第11話 恋人同士の夜

 褐色の肌が揺れている。

 豊かな胸元が上下に弾んでいる。


 俺はその様を眺めながら、褐色の肌を優しく撫でる。

 彼女は激しくあえぎ、腰をくねらせる。そして体をビクビクと痙攣させた後、俺の上に覆いかぶさった。


 荒い息を吐きながら俺の唇を求めてくる。


 情熱的に唇を重ね舌を絡め合う。そして彼女は息を弾ませながら呟く。


「もう動けない。ごめんなさい」


 俺を絶頂に導こうと必死なのはわかっていた。しかし、果てたのは彼女の方が先だった。


 俺も、女性の肌に触れるのは久方ぶりだ。

 いつ果ててもおかしくはないほど昂っている。


 甘美な快楽に浸りながら、下から彼女を激しく揺さぶっていく。そして体を入れ替えた。今度は俺が攻める番だ。


「ああ。また……くる」


 彼女が再びあえぎ始める。

 俺ももうすぐだ。


 全身が爆発でもしてしまいそうな、凄まじい快楽の波に打ちのめされた。彼女も俺にしがみついて体を震わせている。めまいがするほどの暴力的な感覚は、自分の意識を吹き飛ばしてしまいそうなほど強烈なものだった。


 半ば朦朧とした意識で弛緩した彼女の笑顔を眺めていた。


 その笑顔に重なって、スーツ姿の彼女の映像が浮かんできた。


 フェイスのヘルメットを被り、俺のNinjaのタンデムシートに跨る姿も見えた。


 彼女が運転する、赤いロードスターの助手席には俺が座っていた。


 二人で立ち食いソバをすすっていたり、買い物に付き合わされたりした。時には高級なレストランでも食事をしていたし、当然のようにラブホテルで抱き合っていた。


 まるで恋人同士だ。


 多分、これは俺の記憶。ここ、異界アルスに来る前に経験した事だろう。俺は過去、褐色の肌を持つ彼女、マリカ・サイード・鈴野川と付き合っていたのだ。


 なめらかな肌の感触。心地よい女の香り。そして体を重ねた時の甘美な感触。その全てに既視感があった。

 

「ねえ。もう一度、お願い」


 潤んだ瞳でマリカが見つめてくる。

 もちろん、断る理由なんかない。


 迎撃任務から帰還して、俺たちはすぐに官舎へと戻った。昂った感情に流されるまま、シャワーも浴びずに抱き合った。唇を重ね、ベッドへと倒れ込んだ。 


 その後、何回体を重ねたのか、記憶は曖昧だ。


 ただ一つだけ、ハッキリとわかった事がある。

 それは、俺とマリカが過去に恋人同士だった事だ。それも短い付き合いじゃなかった。それがどうして、離れ離れになってしまったのかはわからない。ここに来た理由もわからない。俺が何故、使命感を持って戦い続けているのかも謎のままだ。


 しかし、離れてしまった二人が今ここでめぐり会えた事には感謝したい。愛するものと結ばれる幸福をすっかりと忘れていた自分にとって、この温もりを思い出した事は大きかった。


「マリカ」

「どうしたの?」

「君の事を思い出した」

「良かったわね」


 怪しく笑うマリカは、ひとつ、大きなあくびをした。そして眠そうに瞼をこする。


「ここに来る人は、国や故郷、人間関係の全てを忘却させられる決まりなの。でも、愛する人と出会ったり抱き合ったりすると、記憶の一部がよみがえるように設定されている。これは、戦いが終わって故郷に帰った時に、全てを思い出すようになっているからなのよ」

「そんな事が……それは誰が?」

「管理者」

「その管理者って?」

「ごめんなさい。私も詳しく知っている訳なじゃいの。でも信じて。私たちの戦いは、地球で暮らす人々を守るためなの」


 その一言で、胸に熱いものがこみ上げてくる。そうだ。俺も、そんな思いでここに来ているのだと強く感じた。


「地球を守る戦い?」

「そう。地球を守る戦い」

「誰と戦っている?」

「宇宙の闇から来る未知の存在」

「そんなものと戦って勝てるのか? いや、俺が戦っていたのは未知の存在なのか?」


 マリカとの会話で幾つもの疑問が沸き上がってくる。そうだ。俺が戦っていたのはレシプロ機だ。第二次世界大戦時に運用されていた航空機。レーダーもミサイルも搭載していない、目視だけで戦うガンファイターだ。


 宇宙の闇とは?

 未知の存在とは?


 それは異星人の事なのか?

 我々、地球人類よりも進んだ科学技術を持ち、何光年もの距離を自在に飛び交う宇宙人なのか?


「未知の存在の姿は未確認なの。どんな姿をしているのかわからないわ。意識だけの存在なのかもしれない」

「悪霊みたいな?」

「そうかも。でも、本当にわからないの」

「じゃあ何で俺はレシプロ戦闘機で戦っているんだ? 宇宙を飛び交う連中なら、現代のジェット戦闘機どころかUFOみたいなどんでもない兵器を使ってもおかしくないだろう。それに、悪霊みたいな奴だったら、機関砲の弾じゃあ殺せない」

「そうね。あなたの言う通り。でも、ここアルスは、ある意味ゲームと同じなの」

「ゲームと同じ?」


 言われてみれば思い当たる事は多い。ゴーストと呼ばれるNPC的な存在もいるし、何より俺たちはレシプロ戦闘機同士で戦っている。もっと高度な、ジェット戦闘機や誘導ミサイルを使う話は聞いたことがない。空戦で、機関砲を使ったガンファイトしか行われていないのだ。


「そう。ゲームと同じ。双方が同じ条件の元で戦っているの。それがここ、異界アルスのルールよ」


 マリカの言葉には納得せざるを得ない。ここ、アルスのルールに従って戦うならば、双方の科学技術的な格差は帳消しになるという事だ。

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