第26話 薬屋のイベント

 ドルスの店に久しぶりに行った。

 ツタの生えた壁が懐かしく感じる。


「今日来たのはね。私はパン屋ギルドから手を引こうと思ったのよ」

「そんな日が来ると思っていたよ。保険の話聞いてるよ。聖女様って呼ばれているんだって」

「不本意だけどね」


「やっぱり僕とは釣り合わないな。眩し過ぎて遠く感じる」

「私は普通の人間よ。崇められるような人じゃないわ」

「でも、普通の人には出来ない事だ」

「大した事はしてないけどね」


「さよならを言わせてよ。もう店員とお客さんの関係だね」


 涙目のドルス。

 涙もろいのね。


「そうね。でも、私は友達だと思っている。また来るわね」

「うんと美味しいパンを焼いて待っているよ」


 少し悪い気がするけど、一つ終わった気がする。

 ドルスは嫌いじゃなかったけど、やっぱり友達以上の関係にはなれない。


 ユーフォルのいる薬屋に行く。

 別に用事はなかったけど、気になったのよ。

 ポーションに関しては色々とやらかしたから、影響が出てると思う。


「いらっしゃい」


 いつものユーフォルだわ。

 寝不足でもないようね。


「どう、店の方は?」

「安いポーションを作る必要がなくなって、腕が問われるようになりました」

「そう、困ってなければ良いわ」

「色々と問題はありますけど、商売ですからね。このぐらいは織り込み済みです」

「ごめんね。波風を立てて」


「良いんですよ。実は独立する事になりまして。それで私と一緒に店をやってくれませんか」

「俺は外に出ていよう」


 サウンさんが出て行ってしまった。


「何で私なの」

「試験紙を発明したのがあなただと聞きまして、薬師の資格が十分におありだと思います」

「お断りします」


「何故ですか」

「臆病なのよ。人の生き死に責任を持つのが嫌なの。薬師は務まらないわ」

「残念です」

「店をオープンしたら報せてね。お祝いを贈るわ」

「ええ」


 私は店の外に出た。

 何か言いたげなサウンさん。


「断ったわ」

「貴族令嬢だからか?」

「違うわ、イメージが湧かなかったのよ。薬師をしている未来がね」

「そうか。お前がどういう未来を描いているかは分からないが、尊重しよう。俺とパートナーを解消する時は気兼ねなく言ってくれ」

「ええ」


 正直言って未来が分からない。

 魔王を倒すのは確定しているとして。

 その後、私はどうしたらいいの。

 地球への帰還を目指してあてもなく研究に明け暮れる。

 何かイメージが湧かないわ。

 心のどこかでもう地球には帰れないと諦めている。

 ここが私の暮らす世界よ。


 とにかく魔王を倒す為に全力投球よ。


「あー、またイベントを勝手に進めている」

「巫女姫、お告げですか」

「ラメレイと少し話があるの」


 この声はヒロインね。

 攻略キャラ達がヒロインから少し離れる。


「イベントなんか知らないわ」

「薬屋のイベントは聖魔力を使ってポーションを量産するのよ」


 そういうイベントがあったのね。

 聖魔力はないけれど、ポーションの量産は叶ったわ。


「ポーションなら量産したけど」

「どうやったのよ」


 ここで科学の力でなどと言ったら私が地球の人間だってばれるわね。


「草は生育に色々な条件があるのよ。特殊な環境でないと育たないとかね。国の研究機関に送って調べてもらったのよ」

「貴族の特権を使ったのね。ずるいわ」

「王子に頼めばいいじゃない」

「今、王子の立場が微妙なのよ。上手くいけばいいけど、失敗すると外野がうるさいの」

「それは仕方ないわね。日頃の行いがこういう時に出るわ」

「くっ。とにかく、イベントを勝手に進めないで」

「イベントが何なのか分からないので悪しからず。サウンさん、行きましょう」

「おう」


 イベントが分かったら私が知りたい。

 効率よく魔王が討伐できるなら、魂は売らないけど、総資産の半分ぐらい進呈してもいいわ。

 世界(総資産)を半分やろうとか言っちゃって。


 ヒロインともどこかで折り合いをつけるべきね。

 詳しいゲーム知識は役に立つ。

 使える物は敵みたいな人でも使わないと。

 どうやって説得しようかしら。

 逆ハーエンドはこのゲームにはないから、誰か一人に絞りなさいとでも、匿名の手紙を出そうかしら。

 一人に決めてくれれば、応援するのもやぶさかではないわ。


 問題は王子だった場合、身分が釣り合わないのよね。

 聖魔力がないヒロインはとても王太子妃にはなれない。

 それに王はよりを戻そうとしている。

 不味いわね。

 なんとかならないかしら。

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