第3話 家出

 夜の街を馬車で飛ばす。

 早く、早く。

 もっと急げないの。

 株はタイミングが肝心なの。

 買い時を見逃すと損をする。


 馬車が目的地に着いた。

 御者が馬車に取り付けられた魔道具のカンテラを二つ外すと、私の足元を照らしてくれた。


「ご苦労様」


 御者からカンテラを一つ貰った。


 ここは王都の公爵邸。

 ラメレイは一応、公爵令嬢なのよ。

 邸宅の扉を開け中に入る。


 自室にこっそりと戻る。

 引き出しを開け、貯めた小遣いを取り出すと、旅行鞄に入れた。

 タイミングうんぬん言っておいて、自分の株を買わないのかと、聞かれそうなのだけど。

 買わないのは訳がある。


 失敗して私の株が更に下がるかも知れない。

 下がったら何にもしないのは愚策よ。

 下がったら底値だと思ったところで買い増しするの。

 こうすると平均取得価格が下がるわ。


 例を挙げると100円で株を100株買ったとする。

 そして価格が50円まで下がった。

 得して売り抜けるには100円まで値を戻さないといけない。


 そこで買い増しよ。

 50円の時に100株買うの。

 そうすると平均取得価格は75円になるわ。

 得して売り抜けるのに75円まで値を戻せば良い事になる。

 難易度が下がるでしょ。


 ナンピン買いというのだけど、よくあるテクニックよ。

 それに有望株は何時出てくるか分からない。

 余剰資金は常に用意しておくものよ。


 前世では物凄く儲けたとは言わないけど。

 年に100万は儲けていたわ。

 凄腕のトレーダー何かの足元には到底及ばないけど、上手くやっていたという自負はあるわ。


 旅行鞄に着替えと身支度の品を入れて、自分探しの旅に出ますと手紙をしたためた。

 これで準備はオッケーよ。


「疲れた。今日は寝ましょ」


 寝巻に着替えてベッドに入る。

 お休み。


 魔道具のカンテラの灯りを消した。

 暗闇に包まれると睡魔はすぐにやってきた。


 小鳥の鳴き声がして、朝日が眩しい。


「お嬢様、起きて下さい。公爵様がお怒りです」


 誰かに揺さぶられて少し覚醒した。


「もう、お母さん。起きると言ってるでしょ」


 目が完全に覚めた。


 ええと株価チェックよ。


――――――――――――――――――――――――――

名前   レベル 現在値 安値  高値

ラメレイ LV1 95A 95A 95A

――――――――――――――――――――――――――


 この株価は一日で安値と高値がリセットされるみたい。

 昨日の終値は95Aだったみたいね。

 88Aで買ったから7Aも上がっている。

 金貨で7枚も儲けた。


 ラッキー。

 ヒロインとのやりとりで、きっと上がったんだわ。


「お嬢様、お急ぎ下さい。公爵様がカンカンです」

「はいはい」


 着替えさせられて、公爵がいる居間に行く。


「お嬢様をお連れしました」


 ラメレイの父であるホロンは髭を蓄えた美中年である。

 見事な赤毛は性格の過激さを感じさせる。

 隣にいる母のフローラは空色の髪を除けば、ラメレイがそのまま歳をとったかのよう。

 ラメレイの目つきがきついのはこの人譲りなのね。


「馬鹿者! 何を考えているのだ! 婚約破棄などされおって! 今、領内がどうなっているのか知らんのか!」


 父にいきなり罵倒された。


「あなた、そう頭ごなしに叱らなくても。ラメレイはまだ15歳、成人を迎えたばかりですわ。多少の失敗は許してあげなくては」

「領内の事など、知りません」


「そうだったな。お前はそういう娘だった。領内の経済は火の車なのだぞ。結婚の結納金で建て直す予定だったのだ」


 私の価値が暴落したのはこの事もあるのね。

 公爵領が破産の危機。

 これから大儲けする予定だから、後で私が救ってみせるわよ。

 見てなさい。


「何だその目は? ええい、忌々しい。お前など修道院に送ってくれる」

「あなた、考え直して下さいませ」


 そんな事を言われても。

 私の意識が戻った時には、婚約破棄されてました。

 私に責任はないわよね。


「では、自室で謹慎しております」

「ラメレイは承諾したようだ」

「仕方ありませんね。数年してほとぼりが冷めたら、絶対に呼び戻しますから。気をしっかり持って」


 いや、修道院なんて行きませんよ。

 確かにシナリオにないエンドですけど。


 私は自室に戻ると旅行鞄を手に屋敷を抜け出した。

 元々出て行く予定だったのよ。

 好都合だわ。


 公爵はまさか私が逃げるとは考えなかったみたいで、通達など出していなかった。

 間抜けよね。

 そんなだから財政が火の車になるのよ。


 貴族から平民になるわ。

 でも、関係ない。

 日本では普通のOL。

 貴族生活の方が、息が詰まって死んでしまいそう。


「今までお世話になりました。お元気で」


 そう言って私は屋敷を後にしました。


 異世界に転生したらやってみたい事は沢山ある。

 まずは魔術や魔法でしょ。

 その次にドラゴンに乗ってみたいわ。

 可愛いペットも飼ってみたいし、素敵な男性と恋愛もしてみたい。


 株価チェーック。


――――――――――――――――――――――――――

名前   レベル  現在値  安値  高値

ラメレイ LV1 112A 95A 112A

――――――――――――――――――――――――――


 きっと、願いは叶う。

 今の私はストップ高なのだから。

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