第256話 カケララ戦‐シミアン王国③

 アラト・コータは精霊のほこらの入り口で壁に背をもたせかけて座っていた。

 そうやってカケララの襲来を警戒して、おそらく四時間ほどになる。


「はぁ。お腹すいたなぁ……」


 空が赤く染まっているため時間の感覚が掴み難いが、時刻的にはもう昼だろう。

 コータは朝から何も食べていないので、空腹のピークに達していた。もう少し時間が経てばピークを通り越して気にならなくなってくるはずだ。


「はぁ……」


 お腹が空いたのに、食料調達にも行けないので憂鬱だ。

 それ以上にカケララと一人で戦わなければならないことが憂鬱ゆううつだ。

 王立魔導騎士団長のメルブラン・エンテルトと、シミアン王国女王のミューイ・シミアンは、カケララとの戦いで重傷を負い、精霊の祠にある癒しの泉で療養中である。

 ゆえに、カケララとはコータが一人で戦うしかない。絶対に痛い思いをすることになる。


「はぁ、仕方ないなぁ……」


 痛いのは嫌なので、コータは考えることにした。どうやったらカケララに勝てるのかを。

 ミューイの推察によると、カケララの能力は未来視らしい。

 たしかに自動追尾のチャクラムが神出鬼没のワープをしたにもかかわらず、それをことごとく回避したのは読心能力では説明がつかない。未来が見えていると考えるのが妥当だ。


 未来が視える相手とどう戦うか。すぐに思いつく攻略法としては二つ。

 一つは見えない攻撃をすること。

 もう一つは来ることが分かっていても避けられない攻撃をすること。

 コータの位置の概念種の魔法なら、簡単でないにしても使い方しだいでどちらも実行できそうだ。


「ふふふふ。ようやく見つけたわ」


 突然の声に背筋がゾクッとした。

 コータが上を見上げると、カケララが祠の上に立っていた。

 彼女が自分の方に降りてこようとする素振りを見せたため、コータはすぐさま距離を取らなければと考えた。

 コータは上空の離れた位置に瞬間移動したが、その真正面にカケララが立っていた。


「こ、コイツッ……!」


 コータが狼狽ろうばいし、カケララがわらう。

 コータは今度はランダム転移により連続で瞬間移動をした。

 その移動先すべてにカケララが待ち構えていた。


「くそっ、条件転移!」


 カケララが一定以上近づいてきたら自動で別の場所に転移するという魔法を使った。

 もしカケララが先回りするようであれば、コータの位置は自動で別の場所に補正される。そこへカケララが急加速して近づこうとすれば、コータの体は再び自動で転移される。

 これなら近づかれない。


「アラト・コータ。ちょっと安易ではないかしら? 私の攻撃手段が近接系しかないとでも思っているの?」


「魔法で火の玉でも撃ってくる気? 遠隔攻撃も自動回避の対象に含めればいいだけだよ」


「そんな優しいものではないわ。あなた、私の声を聞いているわよね。狂気と会話している時点ですでに私からは逃れられていないのよ」


「精神攻撃でもしてくるつもりか? 僕にはそんなの効かないよ」


 コータはカケララとの距離が保証されているからか、少し強気になっていた。

 その態度がどうやらカケララに苛立いらだちを与えているようで、カケララの真っ赤な髪がブワッと浮いて揺らめいている。口を吊り上げて笑っているが、コータを刺す眼光は鋭い。


「いいえ、あなたには効くわ。ゲス・エストならともかく、あなたに効かないわけないじゃない」


 対するコータもムッとした。

 世界でいちばん嫌いな男と比較され、自分が劣っていると評されては黙っていられない。

 これが精神攻撃なのだとしたら、たしかに効いている。しかし挑発は逆効果だということを思い知らせなければならない。


「なあ、おまえ、僕が怖がって逃げることしかできないと思っているだろ」


 コータは直感的に魔法を使った。

 カケララの背後へ転移した。彼女の背中にピタリとくっついて腹に両腕を回し、自分とカケララの位置関係を固定。

 カケララの力がどんなに強くても、それを振りほどくことはできない。体勢を含めて概念によって位置を固定されているからだ。


「あら……」


「行くよ。せーのっ!」


 ここは祠よりもかなり上空。コータはけ反り、そのまま下降を始める。

 位置の移動も概念魔法で制御している。超加速度でグングン加速し、地面に衝突する寸前でコータだけが瞬間移動する。

 コータは遥か上空に転移した。同時に下方からは轟音と衝撃波が空間を駆け抜け、土煙が爆煙となって辺りを土色に染めた。


 コータは下降にブレーキをかけてゆっくりと地面に降り立った。

 土色の煙幕が晴れたとき、祠の入り口付近に大きなクレーターができているのが見えた。

 その中央に腰から先が埋まったカケララの体があった。下半身がクテッと曲がって膝とつま先が地に着いている。


「勝った……? ふふっ、やっぱり僕こそが主人公なんだよなぁ」


 ――ゴォオオオオオンッ!


 鈍くもけたたましい音と振動が一帯を揺らす。

 クレーターが倍の大きさになり、内部から崩壊して柔らかくなった土からカケララの両手が飛び出した。二つの手のひらを地面に叩きつけ、上半身が引き抜かれる。

 彼女の身体が瞬間的に超振動して体についた泥をすべて飛び散らし、すべての汚れを一瞬で落として白い肌と紅いドレスが復活した。


「私はあなたたちとは別次元の世界の人間なのよ。私はそんなにもろくはない」


 コータには絶望しかなかった。

 あれほどの衝撃を与えて仕留められないということは、こいつには打撃なんていっさい効かないのと同じだ。勝てない。


 しかも、カケララはそうとう怒っているようだ。殺意が熱となって飛んできて、その熱で自分が心臓を握りつぶされそうだとコータは感じていた。


「ねえ、もう覚悟はした? まだしてないね? それでいい。覚悟なんてさせない。覚悟する間もなく打ちのめす! 徹底的に!」

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