第8話 新しい相棒

 突拍子もない話だ。それらを全て理解する事は難しい。しかし、自分の立ち位置に関しては少しわかってきたような気がする。


「全部を受け入れる事は難しいんだが……一つだけ教えて欲しい。君が何故エリーナだったのか、それが知りたい」

「わかったわ。まず、ゴーストの事を説明するわね」

「ああ」

「ゴースト、即ち影がない人物。それはシステムが用意したNPCノンプレイヤーキャラクターなの」

「NPC……何かのゲーム? RPGロールプレイングゲームに出てくる道具屋とか村人Aみたいな?」

「その考え方で合ってるわ。でも、このアルスではもっと複雑で、本当に人間と同じような行動をするの。あなたも知ってるでしょ。食事もセックスもできる」

「そうだな。しかし、責任の範疇を越えると消滅してしまう」

「その通り。でもね、翌日にはまた同じ場所に別の人が配置されているのよ」

「それなら、エリーナはどうなったんだ? 今まで君がエリーナだったのか?」

「今日だけです。私が彼女の姿を借りていたの」

「それはつまり、君がNPCのフリをしていた?」

「そうね。だから、明日から彼女は元のお堅いエリーナよ」

「ナンパには乗って来ないと?」

「さあ? でも、試してみたいなんて思わない事ね」


 睨まれた。

 誘うなら自分を誘えという事なのだろう。


 影の無いゴーストがNPCなら、俺たちのような影のある人間はPCプレイヤーキャラクターなのだろうか。俺たちPCを戦わせ、何を目論んでいるのか。先ほど、彼女の言った言葉を思い出す。


『私たちは生きているし、生きるためここにいる。世界を救うために、人々の命を救うために戦っている』


 何の事だかわからない。何か、自分達が戦略ゲームの中のユニットにでもなったのだろうか。生きたままで。


 疑問は尽きないが、夜は長い。マリカ相手に、ゆっくりと話をしよう。そう思った瞬間、部屋の黒電話が鳴った。フロントからだ。


「はい」

「あちらの爆撃機が発進したよ。24機だ。戻った方がいいんじゃないかね」

「わかった。ありがとう。リーゼロッテ」

「名前を呼ぶのはよしておくれ、恥ずかしいじゃないか」

「すまない」


 受付の老婆からだ。彼女はこういう情報を俺に流してくれる貴重な協力者の一人だ。受話器を置いた俺の顔をマリカがのぞき込む。


「ねえ、何があったの?」

「聞こえてたんだろ?」

「断片的だけどね。爆撃機がどうしたって?」

「ヴァルボリの空軍基地から爆撃機が発進した。24機だ」

「ふーん。それ、教えてくれるんだ」

「このオベロンの街が狙われるかもしれないからな。善意というよりは、自己防衛のためだろう。俺は基地に戻る。君はここでゆっくり過ごせばいい。酒も食べ物も十分にある」

「嫌。私も行きます」


 そういった彼女の目は笑っていなかった。本気らしい。


「わかった。急ごう」


 俺とマリカはホテルを飛び出し、急いで駐輪場へと向かう。そしてバイクに乗り、基地へと急いだ。来た時よりも半分の時間、約10分で走り抜けた。時速120キロメートル以上出ていたが、誰も咎めることはない。


 基地に入った途端、空襲警報が鳴り始めた。俺は急いで飛行服に着替え、滑走路へと走る。

 そこでは既に、十数機の戦闘機が発動機を回して待機していた。そしてその脇には、基地司令のニルヴァーナもパイロットの装備を身に着けてヘルメットを抱えていた。


「よく戻って来たな。飛べる機体は全て飛ばす。香月はアレに乗れ」


 司令が指さした先には銀色の一式戦がいたのだが、それは俺の機体ではなかった。その傍にはマグノリアがいた。


「スマンが貴様の機体はまだ改装中だ。これに乗れ。20ミリ機関砲搭載の三型乙になる。機関砲以外は今までの機体と同じだ。扱えるな」 

「ああ」

「装弾数は150発。無駄弾を撃つと直ぐに残弾がなくなるぞ」

「わかってる」


 自分の機体が改装中だという事を失念していた。しかし、同型の稼働機があった事は幸運だ。


「遅くなりました。マリカ・サイード・鈴野川、着任します」


 後方から聞こえたその一言に驚いてしまう。何と、あのマリカがパイロットの装備を身に着け、ヘルメットを抱えて走ってきたのだ。マグノリアが一式戦の隣にある機体を指さす。


「鈴野川女史の機体はこれだ。キ100だが、扱えるな」

「任せて」


 その様子を見ていたニルヴァーナが大声で叫ぶ。


「香月と鈴野川はバディを組め。低高度から侵入してくる敵機を撃破しろ」

「了解です」

「わかった」

「他の者は高高度から侵入してくる爆撃機の迎撃だ。急げ!」


 12機ほど待機していたスピットファイアが次々と離陸していく。英国機らしい濃いグリーンとグレーの迷彩色。この機首の長いグリフォンエンジン搭載型は非常に優秀な要撃機だ。

 一方、ニルヴァーナは一人で並列複座のモスキートに乗り込む。この機体は戦闘機型で機首にレーダーを搭載していた。

 そのモスキートも轟音を響かせながら離陸し、急上昇していった。彼女が上空で指揮を取り、高性能なスピットファイアが要撃を担当するのだろう。


「情報によれば、大型爆撃機16機。護衛の戦闘機が8機だ」

「大型? B17か?」


 マグノリアに尋ねてみる。


「恐らくB17とJu88の混成部隊だ。B17は高高度、Ju88は低高度ではないかと思われるが詳細はわからない」

「戦闘機は?」

「Fw190とP47。こちらも詳細は不明。爆装しているかもしれん」

「ニルヴァーナは高高度から攻めてくると読んだわけだな」

「ああ。ただし、低高度での襲撃も否定できない。その場合はお前たち二人が頼りだ」

「わかった」


  マリカと組めか。確かに、戦闘機は二機一組で運用した方が効率は良いし、生存率も高くなる。

 俺は代替機の一式戦三型乙に乗り込み、薄暮の空へと上がる。銀色の翼が夕日の赤い光を反射していた。左後方には暗緑色の五式戦がぴったりと付いて来ている。マリカの機体だ。彼女もなかなか良い腕をしていた。


【機体解説】

一式戦闘機三型乙

 機首に20ミリ機関砲(ホ5)を二門搭載した試作機。実戦配備はされていない。最高速度は時速560キロメートル。


キ100(五式戦闘機)

 三式戦闘機二型はエンジンの不具合が続き生産が滞っていた。工場にはエンジンを搭載していない、首無しの機体が並んでいたため、これに空冷星型のハ112を搭載し戦力化したもの。試作番号はキ100。五式戦は略称で正式名ではない。

 中低高度においてP51と互角に渡り合えた高性能機。武装は機首に20ミリ機関砲二門、両翼に12・7ミリ機関砲二門を装備。最高速度は時速580キロメートル。


スピットファイア

 大戦期の英国空軍主力戦闘機。バトル・オブ・ブリテンで大活躍したため「救国戦闘機」とも呼ばれる。大戦期を通じて改良され続け、戦後も各国で運用された高性能機である。

 当初はロールスロイス・マーリン搭載の1000馬力級であったが、42年からは2000馬力級のロールスロイス・グリフォン搭載型も生産され始めた。初期のMk.Iaは最高速度582キロメートル。7・7ミリ機銃8丁装備。グリフォン搭載型のMk.XIVは最高速度720キロメートル。20ミリと12・7ミリ各二門を装備。


モスキート

 スピットファイアと同じマーリンエンジンを両翼に一基づつ搭載した双発機。十二分な高性能を示したにもかかわらず機体構造が木製であったため「The Wooden Wonder」と呼ばれた。

 他の双発機と比較して特に優秀であったため、戦闘機型、レーダーを搭載した夜間戦闘機型、爆撃機型、偵察機型など多様な仕様の機種が開発され運用された。

 作中で登場するのはレーダー搭載の夜間戦闘機型。武装は20ミリ機関砲4門。最高速度は668キロメートル。


※主人公陣営は主に日本機と英国機、相手方は米国機とドイツ機が登場しますが、例外もあります。

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