第255話 カケラ戦‐狂気への攻勢
「ゲス・エスト、記憶を借りるぞ」
盲目のゲンがエアの周囲を流れる水で覆った。
いよいよ狭まった空気の格子がその水に触れる。すると、空気の格子は千切れたチェーンみたいに弾けて消えた。
「なるほど、立て板に水、というわけか」
ダースがポツリとつぶやいた。
俺たちは感覚共鳴でつながっているから盲目のゲンが何をしたのかは理解できていた。盲目のゲンが俺の水に関する知識を得たことによって、彼は水の魔法を概念化することができたのだ。
概念化の条件は自分の扱う魔法についての完全な知識を持ち、完全に使いこなすこと。
完全な知識とは、俺の元いた世界――厳密には俺が元々いた所という設定になっている架空の世界――の科学知識のことを指す。
盲目のゲンは知識さえあれば概念化できるほど魔法を極めていたというわけだ。
一度得た知識は感覚共鳴が消えたとしても残りつづける。
今後、盲目のゲンは魔法を概念化することができるようになった。
「へぇー、なるほどね。『立て板に水』で、どんな攻撃でも立て板に水をかけたようにあらゆる攻撃を受け流すわけね。でもその技は二度と使えないわよ。だって、
「だったら次からは『焼け石に水』で対処するまでのこと」
「自分の魔法を無力化するの? それは水じゃなくて石の魔法だと思うけれど」
カケラは盲目のゲンの概念化魔法を潰していく。
仮にいまの言葉を盲目のゲンが言わなかったとしても、カケラは心を読んで同じように潰していただろう。
反則的な能力の数々だけでなく、戦闘センスというか、頭が実によく回るので、カケラは能力抜きでもすごく手強い。
「ならば潰される前に使えるだけ使おうぞ。発動せよ、『湯水のようにあふれる』に加えて『水を得た魚』」
盲目のゲンの言葉に呼応するように、宙に浮いた水の玉から水があふれ出した。水の玉はどんどん巨大化して直径三メートルくらいにまで膨れ上がった。そして、それは形を保てなくなったように空に向かって弾けた。
サーッと一時的な雨が降り、それを浴びた俺たちは少しだけ体が軽くなった。
概念化魔法「湯水のようにあふれる」は、水の体積を増やすことができる。無から有を生む発生型魔法のような効果がある。
概念化魔法「水を得た魚」は、その水を浴びた者は少し元気になる。具体的には体力と精神的疲労を少しだけ回復する。
「潰すまでもない取るに足りない技だわ。水を増やせばこの空間を占める空気が減る。絶対化できる空気を減らすなんて愚行もいいところだわ。回復効果は極めて稀少ではあるけれど、そんなわずかな回復しか得られないなら攻撃にリソースを割いたほうがマシ」
いや、俺は助かった。わずかでも疲労が取れれば、それだけ脳の回転がよくなる。
それにカケラへの抵抗力も増すというものだ。
俺の体はまだカケラに支配されたまま。カケラはそんな俺の背後で次はどう俺たちを
これは油断だ。カケラが俺のすぐ近くにいて、俺から視線を外している。俺のことは体を支配しているから完全に無警戒で、おそらく心も読んでいないはず。キューカに俺だけを感覚共鳴から外させたから、カケラが俺の考えを読むこともないはず。
このチャンスは絶対に生かさなければならない。
「カケラ、さっきはシャイルから弱点を聞きそこなったが、察しはついているんだ。これだろ?」
俺が勝手に
俺は白いオーラをまとい、そして空気をまとった拳をカケラの腹へとねじ込んだ。
白いオーラを見た瞬間のカケラはギョッとしたが、驚いてしまったことで思考が対処に追いつかなかったのだろう。拳はもろに入った。
カケラは吹っ飛んだりはしていない。俺の拳がカケラの腹に減り込み、反動でカケラの顔が下を向いている。
そのままの状態で、まるで時間が止まったかのように誰も動かず時間が流れた。それは長い
「ふふ……」
カケラは笑った。
手応えはあった。効いているはず。
そのはずだが、実際のところ、どうなのだろう……。
カケラが顔を上げた。
彼女は笑っていた。
そして俺の腕を腹から叩き落とした。
「まさか、まったく効いていないのか……?」
「馬鹿ね。未来の私が危機を教えてこない時点で、あなたの攻撃も取るに足りないということなのよ」
馬鹿な。さっきの焦りようは演技には見えなかった。この白いオーラが弱点なんじゃないのか。
少なくとも白いオーラには体の支配に抵抗するだけの力はあったのだが。
「ふふふ。なるほど。その白いオーラは自己暗示で生み出したものなのね。一生懸命にエアを想う気持ちを高めて、愛に満ちた白いオーラを生み出したってわけね。
偽物だから効かなかった? 自然に発生した気持ちじゃなかったから?
それならネアがあえて俺にカケラの弱点を教えなかった理由も理解できる。
だが、違う。これはおそらくミスディレクションだ。
時間操作という特に強力な能力を使ってまで、弱点を知るシャイルの口を封じているのだ。それなのにカケラ本人がポロッと口を滑らせるなんてことあるはずがない。
正解に近いところまで来ているはずだが、何かが違うのだ。
「うっ……」
俺は考え事に集中しすぎた。それが隙となり、今度はカケラの拳が俺の腹に減り込んでいた。
それはただの殴打であるが、遠心力の乗った鉄球をぶち込まれたみたいな激烈な衝撃を受け、視界が黒く染まって意識が飛びかける。
俺の
そこに映るのはエアの姿。彼女の目が紅い。カケラはまたエアを操っているのだ。それを教えるためにわざわざエアの目を紅く染めている。
「安心して。死なないらしいわ」
これもカケラがエアに言わせたのだろう。表情はひどく冷たい顔をしている。
しかし、彼女の頭上にはとてつもなく熱いものが浮かんでいた。
小さい太陽。これはかつて学院の屋上で戦ったときに見せた技。
もしあんな攻撃を受けたら、不死状態にされた俺たちの身にはとてつもない地獄だ。
体の再生と消滅が同時に起き、その痛みと苦しみを味わいつづける時間がどれほど続くことか。
「スーパー・フレア」
そして、小さい太陽は動きだした。
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