第31話 キス

Side:サウンデル


 しばらくして、ドルスが帰って来た。

 得意げに空の瓶を持って。


「じいさん、これで文句ないだろう」

「どれどれ。むっ、これは。枯渇薬だな」

「どんな毒なんだ? もったいぶらずに教えろ」


 俺はイライラを隠さずに言った。


「慌てるでない。魔力を使い過ぎるとどうなるか、知っておるか?」

「何にも起きないな」

「そうだな。何にも起きない」


 俺とドルスの意見は同じだ。


「それは限界じゃないのじゃよ。限界を超えて使うと昏倒するんじゃ。この薬はそれと同じ事を起こす」

「じゃあ、どうすれば目を覚ます」

「放っておけばいいはずなんじゃが。ちとおかしい」


「ラメレイは魔力がほとんどない特異体質だった」

「早く言わんかい。それじゃと薬の影響が抜け難いんじゃ。死ぬまで目を覚まさんかも知れん」


「おい、じいさん、いい加減な事を言うと怒るよ」


 ドルスが医者を揺さぶる。


「慌てるでない。手はある。魔力を注いでやれば良いんじゃ」

「どうやる?」


 俺は殺気を込めて聞いた。


「人は呼吸から魔力を回復してる。じゃから、口づけするんじゃ。誰がやるかのう。なんならわしでもいいぞ」

「サウン、お前がやれよ。その方がラメレイが喜ぶ」


「分かった。目を覚ました時に、事情を説明して殴られる役は、俺が引き受けよう」

「早くやれ」


 俺はラメレイの首に腕を回して、柔らかい唇に口づけした。

 目が覚める事を祈って。


 むっ、瞬きした。

 俺はラメレイを優しく横たえた。


「どうしたの? サウンさんもだけど、ドルスまで泣いていて」


 ラメレイが目を覚ました。


「どうしたも、こうしたも、あるか。とにかく、おはよう」

「心配したんだよ」


「おはよう。心配かけて悪かったわ。何か力に溢れている感じがするのよ。どうしちゃったのかしら」

「おい、じじい」


 医者が診察する。


「リバウンドじゃな。枯渇から一気に回復して、魔力が増加しておるのじゃ。じきに落ち着くじゃろ」

「そうよ、キルタンサスの清算しなきゃ」

「そうだな。首謀者は断罪しなとな。俺はラメレイに謝らないといけない。すまなかった」

「なに? 目を離した事? あれは私が悪いのよ」


「そうじゃなくて。く、くっ」

「く? クローゼットが何か?」

「口づけしてしまった。すまない、好きなだけ殴ってくれ」

「理由があったんでしょ」


「そうしないと、目を覚まさなかったんだ」

「そう。人命救助みたいなものでしょ。溺れて息がない人がいたら私でもやるわよ。それが男だったとしてもね」

「怒らないのか」

「全然」

「初めてだったんだろ」

「そうね、初めてよ。もうこんな話はやめましょ」


 ラメレイの顔が赤い。

 熱でもあるのだろうか。


「水でも飲むか?」

「ええ、お願い。ステータス。ええっ何なの。魔力が10万を超えている」

「じじい!」


「リバウンドしすぎじゃのう。特異体質だと言っておったから、そのせいじゃと思うが。はっきりした事は分からんのう」

「この藪め」


「なんて事を言うんじゃ」

「多すぎて困る事はないと思うよ」

「この優男の言う通りじゃ。生活に支障が出てから文句を言うんじゃな」


「ラメレイ、本当に大丈夫か? 痛い所とか、おかしい所はないか」

「ううん、無敵になった感じがする。魔王でも倒せそう」

「わしは帰る。少しでもおかしな所があったら、医者に相談せい」


「じいさん、ありがとよ」

「ありがとう」

「お世話掛けました」


 医者とドルスが帰っていった。

 俺が水と簡単な食事をお盆に乗せて、ラメレイの所に行くと。

 ラメレイが悲しそうな顔をしている。


「何かあったのか?」

「あの3人は死んだのね」


 ラメレイが泣きそうな顔をしている。

 俺は彼女を抱きしめた。


「ああ、牢で自害した」

「そう、死んで欲しいとまでは、思わなかったんだけどね」


「彼らはきっと拷問を受けるほどの罪を犯している。だから自害したんだと思う」

「でも悲しいわ」


「そうだな。生きていれば、楽しむ事も、喜ぶ事も出来る。死んだら何もならない」

「そうね。私も後悔しないように生きないと。両親と和解するわ。わだかまりが少しあったけど、解消しておかないと」

「んっどうした」


 ラメレイが怪訝な顔をしている。

 俺は抱きしめるのを辞めて、ラメレイから少し離れた。


「力が増えたような気がする。ステータス。少し魔力が増えているわ。何なのかしら。あっ減った。徐々に減っている」


 ラメレイの体質がまたおかしくなったようだ。

 だが、一時的なものなのかも知れない。

 徐々に魔力が減っているなら、また元の少ない魔力に戻るだろう。


 大丈夫だよな。

 心配でたまらない。

 なんでこんなに気になるんだ。


 ラメレイを見ると胸がドキドキする。

 俺までおかしくなったのか。

 ステータスをチェックしてみたが、俺の方はべつに異常はない。


 だが、おかしい。

 ラメレイをいつまでも、抱きしめていたいような。

 また、ラメレイが泣かないかと考えて、胸が痛くなって、いや駄目だと考える。

 そして、ラメレイを見てドキドキする。

 いかん、しっかりしないと、護衛が務まらない。

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