第205話 記憶の扉③

 ふと目が覚めると、目の前でエアが見えない何かに両手を縛られて吊るされていた。彼女は意識を失っている。

 白いワンピースやエアの滑らかな肌に傷は見られない。


「おい!」


 声を出すと、俺の口からダラリとヨダレが垂れ落ちた。俺自身も魂が抜けたような状態になっていたのだ。口元を左手の甲でぬぐう。

 周囲を見渡しても紅い狂気の姿はない。


 俺はすぐに空間把握を再展開した。

 エアの両手を縛っているのは空気のひもだった。俺の操作は受けつけないので、エア自身か紅い狂気が操作したものだ。

 俺は背中に背負っていたムニキスでエアを縛る空気を切った。落下するエアを抱きとめると、エアは目を覚ました。


「おい、大丈夫か?」


「ひどい記憶……」


 エアはゆっくりと目を閉じて、大きく息を吐いた。


「エアも自分の記憶を見せられていたのか?」


「いいえ、エストの記憶」


 エアは俺とは違い、自分ではなく俺の記憶を見せられていたらしい。


「……くそがっ!!」


 人の過去を他人に見せるなんて趣味が悪いにも程がある。いちばん見られたくないものを、よりにもよって、いちばん見られたくない人に見られるなんて。


 精神を削りながらもエアに詳しく聞いてみると、エアは俯瞰ふかんして俺の姿を見ていたようだ。

 ただし、ただ眺めていただけではない。俺の思考はエアにも筒抜けになっていた。おまけに俺が痛い思いをするとエアも同じように痛みを感じていた。

 紅い狂気は俺の嫌がることをことごとく織り込んでくれた。


「あいつ、絶対に許さねぇ!」


「エスト、駄目だよ。たぶんそれ、紅い狂気の思うツボだと思う」


 そう言われてますます怒りが込み上げてくる。俺の中でいろんなものが爆発し、妄想の中で紅い狂気をボッコボコに痛めつける。

 しかし、想像の中にあっても紅い狂気はずっと笑っていた。


 ふっと体が沈む。それは自由落下を開始した合図だった。

 空気を操作して自分の体を受けとめ直さなければと思うが、そのイメージが沸かない。疲労しすぎて脳が働いてくれない。


 だが俺の落下は止まった。エアが空気を操作して受けとめてくれたのだ。

 そして黒い空間へと送り込まれ、寮の自室のベッドに横たえられた。


「エア、すまん。少し寝る……」


 俺は目蓋まぶたを閉じ、暗闇の中に意識を溶かしたのだった。




 目が覚めた後の俺は、エアと並んで空を飛んでいた。


 ミューイにはヌイづてに諸島連合の状況を話した。ヌイづてといっても、単に空気を振動させてヌイがしゃべっているかのように声を作っているだけだが。


 俺は紅い狂気との接触で精神的なダメージが大きかったため、今日くらいは終日休もうと思ったが、ゆっくりできるどころか不安に駆り立てられるばかりで落ち着かなかった。

 だから、とっとと第二の試練へ向かうことにした。


 早く強くならなければならない。だが、あと二つの試練を乗り越えて強くなったとして、俺たちは紅い狂気に勝てるのだろうか。

 力量があまりにもかけ離れている。その差が埋まるビジョンがまったく沸かない。


 それでもいまは、やれることをやるしかない。

 隣にエアがいるからまだ頑張れる。


 俺とエアは空気で空気を切り裂きながら、超高速で海上を飛んだ。



―――――――――――――――――――――――

【あとがき】

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

第五章 《王国編》はここまでとなります。

次話からは第六章 《試練編》が始まります。この異世界の真実が明らかになり、紅い狂気との決戦に向けて、エストとエアが最大限強くなるために三つの試練に挑みます。

第五章では「あと二つの試練」と記述しているところがありますが、時系列的には第五章の話は第六章の一つ目の試練と二つ目の試練の間くらいに考えてください。

それでは、第六章も引き続きお楽しみください。


また、★の発生型魔法で評価をいただけると今後の活動の励みになります。

物語が面白いと思っていただけたら、ぜひ評価や応援、フォローのほどよろしくお願いいたします。



(2024/12/1追記)

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