第26話『クラプフェン』
ピボット高校アーカイ部
26『クラプフェン』
部活体だけの生活になって、先輩の嗜好が変わった。
放課後の部活になるまでは、なんとか誤魔化せるくらいには女生徒らしさを取り戻したんだけど、部活中の先輩はクラプフェンというドイツの揚げパンを好んで食べるようになったんだ。
レーズン入りの揚げパンで、正直おいしい。お祖父ちゃんに食べさせると「イマジネーションが湧く気がするな」と三つ食べた後、数日悩んでいた画像処理の仕事を一気にやり遂げた。要は、糖分が創作に関わる脳細胞を活性化させるんだけど、糖尿病の数値が上がってるとお医者さんに言われてお仕舞になった。
「それで、イマジネーションは湧きました?」
クラプフェンの五つ目に手を伸ばした先輩に聞いてみる。
「うん、湧いてはくるんだが、カタチを成さない。このまま飛んでは、無駄に走り回っておしまいになりそうだ」
魔法陣の縁に立って腕組みすること四十分。今日も飛ばずに部活が終わりそうだ。
まあ、飛んだら飛んだで無茶ばかりやるんで、僕としてはこのままでいいんだけどね。
先輩は、部室のアーカイブの中からランダムに過去の問題を取り上げるのではなく、要の街の根幹にかかわる問題に手を付けなければならないと思っている。
先日のメンテナンスと、部活体一本になったことが影響しているみたいだ。
「……あれ?」
机の上に伸ばした手が空を掴んで驚く先輩。
「クラプフェンが無いぞ」
「そりゃ、食べたら無くなります」
「まだ、三つしか食べてないぞ」
「いいえ、四つです」
「そうなのか?」
「そうです」
「うう、もうちょっとで見えてきそうなのに……このままでは、先に食べた三つが無駄になる」
「いえ、だから四つです」
「鋲、おまえ……」
「僕は、最初の一個しか食べてませんから!」
「す、すまん。仕方がない……」
「今日は終わりにしますか?」
「いや、プッペに行くぞ」
「え、いまから買いに行くんですか!?」
「行くぞ!」
「ちょ、先輩!」
こういうところは、いたって子供なので、言っても聞かない。
そのまま旧校舎を出て本館の昇降口を目指す。
下足ロッカーは学年で島が違う。
一年の島で履き替えて、二年の島を超えて三年の島……柱の陰に人影……サッと隠れたら愛嬌もあるんだけど、そいつは親し気に胸のところまで手を挙げて小さく振りやがる。
ほら、こないだのカミングアウトだ。
あの一件で、先輩の事をいっそう尊敬して、ここのところ、部活の終わる時間に待っている。
階段の踊り場だったり、正門の桜の木の横だったり、自転車置き場だったり。
先輩は相手にしないし、それ以上寄って来る気配も無いので、先輩も気にしないし、放ってある。
自転車を繰り出して、正門から飛び出したところで気が付いた。
「先輩、今日はプッペ定休日です」
キーーーー!
「え、そうなのか!?」
「はい、月曜日は普通のパン屋とお同じように休みです」
「そうだったかっ!」
浅野内匠頭の切腹に間に合わなかった大石内蔵助という感じでうな垂れる先輩。
「えと……普通の揚げパンでよければ買ってきますけど」
「ダメだあ、プッペのクラプフェンでなきゃ、ダメなんだあ!」
ハンドルを叩くものだから、ベルがチンチン鳴って、ちょっと恥ずかしい。
どうしようかと思っていると、先輩の頭越し、道の向こうからやってくるブロンド少女が目についた。
「ろって!?」
目が合うと、ろってはプッペの紙袋を抱えたまま走ってきた。
「クラプフェン持ってきましたよぉ!」
「ろってぇ!」
「食べきっちゃうんじゃないかって、とっておきました!」
「ああ、ろって、おまえは天使だ!」
ハンドル越しに手を伸ばす先輩。
それを、ヒョイと躱して、ろっては指を立てた。
「……の前に、思いついたことがあるので、それを聞いてください!」
「なんだ、それは。なんでも聞くぞ!」
「じつは……」
ろっては、とても大事な話ですという感じで話し出した……
☆彡 主な登場人物
田中 鋲(たなか びょう) ピボット高校一年 アーカイ部
真中 螺子(まなか らこ) ピボット高校三年 アーカイブ部部長
中井さん ピボット高校一年 鋲のクラスメート
田中 勲(たなか いさお) 鋲の祖父
田中 博(たなか ひろし) 鋲の叔父 新聞社勤務
プッペの人たち マスター イルネ ろって
一石 軍太 ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン) 精霊技師
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