第233話 成果のまとめ

 紅い狂気との決戦への備えは万全に整った。

 ここはひとつ、おさらいをしようではないか。


 俺とエアは神の使いであるネアから三つの試練を与えられ、それらをすべてクリアした。


 第一の試練では神器・藍玉を獲得したことで、機工巨人を使役できるようになった。

 これは俺とエアのうち藍玉を持っているほうが使うことができる。


 第二の試練では魔法の概念化を修得した。

 概念化は空気を概念種の魔法として使うことができるが、その使い方は端的に言えば空気にまつわる慣用句を現実化する能力といえる。

 概念種としての空気魔法はエアの記憶再現魔術でも使うことができるので、実質的に二人ともが空気魔法の概念化を修得したことになる。


 第三の試練では空気の操作型魔法の絶対化を得た。

 これは全種類の魔法を使えるようになるか、空気の操作型魔法を絶対化するかの二択で後者を選んだのだ。

 長期的に見れば当然ながら全種類の魔法を使えたほうが強いのだが、紅い狂気との決戦を目前に控えた現状では、熟練度の高い空気操作の魔法を極限まで強化したほうが有効だと判断した。

 この絶対化は俺の魔法のみで、エアの再現した空気魔法は絶対化されない。


 第三の試練の報酬だけは、俺とエアで別々に与えられた。

 エアにもすべての魔術が使用可能になることと、記憶再現魔術の拡張の二つの選択肢が与えられたが、エアは後者を選んだ。

 これも全魔術が使えたほうが当然強いのだが、残念なことに紅い狂気に魔術が効かないので、後者を選ばざるを得なかった。

 試練は紅い狂気に対する勝率を上げるために受けたものであり、どれだけほかの人間に無双できても意味がないのだ。


 それから、ネアに闇道具を引き渡すことによって、報酬として神器を授かった。


 神器・ムニキスは日本刀形状の武器で、闇道具・細剣ムニキスに代わるものだ。

 ムニキスで魔法を斬れば、その魔法と魔導師のリンクを切断することができる。発生型の魔法に対してはあまり有効ではないが、操作型や概念種の魔法に対しては魔法の力を失わせることができるため非常に強力だ。

 闇道具としてのムニキスには、リンクを切った魔法の力をすべて蓄積して、どこかのタイミングですべて所持者に対し解放するというが呪いがあったが、神器には呪いなんかないため存分に振るうことができる。


 神器・封魂の箱は銀色のラメが入った白木の箱で、立方体形状をしている。

 闇道具としての封魂の箱は白木の表面で黄色と緑色の渦巻きが絡み合った模様をしていたが、能力に変化はなく、箱の所有者が意識を失わせた者に蓋を開けて箱をかざすと、その魂を箱の中に封じ込めることができる。

 元に戻す場合は、「返還」と言って魂の所有者の名前を呼べば魂が肉体へと帰っていく。


 神器・天使のミトンは白地に緑色のチェック模様をしたミトンで、闇道具・ミコスリハンを破壊した報酬である。

 ミコスリハンは見た目は髑髏どくろ形状を模したただのタワシなので、三つの神器の中では唯一見た目がまったく異なっている。

 ミコスリハンが体をこすると地獄のような苦痛を与えて三こすり半以内に絶命するのに対し、天使のミトンは体をさすると傷を癒やす効果がある。

 五さすりすれば全快するが、効果が出るのは一人に対しては一日あたり五さすり分までという制限があり、最後にさすってから二十四時間経てば五さすり分のストックが回復する。

 制限があるのは同一人物に対してであり、何人に対しても平等に五さすり分のストックが与えられる。


 これら三つの神器は悪用されないよう俺しか使えないようになっている。


 紅い狂気との決戦に備えて俺とエアはかなり強化されたが、それでも俺とエアだけでは紅い狂気にはとうてい及ばない。

 だから一緒に戦う仲間の強化も必要だった。


 魔導学院は従来のカリキュラムを変更して魔法の修練を重点的に指導し、生徒たちを魔導師として強化することに専念した。

 特にキーラとリーズは新四天魔に選ばれるまでに強くなった。

 もちろん、旧四天魔のルーレ・リッヒもかなり強いし、彼女も修練を積んでいて俺と戦ったころよりもさらに強くなっているようだ。

 生徒会長のレイジー・デントはいわずもがな、生徒会メンバーを筆頭に学院には優秀な魔導師がたくさんいる。

 特にサンディア・グレイン、ハーティ・スタック、イル・マリルには期待できそうだ。


 リオン帝国には護五臣という強力な魔導師、魔術師のリーダーたちがいた。

 だが残念なことに、かつて俺たちが乗り込んだ際に護五臣のうちの三枠が空いてしまった。現在はその三枠に魔導師でも魔術師でもない通常の人間で、リーダー・シップを取れる人材を起用しているらしい。

 よってリオン帝国の戦力は、近衛騎士団、軍事区域の護五臣であるロイン・リオン大将および彼が率いる帝国軍、それから工業区域の護五臣であるスモッグ・モック工場長ということになる。


 ジーヌ共和国にはかつては守護四師という強力な戦力があったが、それはマジックイーターの頭目であるエース大統領の私兵と成り下がっていたため、いまは残っていない。

 それ以降に新設された共和国軍と大統領親衛部隊が共和国の戦力であるが、守護四師の代わりの戦力としては心許無こころもとない。

 自国だけでも守ってくれれば御の字というところだろう。


 シミアン王国は女王のミューイ・シミアンと、その契約精霊だったキューカが心強い戦力だ。

 特にキューカの感覚共鳴の魔術は決戦で間違いなくカギとなるだろう。

 それからリオン帝国にも引けを取らない軍隊もある。魔法は使えないが数が多い王国騎士、魔導師からなる上級王国騎士、少数精鋭の王立魔導騎士団、その頂点にいるのが王立魔導騎士団長のメルブラン・エンテルトだ。

 彼の魔法は付与の概念種という強力なもので、もし俺が使えば空気の操作型魔法よりも早く世界制覇できたかもしれない。

 軍隊の人数だけでいえばシミアン王国のほうが多いが、それでいてリオン帝国が一強の軍事大国と呼ばれるのは、戦車などの近代兵器を使うからだ。

 シミアン王国の乗り物といえば馬であり、いくら魔導師が多かろうと、精鋭が少数しかいなければ中世レベルと近代レベルでは勝負にならない。


 そんなこの世界において、一人でリオン帝国だろうがシミアン王国だろうが制圧できるほどの強力な魔導師がいる。

 それがE3エラースリーだ。

 エラーとは規格外という意味で、エラーと称されるほどの強い魔導師が三人もいるのである。

 一人はリオン帝国の現皇帝、リーン・リッヒ。

 振動の発生型魔導師で、彼女の魔法は空気の魔法リンクを斬るほどの力を有していた。


 E3エラースリーの二人目は盲目のゲン。水の操作型魔導師の老人である。

 魔法の使い方としては俺と酷似している。彼は盲目だが水の魔法で空気中の水分を感知し、俺の空間把握モードと同様の技を常に使っているので人よりよっぽど周囲の景色が視えているだろう。


 三人目はダース・ホーク。四天魔のナンバーワンでもある、闇の概念種の魔導師だ。

 エアが空気の次に彼の魔法を多用しているほど、その魔法は使い勝手がいい。


 かつてはE3エラースリーが最強の三人の魔導師と言われ、その優劣をつけることを条約によって禁止するほどであったが、それはもう過去の話。

 最強の魔導師はこの俺、ゲス・エストだ。


 最強といえば、最強の魔術師と最強のイーターも決戦で力を貸してくれる。


 最強の魔術師は言わずもがな、俺の相棒エアだ。

 記憶再現の魔術により、記憶の中から魔法をひっぱりだして使うことができる。


 最強のイーターは、かつてはただの人間だったシータ・イユン、つまりドクター・シータだ。

 彼は取り込んだイーターの能力を得ることができ、体積を変えたり擬態したり変身したり分裂したり毒を吐いたりと、非常に多彩な攻撃方法を持っている上に、自身の命すら増やせる。


 魔導師と魔術師とイーターは三竦さんすくみの関係と言われているが、俺はドクター・シータにもエアにも勝利したため、真に最強の存在となった。

 ただし、この世界では、という条件がつく。

 この世界の外から紛れ込んだ存在、狂気の支配者の種たる紅い狂気。彼女はこの世界の戦力総出で挑んでも勝てるかどうか分からない。


 敵であるが、紅い狂気の情報もまとめよう。

 紅い狂気はいまシャイル・マーンに憑依ひょういしているが、本来の紅い狂気はシャイル以上に幼い少女に見える。

 光を通すような白い肌と、そこに光る紅の目を見れば、それが世界における圧倒的な異物であると、ひと目で分かるのだ。

 そんな彼女の能力は『動の支配』というらしい。厳密にはその劣化版のようだ。

 それは魔法でもなく、魔術でもない。世界のことわりから外れた規格外の能力で、ゲーム用語でいうところの完全なチートだ。


 動の支配は動の概念種の魔法と言い換えるのが近いかもしれない。

 人だろうが物だろうが何でも思うままに動かすことができる。

 心が動くという考え方がある以上、心も動の支配の対象となってしまい、考えていることを読み取ることもできるし、支配して思うがままに操ることすらできる。

 さらには時間は流れるものだと解釈できるので時間も支配の対象となる。時間を止めたり巻き戻したりすることすら可能なのだ。

 ただし、そういった能力は一つの能力を同時に一人の相手にしか使うことができないらしい。

 そうはいっても同時に複数の能力を使うことができるのだから、理不尽としか言いようがない。


 その能力は最強に凶悪なのだが、彼女の最も厄介なところは、その能力以上に性質、つまり性格だろう。

 彼女にかかれば人類を一人残らず抹殺することなどたやすいだろうが、彼女はそんなことはしない。

 むしろ死ねないようにしてから永遠の苦痛を与えつづけ、この世を本物の地獄に変えてしまう。

 紅い狂気というのはそういう恐ろしい存在なのだ。


 決戦は三日以内に始まる。


 俺は三つの試練をすべてクリアし、神器・藍玉、魔法の概念化、魔法の絶対化を得たし、神からネアを通して神器・ムニキス、神器・封魂の箱、神器・天使のミトンを授かった。

 そして、仲間の戦力は世界すべて。

 これらのすべては紅い狂気に勝つためだけに準備したこと。


 準備は整った。あとは決戦に備えて寝るだけだ。

 俺はベッドに潜り込み、夜に身を溶かすように眠りについた。


「…………」


 だんだんと意識が薄れていって思考回路が完全に閉じる瞬間に、意識の端の方で、集中しなければ聞こえないくらいの小さな声がささやきかけてきた。


「ふふふふ。おやすみなさい。そして、永遠におはよう」


 俺にはその言葉を拾うことはできなかった。



―――――――――――――――――――――――

【あとがき】


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

第六章 《試練編》はここまでとなります。

次話からは最終章 《狂酔編》で、ついに紅い狂気との決戦が始まります。

最後までお楽しみください。


また、★の発生型魔法で評価をいただけると今後の活動の励みになります。

物語が面白いと思っていただけたら、ぜひ評価や応援、フォローのほどよろしくお願いいたします。

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