第21話『泰西寺の石垣』

ピボット高校アーカイ部     


21『泰西寺の石垣』 





 ブリキ橋に行くぞ!



 旧校舎の前で待ち受けていた先輩は、返事も待たずに自転車置き場に走り出した。


「ブリキ橋は、行ったばかりですよ!」


「思い出したんだ!」


 一瞬、両手の荷物を持て余す。今日は体育のジャージと美術の作品を持って帰るので、かなりの荷物なんだ。


「田中くん、預かるよ」


 ちょうど昇降口から出てきた中井さんと目が合って、一瞬で理解した中井さんが両手を伸ばしてくれる。


「ごめん」


 それだけ言って、もう自転車に跨っている先輩の後を追う。


「構わん、わたしにしがみ付け!」


 勢いで二人乗りになって、先輩の背中にしがみ付く。


 とても自転車とは思えないスピードでぶっ飛ばして、数分でブリキ橋に着く。


「まだ、なにかあるんですか?」


「今日は、この先だ」


「この先?」


 要は小さな街だけど、隅から隅まで知っているわけじゃない。


 ブリキ橋を渡った山の方角に行くのは初めてだ。


「泰西寺という寺があってな、そこにドイツ人捕虜の縁(ゆかり)のものがあるんだ」


「なんなんですか?」


「ブリキ橋の前身は嵐で壊れたんだが、嵐はブリキ橋にだけ吹いたわけじゃない」


「それはそうですね」


「泰西寺の裏の崖も崩れてな、ブリキ橋の近くでもあるし、ドイツ人捕虜が、ついでに直したんだ。それを見に行く」




 ちょうど住職さんがいらっしゃって「要高校の郷土史研究部の者なんですが……」という先輩の名乗りに、快く案内してくださる。




「いまもそうですけど、当時もうちの寺は貧乏でしてね、崩れた石垣を直すお金が無くて。以前、捕虜のお一人が亡くなられた時に、うちのお寺でお葬式を出して、お墓を建てさせていただいたんです。それを恩に感じてくださって直してくださって……ああ、あの法面(のりめん)がそうです」


 西と北西が法面になっていて石垣で補強がされている。ぱっと見は分からないけど、よく見ると北西側とは微妙に積み方が違う。


「戦後、北西側の法面も補強したんですけどね、戦後のは穴太衆(あのうしゅう)という石垣の専門業者にやってもらったんですが、西側の堅牢さには驚いていたって、祖父さんが言ってましたよ」


 ご住職は、高校生の僕たちにも丁寧に接してくださる。


「いいお話ですね……裏山に登ってもよろしいでしょうか?」


 先輩も、それに合わせて丁寧に申し出る。


「かまいませんが、その靴では滑ります。孫たちのがありますから、それにお穿き替えなさい」


 そう言って庫裏にいざなわれ、本堂とのつなぎ廊下のところでグリップの良さそうな靴に履き替える。


 ん?


 本堂の方で人の気配がして、振り向きかけるけど、先輩が目で制止した。




 たった十数メートルほどの山なんだけど、上ってみると、はるか西に要山地の山々が広がっていて、泰西寺の裏山は、そこから伸びた尾根の尻尾だということが分かる。


「……思った通りだ」


 頂に立つと、一つの自然石に目を落として先輩が呟く。


「この石ですか?」


「これを見ろ」


 石の裏側にまわって、草をかき分け、少し土を掘って、石の隠れた部分を指さした。


「〇に十の字…………えと……薩摩藩の紋所?」


 お祖父ちゃんの仕事柄、いろんな映像を見てきたので〇に十の字が薩摩島津家のものだと思った。


「いや、その下にラテン文字でS○○○○と彫ってあるだろう。ドイツで白魔法を使う時の十字だ。よく観れば十字は〇の内側とは接していないだろう」


「え……あ、ほんとだ」


「……ということは?」


「単に石垣を補修しただけでは無くて、白魔法で保護されている」


「やっぱり、ドイツ人捕虜たちが?」


「だろうな……ブリキ橋といい、ここの石垣といい、捕虜たちと要の関係は深くて温もりの有るものだったんだなあ……せっかくだ、お墓参りもしていこうか」


「はい」


 ドイツ兵捕虜のお墓は墓地の北側の日当たりのいいところにあった。


「和式なんだなあ」


 ちょっと意外だった。


 あんな器用にブリキ橋や、ここの石垣を作るんだから、墓石の一つや二つは朝めし目のはずなのに、わざわざ日本式の四角いお墓になっている。


 十 ヤコブ・ビルヘルム・バウマン軍曹   1890ー1918  


 名前と生没年だけが十字の下にドイツ語と日本語で刻まれている。


「書式はドイツ式だ。墓石は日本式。これだけで分かるじゃないか、墓の主は仲間からも要の人たちからも愛されていたんだ。そして、同じように日本も愛してくれていたんだ」


 墓は、墓地の他のお墓同様に手入れが行き届いている。


「大事にされているんだ……」


 先輩は跪くと、自然なキリスト教式の所作で十字を切って手を組んだ。


 僕は、ひい祖父ちゃんの葬式で憶えたやり方で、踵をくっつけ姿勢を正して手を合わせた。




 庫裏と本堂の間に戻って、靴を履き替え、ご住職にお礼を言ってから山門を出た。




「……やっぱり付いてきたか」


 山門を出たところで、先輩は足を停めて振り返った。


「え、なにがですか?」


「鋲には見えないんだな……こいつにも見えるようにしてやってもいいか? そうか、よし」


 そう言うと、先輩は窓を拭くように右手をワイプさせた。


 すると、七ハ歳の天使のような女の子が山門の柱の陰から恥ずかしそうに顔を出しているのが見え始めた。




☆彡 主な登場人物


田中 鋲(たなか びょう)        ピボット高校一年 アーカイ部

真中 螺子(まなか らこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長

中井さん                 ピボット高校一年 鋲のクラスメート

田中 勲(たなか いさお)        鋲の祖父

田中 博(たなか ひろし)        鋲の叔父 新聞社勤務

プッペの人たち              マスター  イルネ

一石 軍太                ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン)  精霊技師 


 

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