第20話『名湯傀儡温泉』
ピボット高校アーカイ部
20『名湯傀儡温泉』
それから二日かけて、ドイツ人捕虜ゆかりの地を見て回った。
傀儡温泉は、要の北にある古い温泉だ。
行基菩薩というから、奈良の大仏ができたころだろう。
行基の弟子という僧侶が谷川の水が暖かいのに気が付いて発見したと言われている。
不思議な温泉で、本人が湯治に来なくても、本人の名を書きつけた人形(ひとがた)や、本人が大事にした人形を温泉に浸からせてやるだけで効能がある。
いつの時代からか、板を切り出した人形(ひとがた)よりも、より、本人に似せた人形の方が効き目があると言われ、家人や従者に人形を持たせて湯治をさせるようになった。
そこから、傀儡温泉という名前が付けられた。
「いやあ、なかなか大したものだなあ」
頭に手拭いを載せた伝統的入浴姿で悦に入る螺子先輩。
幼稚園のプールほどの露天風呂の縁には人形たちが、胸や肩まで浸かって並んでいる。半分くらいは、そのままお湯に浸かってるんだけど、もう半分は湯船の外だ。おそらく耐水性のない人形なんだろうけど、湯煙を通して見ると距離感が狂って、人が湯治をしているようにも、妖精たちが温泉を楽しんでいるようにも見える。
「市松人形、仏蘭西人形、リカちゃんにバービー、今風のドールまで……古い奴は温泉の成分が絡みついて、わけの分からなくなったものまであるぞ」
「あまり古くなったものは、お寺に頼んで供養してもらってるようですね」
「だろうな、見ようによっては人形を虐待してるみたいだからな」
「そんな風に思います?」
「ああ、わたしだって人形だ。温泉で薄汚れて朽ち果てていくのは、ちょっと哀れを感じる。できたら、もう少し早く供養してやって欲しいものだ」
「でも、古い人形が並んでいる方が効能があるように見えるんでしょうねえ」
「そういうものなのか……」
哀れを催したのか、背後の人形を見ようと身を捩る先輩。
「あ、タオルが……」
緩んだタオルがハラリと解れてしまう。
「もういいだろう、ちゃんと下に水着も着ていることだし」
「それが水着と言えるなら……」
先輩の水着は全ての面積を合わせても、ハンカチ一枚分あるかどうかというシロモノなのだ(-_-;)
「だいたい、どうして一緒に入らなきゃならないんですか」
「だって、部活だぞ。だって、この露天風呂は混浴じゃないか、一緒に入らない方がおかしいだろ」
「中には、混浴でないのもあったんですけど!」
「固いことを言うな、だいたい、この温泉ができたころは全て露天の混浴だったんだぞ」
そう言いながら、タオルを巻きなおすところは、少し進歩したのかもしれない。
「もったいないな……」
「な、なにがですか!? そ、そんな潤んだ目で見ないでください!」
「残念だとは思わないか……」
「お、思いません!」
「そんなつれないことを言うな、わたしの胸の内も少しは聞いてくれ!」
「いや、あの……ですから」
「いいじゃないか、こないだは、裸のお尻にラウゲン液をその手で塗ってくれたではないか」
「いや、塗りましたけど、背中ですから! メンテのためだし、そんなつもりじゃないですから!」
「まあいい、とりあえず、隣にいっていいか?」
「い、いいですけど、く、くっつかないでくださいよ」
「すまん、人形というのは人恋しいものなのでなあ……」
あ……それはそうだ……人形は、人に見られ、触られ、可愛がられ、その反対給付に愛情が与えられるものなのだ。
「せっかく、傀儡温泉に浸かっても、わたしには治してやる人間が居ないんだ」
「でも、先輩は、時空を超えて要の街とか、多くの人とか助けてるじゃないですか」
「それはな…………いや、止そう。わたしとしたことが、ちょっと甘えすぎたな」
ジャブジャブ
勢いよく立ち上がると、容のいいお尻を振りながら脱衣場に戻って行った。
「これだ!」
風呂から上がって「卓球でもしましょうか」と水を向けたんだけど「調べものがある」と言って、温泉の片隅にある資料室へ僕を連れて行った。
あまり整理されていない資料の中に、数枚の古い人形(ひとがた)の板切れがあった。
百年以上たっている人形(ひとがた)の文字は、ほとんど読むことができない。
「わたしの目は赤外線も感知するんだ。フェルメールの天使を発見した赤外線カメラよりも優秀なんだぞぉ……」
「なんて書いてあるんですか?」
「アーデル……ギュンター……ロッテ……ディーター……カサンドラ……エリーゼ……子どもの名前、大人の名前、親であったり、祖父母であったり、友人であったり……捕虜たちの身内や知り合いだ……ふふ、中には残してきた犬の名前まである」
「……犬は、飼い主が居ないと寂しくて死んでしまうものも居るって言いますね」
「そうなのか?」
「え、あ……」
「そうなのかも知れんなあ……」
「あ、でも、忠犬ハチ公みたいなのも居ますから(^_^;)」
「ああ、渋谷の……死ぬまで渋谷の駅で主人を待っていたんだったなあ」
「ええ、そうですよ!」
「でも、それって、毎日絶望していたということではないのか、終電を過ぎても主人は返ってこないんだから」
「あ……」
「誰か、犬にも分かる言葉で話してやるやつはいなかったのか?」
「それは……」
「ハハハ、真顔になるな。冗談だ」
先輩なら、犬語で説明して、それからスリスリしまくって、引き取った上でいっしょに暮しただろうと思った。
なにかを掴んだようだけど、これだと思う本命のものには出会えていないようだ。
それくらいは分かるようになってきた。
でも、それが何なのか、まだ先輩は話してはくれない。
Nツアーは、もう少しかかりそうだ。
☆彡 主な登場人物
田中 鋲(たなか びょう) ピボット高校一年 アーカイ部
真中 螺子(まなか らこ) ピボット高校三年 アーカイブ部部長
中井さん ピボット高校一年 鋲のクラスメート
田中 勲(たなか いさお) 鋲の祖父
田中 博(たなか ひろし) 鋲の叔父 新聞社勤務
プッペの人たち マスター イルネ
一石 軍太 ドイツ名(ギュンター・アインシュタイン) 精霊技師
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