第28話 デート
「この所、仕事続きだったろ。どこか、遊びに出かけないか」
サウンさんからお出かけのお誘い。
嬉しいけど、どういう風の吹き回しなのかな。
「そうね」
「意外そうだな。ハンカチのお礼だよ」
そんな事もあったわね。
恥ずかしくって、あの出来事を忘却の彼方に送っていたわ。
「ありがと。今、スピラリス商会の事で、ちょっと気を張りつめているから、気を遣ってくれたのよね」
「まあな」
目一杯、お洒落してサウンさんと出かけた。
最初は露店巡り。
失敗した。
服が高いとつい料理で汚したらと気になるのよ。
前世でもパーティに行くとよく躊躇してたわ。
この世界はクリーニングの染み抜きもないから、余計に意識してしまう。
「なんだ。らしくないな。俺に遠慮しているのか。そんな仲でもないだろ」
どう言おう。
サウンさんの顔を見ているだけでお腹一杯です。
そんな甘い言葉は言えない。
服が気になってと言ったら、どう思われるかしら。
考え事をしていたら、串肉を持った子供が私の体に当たって、ソースが服にべったりと付いた。
子供は転んで串肉を落とした。
私は泣いている子供を起こして、埃を払ってあげた。
「男の子でしょ。泣いたら駄目よ。これで新しい串肉を買いなさい」
男の子に小銭を握らせると男の子は泣き止んで、お礼を言うと駆け出して行った。
私は服のソースをハンカチで丁寧に拭った。
染みになったけど、踏ん切りがついたわ。
「おじさん、串肉を一つ」
「あいよ」
「いつものラメレイに戻ったな」
「サウンさんの顔を見ているだけでお腹一杯って、言おうと思ったんだけど、やめたわ。柄じゃないもの」
「はははっ、そうだな」
露店を梯子してお腹が一杯になったので、劇場に入った。
劇場は薄暗く、前世では映画館でキスするカップルがいたのを覚えている。
それを思い出して、サウンさんとキスするところを想像してしまった。
ちょっと、何想像しているのよ。
貴族の令嬢としてははしたないわね。
そういうのも良いと思うけど。
実行したら、さすがにはしたないって思われると思う。
劇の内容は英雄譚だった。
良かった。
甘い恋物語なんかだと、変な雰囲気にならないとも限らない。
そんな色々な事を考えていたら劇は終わっていた。
「つまらなかったか? あんまり劇を見てないようだったからな」
「そんな事はない。面白かったわ」
「そうか、ならいい」
前世だと映画の後はカラオケとか行ったな。
この世界にカラオケはないか。
「何か言いたそうだな」
「歌を歌った事を思い出したのよ」
「貴族令嬢らしくないな。歌うのは、酒盛りした時だぞ。だが、ラメレイらしい。よし、吟遊詩人を連れて来よう。思いっきり歌うのも良いだろう」
酒場を覗いて、サウンさんが吟遊詩人に声を掛ける。
交渉がまとまったようね。
冒険者ギルドの酒場に連れてって、歌を披露する事になった。
知っている歌はないので、前世の歌を歌う。
アカペラで一回歌うと、二回目は吟遊詩人がそれに合わせた演奏をした。
「聞いた事のない曲だが、上手いな。普段から歌っているのか」
サウンさんが拍手してから、感想を述べた。
「まあね」
頬を涙が伝わっているのを感じた。
いやね、懐かしさのあまり涙腺が緩んだらしい。
「どうしたんだ。泣いたりして」
「放っておいて、ちょっと思い出したのよ」
サウンさんに抱きしめられた。
「女が泣く時、男は胸を貸すもんだ」
「うん」
懐かしさの色々な感情が吹き飛んでいく。
私ってサウンさんがこんなにも好きだったのね。
もう日本には帰れない、この世界で生きていく覚悟みたいな物ができた気がする。
しばらくして、我に返ったら、さすがに情緒不安定だと思った。
頭を冷やさないと。
ゆっくりサウンさんを押しのける。
「涙は止まったか」
「ええ、ありがと。少し頭を冷やしてくる」
そう言って、冒険者ギルドから出た。
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