4 ドラゴンの紋章
やがてリオネンデが立ち上がり、スイテアを抱き上げる。リオネンデの
寝台に置かれたのは判る。そしてまた始められた愛撫も判る。でもなぜ? なぜすべてがリューズと同じ?
とうとう貫かれれば、喜びに震えているのが自分で判る。もっともっとと求めている。あぁ、わたしを抱き締めるこの腕も、この腕の力も、繰り返される口づけも、すべてリューズと同じなのに。
急にガクガクと引き
そんな
「スイテア……大丈夫か?」
自分を呼ぶ
「……大丈夫そうだな」
リオネンデは体を起こし、
まずは1杯、水を飲み干し、更に杯に水を注ぐ。それをスイテアの許に運び、抱きかかえて飲ませた後、杯をテーブルに戻す。そして
手を伸ばし、刃で己の小指に傷を付ければ、真っ赤な鮮血が
「いいか、後宮には乙女でなければ入れぬ。おまえは今宵、俺に
スイテアの耳元で、リオネンデはそう
「レナリム! レナリムはいないか?」
大声で女官を呼べば、すぐに後宮への入り口からレナリムが現れる。
「あの女の体を清め、服を着させて連れてこい。それから寝具を変えろ、グシャグシャだ」
「かしこまりました ―― 王、その指に巻かれた布は? 血が
「あの女、抵抗して俺の指を
レナリムはいったん寝台に近づいてスイテアを見たが、すぐに後宮に戻り、湯を
その様子を椅子に腰かけリオネンデは眺めている。もちろん、途中、レナリムを、スイテアがハッと見たのも
レナリムがあらかたスイテアの体を拭き終えた頃、二人の侍女が新しい寝具と、一枚の布を持って王の寝所に入ってきた。
布でスイテアを包み、こちらへ、とレナリムがスイテアを促す。レナリムに支えられ、後宮へとスイテアは姿を消した。もう一度湯殿に連れて行き、拭ききれない汚れを湯で洗い流すことだろう。残った女官が王の寝台を整える。与えられた仕事を終えれば、汚れた寝具を抱えて二人の侍女も後宮へと戻っていく。
「ジャッシフ! いるんだろう?」
王が控室のジャッシフを呼んだ。
眠そうな顔のジャッシフが王に
「
眠そうではあるが、眠っていたわけではなさそうだ。
「それにしても大したもんだ。女を抱くのは初めてだろう? それであれほど喜ばせるとは。いったいどこで覚えたのやら……」
ジャッシフの
「後宮の外にも女はいる。おまえの目を盗んで、どこぞの女と
「いいや、あいにくそれはない。後宮以外でお前をひとりになどしない」
王の身を守る、それがジャッシフが己に課した使命になっている。
「それにしても、女に指を噛み切られるとはおまえらしくもない。どれ、見せてみろ」
ジャッシフが王の手を取ろうとする。
「構うな! ―― 触るな。傷が痛む」
顔をしかめてリオネンデが手を引っ込める。見られれば一目で、剣で付けた傷と知られるだろう。ジャッシフに見られるのも都合が悪いが、
「おやおや、王はご機嫌斜めか。思ったよりも良くはなかったか?」
「それより、女の身元は聞き出したのだろうな?」
「あぁ、それか。忘れていた」
「忘れていた? 肝心なことを忘れるのだな」
呆れるジャッシフ、するとリオネンデがテーブルに一本の小刀を置く。
「これは……ドラゴンの紋章」
「あの女が持っていた。俺を刺そうとした小刀だ」
「あの女が? なぜこれを?」
「さぁな。リューデントが与えたのかもしれないし、リューデントが与えた女から奪ったものかもしれない」
ジャッシフが小刀から目を離し、リオネンデを見る。
「なぜ、リューデント様が与えたと?」
「ドラゴンの紋章ならば、リューデントの持ち物に間違いない。あのリューデントから奪えるはずがない。ならば与えた」
「なぜ女だと?」
「ジャッシフ、
「ふむ……」
ジャッシフもリオネンデの言う通りだと思う。
「紋章の入った小刀を与えた女。リューデント様には想い人がいたという事でしょうか」
言うまでもない、とリオネンデは何も答えない。
「もしそうであれば、まさかお子がいるなどという事は?」
「それを調べるのは俺の仕事ではない」
今度は答えたリオネンデだ。チッとジャッシフが舌打ちする。
「判りました。
殺された王太子に子がいるとなれば、リオネンデの王位を脅かす。
「もし、いたとしても決して殺すな」
「始末した方がよいのでは?」
「それは……顔を見てから俺が決める。生かして俺の前に連れてこい」
「抵抗されたらいかがいたしましょう?」
ジロリとリオネンデがジャッシフを見る。
「いたとしても、幼子だ。どれほどの抵抗ができると言うのだ?」
あきらかに
「守る大人がいるはずです」
と、ジャッシフが抗議する。
「ならば、その大人たちは殺せばいい。まぁ、なるべく殺さず、その者たちも連れてこい。聞きたいことがある。行け、俺はそろそろ眠る」
見れば後宮からレナリムに連れられたスイテアが姿を現した。
「そうだ、あの女、名はスイテアだ」
立ちあがるとリオネンデはレナリムからスイテアを受け取る。そしてレナリムに
「下がってよいぞ」
と笑みを向ける。
何か言いたげなレナリムも、半ば追い出されたジャッシフも、王の寝所から出るしかない。寝所の護衛は控室にいる2人の部下に任せて、ジャッシフも王の寝所をあとにした。
二人が消えるとすぐさまリオネンデが、後ろからスイテアを抱きすくめた。そして首筋に唇を這わせる
「どうだ、レナリムはおまえが乙女でなかったと気が付いたか?」
小さな声で
「どうした、随分おとなしいな。俺に
笑いながらリオネンデがスイテアを放した。
レナリムに諭された ―― 確かにレナリムは王に逆らうな、とスイテアに言った。
「なぜ王宮に戻ったのです? 王妃様の侍女たちは、殆どが殺されたのに」
スイテアの身体を湯殿で清めながら、レナリムはスイテアに言った。
「わたしはリオネンデ様とは懇意にしていたから助かったのです」
レナリムもリオネンデたちの母親の侍女だった。スイテアとは旧知の仲だ。
「いいですね、リオネンデ様に逆らっては駄目です。あのかたは世間では酷い言われようだけど、本当はお優しいかたです。その寵愛を得たのだから、あなたは幸せなのですよ」
幸せ? わたしの幸せはリューズ様と共に殺された。けれど、それを言うわけにはいかないスイテアだった。王妃の侍女が王子と深い仲になるなんて、決して許される事ではなかった。
見るとリオネンデは、リューズに
リオネンデが軽く
「さて、寝るとするか ―― 来い、可愛がってやる」
リオネンデに手を引かれ、スイテアは王の寝台に向かった。
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