第22話『ろって・1』
ピボット高校アーカイ部
22『ろって・1』
僕にも見えるようにしてくれたんだけど、先輩は言葉を発しない。
じっと、その子を見ているだけだ。
「な、名前はなんていうのかな?」
沈黙に耐えられなくなって口を開いたのは僕だ。
「ロッテ……」
「ロッテ、そうか、いい名前だね(^o^)」
目は合わせないんだけど、少し上げた顔はほんのりと染まって、七歳くらいなのに、初めて告白された少女のように時めいているように見えた。
ち
先輩は小さく舌打ちをした。
「先輩!」
「フルネームは、ロッテ・ビルヘルム・バウマンだな」
「え?」
「おまえは、ここの墓地に葬られているヤコブ・ビルヘルム・バウマン軍曹の娘……」
ブンブン ロッテは激しくかぶりを振った。
「最後まで聞け」
?
「ヤコブ軍曹の娘の人形(ひとがた)だ」
コクコク
「あ?」
「思い出したか、傀儡温泉の人形(ひとがた)にロッテと書かれたものがあっただろ。それが、こいつだ」
「え、えと……ダ、ダンケシェーン」
小さくお礼を言うと、いたたまれないように背中を向けて、お寺の奥に逃げてしまった。
「ロッテ!」
「放っておけ、行くぞ」
「先輩!」
「つべこべ言うな!」
それから、先輩は学校に戻らず、僕を載せたまま貫川に沿って自転車を浜辺までかっ飛ばし、浜辺に自転車を転がしたままドラヘ岩に登った。
「願掛けのお札とか人形とかは願掛けをした段階で働きを失うものなんだ」
「そうなんですか」
「いわば、願いを載せる器のようなものだからな用が済めば虚ろになる。切れた電池のようなもんだ。だから、傀儡温泉の人形や人形(ひとがた)は不気味だけど、みんな虚ろだった……それが、あいつだけが生きている」
言われれば不思議なんだけど、ピンとこなかった。ロッテは儚げでおどおどしているけど、ささやかに、先輩の力を借りなければ僕には見えないくらいささやかに命を保っていた。捨てようとしていた電池の中に、ちょっと電気が残っていた。そういうことなんじゃないのか?
岩の上、腕を組んで口を結んでいる先輩のむつかしさは、ちょっと戸惑ってしまう。
「分からんか……あいつは、ロッテという女の子の回復を願って作られたヒトガタだ。それが百年の後に姿を残しているのは、あいつが作られた時点でロッテはすでに死んでいるからだ」
「あ……!」
「どんな因果かヤコブ軍曹は極東の戦場に回されたが、国に残した娘の事がずっと気になっていたんだ。だから、捕虜となって日本にやってきて、要の町で傀儡温泉のことを知って、ヒトガタに願いを掛けた。おそらくは、もう自分の命が長くないと悟ってもいただろうしな」
「そうか、だから……行き場の無くなったロッテは、ヤコブ軍曹が葬られた泰西寺に……」
「軍曹は天国で本物のロッテに会えただろう……あの軍曹の墓からは安らぎしか感じなかったからな」
「じゃ、あのロッテは?」
「知らん!」
「…………」
僕は思い返した。
傀儡温泉に残されたドイツ語で書かれたヒトガタたちを。
みんなハガキ大の大きさの木札に名前が書かれていた、むろん微妙に大きさは違う。たいていはこけしのようになっていて、おおよそ人のシルエットになっている。日本のヒトガタに倣ったものだ。
その中で、ロッテのものは小さな名刺大でしかなかった。印象に残ったのは、その小ささだったのかもしれない。
まあ、異国の温泉のお呪いめいたものだから、その程度の間に合わせのもので…………いや、ちがう。
「先輩、ロッテはちゃんとした人形(にんぎょう)だったんですよ!」
「なんだと?」
「あのブリキ橋や石垣を作った捕虜たちです、あんなに、仲間の捕虜たちや要の人たちに愛された軍曹です。その願いを載せるのに名刺大の木札で済ませるわけがない。きっと、キチンとした人形に仕立てて、その中に札が縫い籠められていたんですよ。古い人形は温泉の湿気と熱で朽ち果てていたじゃないですか、だから、人形はとっくに朽ち果てて、それ以上の腐食と劣化を防ぐため、お札だけ資料館の方に回されたんですよ」
「やつは、わたしと同じ人形だったのか……」
「先輩……」
「寺に戻るぞ!」
それから、先輩は僕を連れて泰西寺に戻り、生徒手帳を千切って『ロッテ・ビルヘルム・バウマン』と書いて、とりあえず、そこに憑依させた。
☆彡 主な登場人物
田中 鋲(たなか びょう) ピボット高校一年 アーカイ部
真中 螺子(まなか らこ) ピボット高校三年 アーカイブ部部長
中井さん ピボット高校一年 鋲のクラスメート
田中 勲(たなか いさお) 鋲の祖父
田中 博(たなか ひろし) 鋲の叔父 新聞社勤務
プッペの人たち マスター イルネ
一石 軍太 ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン) 精霊技師
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