最終章 狂酔編
第234話 運命の刻
俺は夢を見ていた。
黒いスーツに身を包み、黒いグラサンで目を隠した、いかにもエージェントというナリの長身の男が四人。俺の前で弧を描くように並び、全員が俺の方をじっと見ている。
彼らの殺気が俺の身を凍らせる。
俺は彼らと反対方向に一目散に走りはじめた。
俺は足には自信があるほうだが、追いかけてくる黒服たちのほうが明らかに速い。
「くそっ、飛んで逃げたい……」
そんな自分の言葉でようやく自分が飛べることを思い出した。
空気の操作で自分を包み、夜空へと上がる。
まさか空までは追いかけてこられまい。そう思って後ろを振り返ると、四人の黒服全員が空を飛んで追いかけてきていた。しかも彼らのほうが速いのだ。
「やるしかないか……」
俺は最強の魔導師だ。その事実をなぜか忘れていたが、いま思い出した。
俺は飛びながら振り返り、空気を細く固めて円弧状の刃を作り、矢を放つがごとく撃ち放った。
ザンッ! と真っ二つに割れた。風の刃が。
「なにぃっ!?」
四人の黒服たちは全員が細い剣を持っていた。闇道具、細剣・ムニキスだ。
空気の操作リンクを斬られ、風の刃は無力化された。
タイマンならムニキス持ちでも勝ちようはあるが、ムニキス持ち四人を同時に相手にするなど
俺はやはり飛んで逃げるしかないと思い直し、エージェントに背中を向けた。
「ぐふっ……」
俺の腹から銀色の細長い金属が突き出していた。ムニキスが俺の胴体を貫いている。
俺はそのまま地上へと落下する。
真っ暗闇の中へ、どんどん落ちていく。暗くて地面が見えない。
芯から凍らされるような恐怖。どんどん落ちていき、どんどん恐怖がでかくなる。恐怖が腹の痛みすらをも喰ってしまっていた。
ムニキスが俺の体を貫いているせいか、空気の操作がまったくできない。俺はひたすら落ちて、ひたすら恐怖が膨らみ、ひたすら凍えた。
まだまだ落ちる。ずっと落ちる。いつ地面に激突するのかも分からない。
いや、まさか俺は永遠に落ちつづけるのか?
どちらも嫌だ。どちらも怖い。両方とも怖い。恐ろしい。絶望する暇もなく恐ろしい。
「うわあああああああああっ!!」
俺は飛び起きた。
エージェントも落下もぜんぶ夢だった。
ただ、己を凍えさせる寒気だけは本物で、真冬に裸で外に放り出されたのかと思うほど寒かった。
「なんだ……これは……」
ここは俺の部屋だ。しかし景色がいつもと違う。
部屋全体に赤いモヤが充満していた。
未知の状況に戸惑う中、モヤを空気の操作で排除しようとするが、どうもこのモヤは干渉を受けないらしい。
つまりこれは霧や煙の
紅い狂気の襲来だ。
俺はカーテンを開け放った。
陽はすでに昇っている。しかし青いはずの空は、真っ赤に染まっていた。紅い狂気がすでに何かを仕掛けているのだろうか。
のんびりはしていられない。完全に後手に回っている。
俺はとにかくもっと状況を把握するため、外に出ようと窓から離れた。
「うわっ、うわあああああっ!!」
扉に向かうため振り返った瞬間、目の前にシャイルの顔があった。
驚いて尻もちをついた俺の心臓は数秒ほど止まっていた気がする。おまけに腰を抜かして動けなくなってしまった。
「シャイル……」
シャイルの目が紅い。紅い狂気が精神を支配した狂酔モードのシャイルだ。
彼女の全身から紅いオーラがドライアイスの煙のようにあふれ出している。いや、加湿器の煙みたいに噴き出していると言ったほうが近い。
俺は空気で自分の体を包み込み、無理矢理に体を動かした。そうして狂酔シャイルに向かい合って立ったつもりだったが、彼女の姿は消えていた。
俺はとにかく部屋から飛び出した。そして、そこで目にした光景に絶句する。
世界は紅く染まっていた。
俺は自身の体を覆う空気を変化させて執行モードとなった。もっと広範囲を見渡すために上空へと上がる。
「わっ、なんだ!?」
上空へ上がっていたら、突如世界が反転して地面へと頭から突っ込みかけた。
最初は空気の操作を誤ったのかと思ったが、これまでにそんなミスをしたことは一度もない。それに冷静に体勢を立て直そうとしているのに、まったく方向が定まらない。
世界がグルグルと回っている。天が地に、前が後ろへ、右が左へ、グルングルンと動きまわる。
だんだん気分が悪くなってきたところで、世界が白黒に明滅しだした。
俺はもはや目を閉じて頭を抱え込むことしかできなくなっていた。
「エスト」
耳慣れた声にハッとして目を開けると、そこは魔導学院の屋上だった。
俺の
エアだけではない。学院の主戦力が一同に会していた。みんな上空を見上げていて、いっさい視線を外そうとしない。
彼らの視線の先にあったのは、やはり彼女の姿だった。
「紅い狂気」
シャイルの姿をしたそれは、プリンセスラインの真っ赤なドレスを着て、こちらを冷たく見下ろしていた。
怒っている?
そう感じて俺は身を強張らせたが、次の瞬間には彼女がニタァっと狂気に満ちた笑みを浮かべた。
もちろん、それは
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