第4話 整備班長マグノリア

 整備班長は細面のイケメンだ。とても整備士とは思えない優男であるが、その腕前は天下一品である。名前はマグノリア。花の名だそうだが、個人的にはよく似合っていると思う。


「班長、書類です」

「ああ」


 いかにも面白くないといった表情の班長である。書面をちらりと一瞥し、テーブルに置く。


「班長。中身を確認しなくても」

「問題ない。その改修プランは既に取り掛かっているからな」


 そう言ってマグノリアは工場の方を指さした。

 俺の機体。濃い緑色の翼の上に、メカニックが三名ほど上がって作業していた。


「今から操縦席の後ろに設置してある水メタノールのタンクを取り外す。配管やら色々外さにゃならんから結構大仕事になるが、まあ今日中には済ませておくさ。明日は高オクタン燃料でかっ飛べ」

「ありがとうございます」

「それからな。エンジン換装のプランもあるようだが、もしやるならほまれ(ハ45)は止めておけ。重量がかさむので、格闘戦での旋回性能に影響するぞ。金星(ハ112)の方が重量差が少ないのでお前に合うはずだ」

「ありがとうございます。その件については検討中です。まだ、何も決まっていません」

「そうか、何なら20ミリを載せてやってもいいぞ」

「重量もかさみますし、初速と携行弾数のバランスがいい現行型で」

「ホ103、一式十二・七粍固定機関砲。アレは米軍のブローニングの航空機搭載型AN/M2が元になっているが、本体が5キロ以上軽量化されているからな。お前向きの機関砲だ」

「はい。初速は劣りますが、発射速度は同等以上です。そして、炸裂弾が使用できる点も高く評価しています」

「マ弾か。これは13ミリクラスの弾頭の中では破壊力があるな。かつて米軍では、マ弾の損害を20ミリの損害だと報告された例がある」

「そうなんですか?」

「ああ。マ弾でも結構な穴が開くからな。お前に撃たれたパイロットが気の毒だよ」

「……」


 俺は言葉に詰まってしまう。

 空戦の際、直接パイロットを狙う事が多いからだ。


 一般に、動的目標を射撃する際には偏差射撃をする。これは、移動する目標の予測到達点を狙う射撃方法なのだが、高速で機動している戦闘機では必須だ。しかし、予測射撃であるが故に誤差が生じる。必中を期すならば、至近距離から撃つしかない。しかも、防弾装甲の施されていない部分を狙う方が効率はいい。それはコクピットになる。

 それでも、前面は分厚い防弾ガラスが仕込まれており、パイロットの背には防弾版が仕込んである。つまり、パイロットの頭側、機体の上面から狙う場合は防弾はない事になる。


 隼に装着されている蝶型フラップを使用した場合、その旋回性能は零戦を上回る。これは旋回半径が小さい事を意味するのだが、それ故、敵機のコクピット上面を捉えることができるのだ。

 俺が低高度での格闘戦では無敵と言われる理由がここにある。そして、隼に固執している理由もこれだ。

 

「無敗のエースも感傷に浸る事があるのかね?」

「いえ。そんな事はありません。もう慣れてしまいましたが、やはり血しぶきが飛び散る様を見るのは気持ちが良いものではありません」

「だろうな」


 無表情のマグノリアが頷いている。

 相手陣営からは、悪魔のように忌み嫌われている存在。機体が損傷しただけならば、パイロットは再び戦うことができる。しかし、俺と戦い破れたならば、ほぼ確実に命が断たれる。


 ブラッディ・オスカー


 それが、俺のコードネームだ。勿論、敵陣営が恨みを込めて付けた名だという。


 俺はマグノリアに敬礼してから工場を後にした。そして、一旦詰め所へと戻って平服へと着替え、基地要員用の車庫へと向かう。そこは車庫と呼べるような立派な建物ではなく、爆撃を受けて損傷した倉庫の、屋根が残っている場所が自家用車の駐車場となっていた。


 俺はいつも使用している大型バイクにまたがり、キーを差し込んだ。


「連絡は下さいませんの?」


 唐突に声を掛けられ振り向く。そこには、平服に着替えたエリーナがいた。ジーンズに革ジャンという、普段の彼女の雰囲気とはかけ離れた格好をしている。


「ああすまない。コレじゃあデートは出来ないからな。一旦戻って、誰かに車を借りようかと思っていたんだ」

「あら、気を使ってくださってたのね。でも、心配はいらないわ。私は最初から、そこに乗るつもりだったから」


 そう言いながら彼女が指さしていたのは、俺のバイクのタンデムシートだった。


「カワサキGPZ900Rね。パイロットが乗るオートバイって、どうしてニンジャなの」

「さあ。大昔の、大ヒット映画の影響じゃないかな」

「貴方、見たことあるの?」

「多分、あるよ」

「そうなのね」


 怪しく笑うエリーナだった。

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