クール系JKとゆるふわダウナー系JKが特に劇的な出来事もなくゆるーっとくっ付くまでのお話

にゃー

ゆる~く始まってゆる~く終わります。


 ラブレターであった。


「なるほど」


 ぼちぼち下駄箱周辺が混雑し始めた時間帯、上履きの上にそっと置かれた白い長方形は、どう見てもラブレターと呼ばれるそれであった。


「ゆーちゃんどしたのー」


 下駄箱に手を突っ込んだまま動きを止めた結月ゆづきの肩の上から、ひょっこりと下駄箱を覗き込む女生徒が1人。


「わぁーお、ゆーちゃんモテモテだねー」


 下駄箱の中に真っ白い便箋を確認した女生徒は、ぽわぽわとした笑みを浮かべながら結月の肩に顎を乗せ、そんなことをのたまう。


「モテモテって程でもないでしょ。まだ3回目くらいだし、多分」


 ラブレター、などと言う古式ゆかしいパターンは今回が初めてだったが。


 過去に2回告白されている事から分かるように、それなりに長い茶髪や整った顔立ちなどといった結月の容姿が、同世代の平均を大きく上回っているのは事実であった。

 最も、やや鋭いまなざしにどこか冷めたような口調のせいで、容姿の割には近づいてくる男子が少ない……というのもまた、紛れもない事実であったが。


「そうだっけ?じゃあ、モテ、くらいだねー」


「なにそれ。ってか、真奈まなのあたま重いんだけど」


 あごの乗せられた肩を軽く揺らし、退くように促す。


「おぉっとー、これは失敬」


 耳元で喋られるとこそばゆいという本当の理由は口にせず、結月はラブレターを適当に鞄の中に放りながら、さっさと上履きに履き替えた。


 覚えてたら後で読もう、などと思いながら。




 ◆ ◆ ◆




「おかえりー、早かったねぇ」


 体育館裏という、これまたいかにもな場所から帰ってきた結月を迎えたのは、すでにツナサンドを食べ始めている真奈。


「今回はどうだったの?」


 それから、弁当を持って2人の席に近づいてくる山田。


「どうって言われても。普通に断ってきたけど」


 言いながら結月は、机の脇に掛けられたコンビニ袋からおにぎりとペットボトル茶を取り出した。


「また?一回くらい、付き合ってみてもいいんじゃない?」


 半ば呆れたように言う山田だったが、結月としては名前も知らない男子に好きだと言われたところで、なにがどうなるものでもなく。


「いや、なんかピンとこなかったし」


 入学してから1年とおよそ半年、通算3回目の告白を無下に切って捨ててきたのであった。


「うんうん。知らない人と仲良くなるのって、めんどくさいよねー」


 そんな結月を見て、人付き合いというものを全否定するような言葉を口にする真奈。


「いやいや、じゃあなんで私たちと仲良くなってるの」


 それに対して突っ込みを入れる山田の3人は、1年の頃、席が近かったことが切っ掛けで仲良くなり、そのまま2年でも仲の良いクラスメイトとして交流を続けている。

 

「合う人っていうのはー、仲良くしようとしなくても、自然と仲良くなるものだと思うんだよねー」


 ぽわぽわといい加減なことを言う真奈ではあったが、その言葉を受けて、確かに私たちはいつの間にか打ち解けてたしなぁと妙に納得できてしまう山田であった。


「真奈らしいと言えばらしいわね」


 結月のその言葉通り、真奈は非常に面倒くさがりな性格である。


 ゆるくウェーブがかった黒髪に目尻の下がった柔和な顔立ち、緩く間延びした口調といった、良いとこ育ち全開な要素。しかしそれらを全てぶち壊すかのように、真奈という少女の気質は、将来有望なニート予備軍のそれであった。


 その自堕落ぶりたるや、2年生初頭の現段階において、進路希望調査で『第一志望:楽に暮らしたい』『第二志望:苦労せずに暮らしたい』『第三志望:静かに暮らしたい』などと平然とのたまう有様。


 「せめて専業主婦にしとけよ」という教師からの苦言に、


「家事とか近所づきあいって、めんどくさいじゃないですかー」


 と返した一幕は、学校内でちょっとした話題になるほどだった。


「真奈、そのめんどくさがりなところ直したら、すぐにでも恋人出来そうなんだけどね……」


 容姿はピカイチなんだから、と嘆息する山田。


「真奈に恋人とか、全く想像できない」


「そういうの、なんかめんどくさい。わたしにはゆーちゃんとやまちゃんがいればいいよー」


 真奈は自堕落なりに、数少ない友人との交流は大切にする人物であった。




 ◆ ◆ ◆




「おはよー。あれ、やまちゃんどうしたの?」


「クマ凄いけど」


 連休明け、真奈と結月が教室に入ると、そこには死んだように机に突っ伏す山田の姿が。


「ちょっとね……」


「三連休明けはつらいよねー。わかるよー、わかる」


 したり顔でいう真奈だが、休日の彼女は基本的に、自室でごろごろしているだけである。それは二連休だろうが三連休だろうが夏休みだろうが変わらない事であった。


「なんかあった……わけじゃなさそうだけど」


 顔を覗き込んだ結月の言う通り、山田は憔悴してはいるものの嫌なことがあったわけではなさそうで。それどころか、どこか満ち足りた表情をしているようにすら見える。


「後で話すから、今は寝させて……」


 その言葉を最後に、山田は今度こそ机に倒れ伏した。


「やまちゃん、安らかに眠れ……」


「いや、生きてるから……」


 流石の山田であった。





 授業が始まると同時にきっちり目を覚ますあたり、やはり山田は真面目な生徒だと言えよう。


「……すー……すー……」


 一方、真奈は結月の後ろの席で爆睡していた。




 ◆ ◆ ◆




「で、なんで朝あんなになってたの」


 昼休み、いつも通り3人で机を囲みながら、結月が山田に問いかける。


「連休だったから、実家に帰ってたんだけど」


「そういえば、そんなことも言ってたわね」


 山田は現在独り暮らしである。


「実家で遊びすぎちゃった感じー?」


「いや……昨日の夜、帰って来てからあの子と会って」


「……あぁ、何となくわかったわ」


 山田には恋人がいる。

 結月と真奈すら委細不明な件の相手、あの子という呼称が少し不思議ではあるが……とにかく山田とその人物は、どうやら結構なバカップルらしいことは良く知っている。


「ご想像の通り、朝まで……」


 それこそ、たかだか数日会えなかった程度で、翌朝のことも忘れて情事に耽る程度には。


「やまちゃんって、結構性欲強いよねー」


「帰省の直後に朝までって、ほんと、よくやるわね」


「うっ……」


 珍しく山田が不利な状況だったが、恋人のいない2人からすれば、ナニがそこまで山田を駆り立てるのかと、呆れてしまうのも当然のことである。


「面目ない……ていうか、二人はそういうのってないの?」


「そういうのってー?」


「性欲とか」


「私は別に、ないこともないけど」


 たまにムラムラすることはあっても、そのときは1人で適当に発散すればいい。結月にとって性欲とは、その程度のもの。


「わたしは正直、全然ないかなー」


「全然って事はないでしょ」


「えー、でも、一回も1人でしたことないよ?」


「「……まじで?」」


 それは山田はおろか、結月にとっても衝撃的な発言だった。


「そもそも性欲って、種の繁栄のためのものでしょー?」


 驚き固まる2人を前に真奈が口にしたのは、華の女子高生にしてはいささか無粋すぎる認識。


「相手がいないのにむらむらするってー、なんか変じゃない?」


「い、いやいやいや、相手が欲しくてムラムラする訳で……あれ?でも……」


 相変わらずのふわっとした謎理論であったが、変なところで純粋な山田は、先ほどの衝撃も合わさり真奈の言葉を受け入れてしまいつつある。



 ……一方の結月は、先の発言に、妙に心がざわつくのを感じていた。

 今どき高校生になっても自慰の経験一つないなどと言うのは、少々珍しい話ではないのか。こういうキャラ作り……いや、真奈はキャラ作りなど面倒くさがってしないだろう。しかしだからと言って……いやいや、あるいは面倒くさがり過ぎて、性欲すら沸かないという事か。


 確かに、この子が性欲に溺れる姿など果たして想像できるだろうか。例えば、真っ白い肌を耳まで真っ赤にし、その可愛らしい垂れ目を潤ませ、はだけた制服の隙間から差し入れた手で、自らの――


「ゆーちゃん?だいじょうぶー?」


「でぁっ、っ、大丈夫、大丈夫」


 思いっきり舌を噛んだ。


「あは、ゆーちゃんが慌てるなんて、珍しいねー」


 ふわふわと笑う真奈の顔に、先ほどの妄想が重なってしまう。


「顔真っ赤ー」


 真奈のせいだよ、とは言えない。



 この日以来結月は、ふとした折に真奈を見て胸がざわつくという問題に、頭を悩ませることになった。




 ◆ ◆ ◆




 それはそれとして、テスト期間である。


「めんどくさいねー」


「そうね」


 机に突っ伏しながら愚痴る真奈と、同調する結月。


「いや、そういう訳にもいかないでしょ」


 律儀に突っ込みを入れる山田はやはり真面目であった。


「やまちゃんえもん、定期テストが無くなる道具出してー」


「いいわねそれ。お願い山田えもん」


「せめて良い点取れる道具とかにしてよ……」


「いい点とるよりテストを受けない方が楽だよー」


 真奈はそういう人間だった。


「てか結月も同調しないで。昔はもうちょっと真面目だったじゃない」


 結月もそういう人間になりつつあった。


「確かに、段々真奈に染まって来てるかもしれないわね」


「何ちょっと嬉しそうにしてるの。もっと危機感覚えて。真奈もほら」


 言われて初めて、結月は自分の口角が少し上がっていることに気が付いた。ふと見れば真奈の方も、どこか嬉しそうに垂れた目を細めていて、何だかくすぐったくなる。


「……そうね、うん」


 身体の内から湧いて出たざわざわとした感覚を意識して振り払い、山田の言葉を少し真剣に考える。


 山田の言う通り、確かにこれはあまりよろしくない事かもしれない。真奈のような自堕落人間を2人も相手にしては、流石の山田も辛かろう。2人にとっては数少ない友人、そんな彼女の手を本気で煩わせるような事はしたくない。


 今さらながらそんなことを考える結月の傍ら、真奈も同じような事を思っていたようで。


「しょうがないなー。ゆーちゃん、勉強しよっか」


 渋々、といった表情を隠そうともせず、溜息と一緒にそう吐き出すのであった。




 ◆ ◆ ◆




「ただいま」


「おじゃましまーすー」


 「あの子と勉強会だから」とウキウキ顔で帰って行った山田の姿を見て、私たちもお互いに教え合えばいいんじゃね?と思い立った結月と真奈は、連れ立って結月の家へと来ていた。


 バイトもしておらず、金欠という訳ではないもののお金は使わないに越したことはない。そんな2人が勉強会をする場所は必然、テーブルチャージのいらないどちらかの家、ということになり。


 何の気なしに「じゃあ私んち来る?」と言った結月はこの段階になって、誰かを家に入れるのは初めてだということに気が付いた。


 別に、だから何だという訳ではないのだが。


「結月が誰か連れてくるなんて、初めてねぇ」


 なんていう母親の言葉を聞いて、妙に嬉しそうに顔をふにゃりと綻ばせる真奈に、胸のあたりがざわついた。


 いやまぁ、「だから何だという訳ではない」はずがないのだ。

 このところの自分は、友人に向けるにしては邪に過ぎるそれ・・を、真奈に向けてしまっている。それはふとした瞬間に浮かび上がって来て自分を苦しめるくせに、真奈との交流が劇的に変わってしまうほどに頭を埋め尽くすわけでもない。

 それこそ今のように、何となしに家に誘って、今さら「やっぱり帰って」などと言えない段階になって、心をざわつかせる。


 大体、なんでそんなに嬉しそうな顔をするのだ。何かにつけてそんな表情を見せるから、ますます背中の方がざわざわしてくるんじゃないか。



 などということを考えているあいだに、気付けば結月は、真奈と2人で自室のテーブルを囲んでいた。


 ……だから、なんで向かいじゃなくて隣に座るのかと。




 ◆ ◆ ◆




 とかなんとか言っても、連日密室で二人きりべんきょうかいを続けていれば、流石に慣れてもくるもので。勿論それは胸がざわつかなくなったという訳ではなく、くすぐったい感覚に(多少は)慣れた、という事だったが。


 結月は、背中が少しだけピリピリするようなその痺れに、どこか心地良さすら感じるようになっていた。


「ゆーちゃん」


「なに」


「わたしたち、今日けっこう頑張ったよねー?」


「そう?」


「そうだよー。だからほら、ちょっと休憩しよ?」


「まだ1時間しか経ってないじゃない」


「1時間!これはもう頑張りすぎだよゆーちゃーん。ひと息つくべき!」


 無論、毎日毎日、何かにつけて休憩しようとする真奈の言葉ももう、聞き慣れたものになっていた。


「ねーゆーちゃーん」


「せめて後1時間」


「えー、むりむりむりだよー」


 ゆーちゃんゆーちゃんと言いながら、触れ合った肩を擦り付けてくるのも。


「ね、ゆーちゃん……」


 机に突っ伏し、上目遣いに甘い声で囁いてくるのも。


「……休憩、しよ?」


 慣れたと言ったら、慣れたのだ。




 ◆ ◆ ◆




「はぁ……」


 いや、もうね。

 わざとやってるのかと。やっぱりキャラ作ってるんじゃないのかと。


 キッチンで飲み物と茶菓子を適当に見繕いながら、結月はそんなことを考えていた。


 何が「ゆーちゃぁん♡」だ。(※『♡』は結月の妄想です)

 真隣りでそう囁かれるたびに、こっちは溶けそうになるんですけど?

 てかなに肩すりすりとかしてるんですかそんなに殺したいんですか?

 上目遣いとかもう、ほんともう、ほんっとにもうね……


 等々と。悶々と。


「ヤバいなぁ……」


 ここ一週間ほどの勉強会で、結月は確信していた。


 きっと自分は、真奈の事が好きなのだろう。少なからず性的な意味で。


 今までだって、真奈の事は可愛いと思っていた。見た目は言わずもがな、それとは裏腹に心底面倒くさがりな性格も含めて。それでいて一緒にいて不快になるような性根の悪さは全く感じず、むしろそのギャップが可愛いし面白いと、友達としてそう思っていた。


 それが、あのこと・・・・が切っ掛けで、視点が変わってしまった。

 性的な目で真奈を見ること、自分がそういう人間であることに、気が付いてしまった。


「真奈……」


 胸のざわめきには慣れたけれど。さっきから鳴りやまない心臓のどきどきには、当分慣れそうにない。




 ◆ ◆ ◆




 結月のすぐ横には、上機嫌でストローを啜る真奈の顔。

 休憩中でも律儀に結月の隣に座り、ベッドのふちを背もたれにしてだらけきっている。


 その様子からも分かるように、連日の勉強会のあいだ、真奈は妙に機嫌が良かった。毎日その上機嫌ぶりを目の当たりにしている結月が、ついあれやこれやと考え込んでしまうほどに。


 まさか、この少女が勉強の楽しさに目覚めたわけでもあるまいし。

 ではなぜ、こんなににこにこしているのか。


 もしかすると。

 いやしかし。

 でもでも、もしかすると?

 いやいやいや。


 その自意識過剰で恥ずかしい予感もうそうは、日に日に結月の中で大きくなっていく。


 いや、私は今ちょっとオカシイから、そういう風に勘違いしちゃってるだけで。

 ちょっと優しくされただけで「あいつ、私のこと好きなんじゃね?」ってなっちゃう痛いアレで。

 何なら、機嫌良さげに見えるのもきっと私の勘違い、見間違い、思い違い。

 ほら、改めてしっかり真奈の顔を見てみると、


「んー?」


 どう見ても天使の微笑み……


「どうかしたー?」


「いや、その」


 どうかなりそうですとも言えず、悶々とした思いを抱えながら口ごもる結月。


「ゆーちゃん?」


 しかし真奈は、そんな事お構いなしに顔を寄せて覗き込んでくるものだから、今度こそ妙な事を口走ってしまいそうになる。


「な、なんか真奈、最近楽しそうだなって」


 危うく溢れ出てきそうな衝動を抑え込んで、どうにか結月の口から出たのは、そんな遠回り過ぎる言葉。


「そうだねー……なんでだと思う?」


「なんで、かな」


「ヒントはー、ゆーちゃん!」


 ……それ答えじゃないですよね?という言葉も、何とか飲み下す。


「わ、私……えっと、勉強会、とか?」


「惜しい!」


 もうこれは大穴の「真奈が勉強の楽しさに目覚めた」で正解じゃないですかね。はい、ファイナルアンサー。


「勉強の楽しさに」


「それはない」


 真顔で否定された。


「う、じゃあ、ちょっと分かんない、かな……」 


 そう・・であって欲しいという欲望と、そんなはずがないという否定が、結月の中でせめぎ合う。それでも自分から確かめるのはものすごく恥ずかしくて、結局そんな、日和った言葉しか出てこない。

 結月という少女は、存外にヘタレであった。


「正解はねー……」


 じゃかじゃかじゃかじゃかーなんていう真奈の囁き声が耳をくすぐり、慣れたはずの胸のざわめきが、ぞわぞわと結月の背筋を駆け抜けていく。まるで、どきどきと働き過ぎな心臓が、甘い痺れを身体中に送り込んでいるかのようだった。


「ゆーちゃんといる時間が増えたから、でしたー!」


 楽しげに間延びする真奈の言葉。

 やっぱり答えだったじゃない、なんて言う余裕など、あるはずもなく。



 気が付けば結月は、真奈を押し倒していた。



 驚きに目を見開く真奈の顔を見て、やってしまったと結月は思う。驚いたという事は、こうなる事を予期していなかったという事であり。それはつまり、やっぱり全部、結月の勘違いだったという事。


 だから、早くどかなくちゃ。「なんちゃって。吃驚した?」って、らしくもないおどけた声で言って、誤魔化さなくちゃ。


 そう思っているのに、結月の体は真奈に覆いかぶさったまま、全く動こうとしなかった。


 心音はいつの間にかどきどきからばくばくに変わっていて、体中にものすごい勢いで血が巡っていくのを感じる。


 座っているのを横から押し倒したものだから、真奈の体は腰のあたりで少し捩れ、しな・・が出来ていて。その扇情的な肢体が、乱れた髪が、そして、少しづつ赤く火照っていく頬が。結月には、真奈を構成するありとあらゆる全てが恐ろしく淫らで耐え難いもののように見えていた。



「……あの、ゆーちゃん。ごめんなさい」



 小さなさくら色の唇から漏れた、擦れるような呟き声。

 言葉と共に真奈は、その潤んだ瞳を、まるで自分の方が耐え切れなくなったとでもいうように、そっと横に逸らす。


 なぜ謝るのだろう。どう見たって、この場で謝るべきは自分の方だというのに。そう思い、結月は慌てて口を開こうとして、


 

「わたし、ゆーちゃんのこと……自分で思ってた以上に、大好きだったみたい」



 ――ぷっつんした。



 それは、定期テスト前日の事であった。




 ◆ ◆ ◆




「おわったぁー……」


 それは一週間以上に渡るテスト勉強の事でもあり、また数日間に及ぶ定期テストの事でもあり。

 あるいは、珍しく勉強したにも関わらず予期される、芳しくない結果を指す言葉でもあった。


「ま、良くていつも通りね……」


 真奈も結月も定期テストは毎度、辛うじて平均点付近をうろちょろしている程度である。

 そして今回のテストもまた、結果が帰ってくるまでもなく、勉強の成果が表れなかったのは2人にとって自明の事であった。


 ……いや、解を得るための知識は、しっかりと頭に入っていたはずなのだが。

 先日のアレやコレやで、そんなものは全て吹き飛んでしまっていた。



 そんなわけで、お互いテストに全く集中できなかった事は、火を見るより明らかであり。


「ぇへへー……」


「ぅ……」


 色々な意味での照れくささを孕んだ笑みを浮かべる真奈と結月。解放感に沸く教室の片隅でひっそりと、しかし確かに2人は見つめ合う。



「……え、何このイチゴミルクみたいな空気……え、え?」


 山田は目敏かった。




 ◆ ◆ ◆




 全部話した。

 洗いざらい。


「ちょっと目を離した隙に、まさかそんなことになってたなんて」


「やまちゃん、わたし、幸せになるね……!」


「……真奈、それってヒモ宣言?」


「と言いつつ満更でもなさそうな結月であった」


「え、いや、別に私はっ」


 図星を付かれて慌てだす結月を見て、山田は思う。


 ――この2人、ちょっと初心すぎやしないか。特に結月。さっきから、真奈の一挙手一投足にどぎまぎしっぱなしじゃないか。


 今日日、小学生でももうちょっと小慣れてるんじゃないかと、山田はいつもとは別ベクトルの呆れを示す。


「大体、押し倒してキスした『だけ』でテストぼろぼろって……」


 殊更に強調された『だけ』に、結月と真奈は揃って「うっ」と声を漏らした。


「いや、私たちは山田みたいな隠れ肉食ロールキャベツ系じゃないから」


「そうだそうだー。ていうか、ゆーちゃんってけっこうヘタレなんだよー?」


「え、ちょ、真奈!?」


 突然のフレンドリーファイアを受けて、さらに慌てだす結月。


「ゆーちゃんてば、わたしが良いよって言った後も、何回も「ごめんね、ごめんね」って。しかもその癖、キスはしょっちゅうしてくるんだよー?」


「えぇ……」


「真奈っ、余計な事は言わなくていいからっ」


 どんどんと露呈していくクールな友人の残念っぷりに、思わず山田が漏らしてしまった言葉は、


「結月……なんか、ガチ目にダサいね……」


「ぐぅっ!?」


 見事にクリティカルヒットした。


 あまりにも容赦のない酷評に憤慨しかけ、しかし自分でも思う所はあるものだから、続く言葉も詰まってしまう。


「だいじょぶだいじょぶ。わたしは、ダサいゆーちゃんも好きだよー」


「うぐぅ」


 フォローという名の追撃。

 それを受けもはや満身創痍の結月は、それでもどうにか一矢報いようと裏切り者に矛先を向けた。


「……そ、そういう真奈だって、そっちからは何もしてこなかったじゃない」


 成程確かに、その言葉の通り昨日の真奈は終始されるがままではあったが……


「いやいや」


 しかしそれは、山田の助力によって容易く返されてしまう。


「真奈は何か、初心でも許される感があるというか」


 お嬢様系、ふやけた雰囲気、ニート気質。どれをとっても、真奈は『される方』が似合う少女で。

 しかし一方の結月は……と、山田は呆れた……というより、どこか残念なものを見るような目を結月に向けた。


「そんな澄まし顔でこのヘタレっぷりは、ちょっとどうかなって……」


 とどめであった。


「だいじょぶだいじょぶ。わたしはヘタレなゆーちゃんも好きだよー」


 からの、焼き直しの死体蹴りであった。


「あ、それとやまちゃん、一つ分かったことがあるよ」


「なにさ」


 机に突っ伏す結月を尻目に、真奈は更に言葉を続ける。


「相手ができるとむらむらする」


「っ」


「……そっか」


 びくんっと震えたクールな友人の背に、早くも手綱を握られそうな気配を感じ取る。


「まあ、程ほどに、お幸せにね」


 両者の肩に手を置きながら。

 そのうちあの子も紹介できそうね、なんて、嬉しそうに微笑む山田であった。

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クール系JKとゆるふわダウナー系JKが特に劇的な出来事もなくゆるーっとくっ付くまでのお話 にゃー @nyannnyannnyann

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