第5話 洗濯

 一週間も宿でじっとしてるなんて出来ない。

 酵母のお世話は数分で事足りる。

 気になってパン屋に行ってみた。


 窓から中を覗くとまだ汚いエプロンを着けたドルスが。

 まったく、男はこれだから。

 私は店の中に入るとドルスを睨みつけた。


「さっさと、そのエプロンを脱ぎなさい。そんな事だと思って新しいエプロンを買ってきたわ」

「何だかこのエプロンじゃないと駄目な気がして」


「脱ぐ!」

「はい。降参するよ。そんなに目くじら立てなくても」

「裏の井戸は好きに使っていいのよね。洗ってあげるわ」

「そう、悪いね」


 井戸の水を汲みタライでエプロンを洗う。

 何時から洗ってないのかしら。

 ほんと、しつこい汚れ。


 高機能洗剤と洗濯機が欲しいところね。

 ふぅ、一時間以上掛かってしまったわ。

 遺品でなければ足で踏んで洗うのに。


「あー、ドルスのエプロンを知らない女が洗ってるぅ」


 女の子3人が寄って来た。

 これがファンクラブの女の子ね。


「洗ったけど、何か?」

「どうやって、命より大事なエプロンを奪ったの」

「そうよ」

「きっとたぶらかしたんだわ」


「人聞きが悪いわね。奪ったんじゃないわ。承諾を得て洗ってるのよ」


「それをどうやったのか聞いているの!」

「そうよ」

「とっとと吐きなさい」


「そんなの本人に聞いたらいいじゃない」


 めんどくさい事はドルスに丸投げよ。


「なんの権利があってやってるの!」

「やっぱり、誘惑したのよ」

「悔しい。そのおっぱいは反則だわ」


 ほんとうるさいわ。


「私は店員なの。文句ある?」


「ちっ、その手があったか」

「私達もなればいいじゃない」

「そうね。そうしましょ」


「店員になるには、パンが作れないと駄目なのは、分かるわよね」


「くっ、今からパン屋で修行しないと」

「間に合わないわ」

「ずるい、汚いわ」


「なんと言っても特技なんてものは、活かした方が勝ちなのよ。悔しかったら、自分を磨くのね」


 悔しそうな顔をしてファンの女の子が去って行った。

 ただ見てるだけじゃなくて、好きなら何か手伝ってあげなさいよ。

 きゃーきゃー言ってても始まらないわ。

 もっとも、私生活に踏み込んで来るファンなんて、私ならお断りですけど。


 店に戻る。

 ふむ、新品の黒いエプロンと三角巾で男前が上がったわね。


「何かまだ洗う衣類とかある? ついでだからやるわ」

「ええと」


 視線の方向を見る。

 二階が居住区なのね。


 お邪魔します。

 ドルスの制止を振り切って階段を上がる。


「ちょっと」


 焦った様子のドルスが追ってきた。

 部屋はわりと片付いているわね。

 視線で洗濯物がどこにあるか丸わかりよ。


「ここね」


 収納を開けると洗濯物が山と出て来た。

 いったい何時から洗ってないのよ。

 仕方ないわね。


「それは駄目だ!」


 私が手に取った洗濯物を目にしたドルスが狼狽えた。


「あっ」


 手に目をやり、私も真っ赤になったと思う。

 それは男物の下着だった。

 これは洗えないわね。

 ごめんなさい、ちょっとずうずうしかったわ。


 ドルスが洗濯物を仕分けして

 洗濯に取り掛かる。

 この量は今日だけじゃ終わらないわね。

 一週間あるから丁度いいわ。

 ゆっくりやりましょ。


 ファンの女の子達は、洗濯する私を睨んでいるだけで何も言わない。

 仕方ないわね。


「あなた達、手伝いたいなら、やってもいいわよ」

「えっ、本当」


「洗濯物を盗んだりしないのならね」

「そこは大丈夫。ファン同士で見張るから」


「じゃ、お願いね」

「あなた良い人ね」


「そんなんじゃないわ。楽をしたいだけよ。パン屋の店員の業務に洗濯は含まれないわ」

「そうね」


 ファンとの溝も少し埋まったし、これはこれでいい。

 さて、株価をチェックしましょ。

――――――――――――――――――――――――――――――

名前   レベル 現在値    安値     高値

ラメレイ LV1 139A   138A   139A

ドルス  LV9 1,321A 1,321A 1,332A

――――――――――――――――――――――――――――――


 私の株価は微増。


 少し、ドルスの株価が下がったわ。

 どうしてかな。

 洗濯の何が不味いんだろう。

 きっと些細な事ね。

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