこの先、どういった影響を及ぼすのかは不明です。そこで私が一肌脱いで協力して差し上げようと、そういう事です。細かい事を申しあげるわけにはいかないのですが、この事は御内密にお願いいたします」
「わかった」
疑問が全て解消したわけではないが、とりあえずは合意した。カミラ、この年齢性別が共に不詳な人物は、このアルス防衛隊を運営する側の存在なのだろう。そして、俺たちが記憶の一部を取り戻したことは、この世界ではタブーなのではないだろうか。つまり、カミラは俺とマリカの記憶操作に加担しており、その結果発生する何か良からぬことを防ぐ目的だとすれば、今の話は納得できる。
しかし、もう一つの可能性も否定できない。それはカミラが、俺とマリカ、記憶の一部を取り戻した人物を監視する役目であるという事だ。
味方か敵か。
直ぐに結論が出るはずもない。
当面は彼が協力者であるという前提で接するしかないようだが、監視者、スパイである可能性も加味しておく必要性があるのも事実であろう。
悩んでも仕方がない。
冷めないうちに、目の前に並べられた朝食をたいらげることにした。
食事が終わり、カミラが食器を片付ける。そして部屋から出ようとした時に、思い出したように話しかけてきた。
「忘れておりました。本日の予定ですが、改装した一式戦闘機の試験飛行となっております。午前中は過給圧と補助翼の調整をするとの事。午後は模擬空戦です。相手は鈴野川女史のキ100とニルヴァーナ司令のモスキートとなる予定です。よろしいでしょうか?」
「問題ない。俺も早く試してみたい」
カミラは頷きながら部屋を出て行った。
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