第179話 ツチノコの魔法

 僕はアンダースとともに遺跡を出た。


「さて、と」


 まずは自分の魔法が何なのかを知ること。それが最優先だ。

 精霊がしゃべれるタイプだったら教えてもらえるのだろうが、ツチノコのアンダースは喋ることができない。そもそも大半の精霊は喋れない。

 ではどうやって自分の魔法を特定するかというと、小説の中に出てきたダースの話では、自分の魔法の対象となるものを見ると、魔法を使えるのが本能的に分かるらしい。

 僕はあたりを見渡していろんなものを視界に収めた。石や岩、乾燥した砂に、粘土質の土、虫や植物。


 何を見ても魔法が使える気がする。これはいったい何の魔法だろうか。

 概念種だから物体を操作したり生み出す魔法ではないことは分かっている。


 僕は試しに近くに転がっていた石に魔法を使ってみた。すると、さっき石を選んだみたいにもう一つ何かを選ばなければならないことを直感的に知る。

 今度は物に限らず、何でも、どこでも選べそうだ。僕は石の上の何もない空間を選んでみた。すると、なんと石が瞬間移動したのだ。


「これは、位置の魔法か!」


 物を瞬時に移動することができる。

 二回目の選択で空間ではなく物を選んだ場合、二つの物の位置を入れ替えることができる。

 魔法は自分に見えるものしか対象にできないという制約はあるものの、これはなかなか強そうな魔法だ。

 僕は嬉しくなってアンダースの頭をでた。


「キュイッ」


 アンダースも嬉しそうに頭を僕にゆだねている。


 僕とアンダースは歩いた。次はどこへ行こうかと、あごに手を当てて考えながら歩いている。そのとき、ふと大きな影が僕たちを覆った。


「ガァアアアアアアアッ」


「うわああああっ」


 目の前に巨大な熊が立っていた。遺跡の瓦礫がれきの影に隠れていたようだ。

 熊は鋭く長い爪を振り上げている。僕はすぐさま熊を魔法の対象に選び、とにかく別の位置に移動させた。

 襲いくる熊の爪は間一髪のところで消失し、遠くで空を切る音がした。


 熊は僕を見つけるとすぐさま走ってきた。

 今度はじっくり狙いを定める余裕がある。近くの大きな瓦礫を選び、熊の背中に落とす。


「ガァッ、ガアアアッ」


 熊の背中に触れた瓦礫は細切れに砕かれた。いや、切り裂かれたのだ。

 熊の体毛は鋭い針になっており、瓦礫はその針に触れた瞬間にスパンと切れた。熊は一瞬だけひるんだが、小さくなった瓦礫が体の左右に流れ落ちて、すぐに再び駆け出した。


「なるほど、これがイーターってやつか。なら容赦はいらないな」


 僕は熊もどきを選択し、その移動先にはるか上空を選んだ。そして実行。

 熊もどきは雄叫びをあげながら落下し、そして爆音とともに大地を揺るがした。

 熊もどきはしぶとくも立ち上がろうとしたが、ほどなく力尽きた。


「ふぅ」


 やはり位置の概念種は強い魔法だ。

 そして間違いなく便利な魔法だ。位置の魔法で移動が楽にならないはずがない。瞬間移動の連続で空を飛んでいけるはず。

 そのためには、空に移動した後に少し留まる必要がある。位置の固定は二回目の選択時に同じ場所を選べばいいようだ。

 試しに自分の靴を固定してみる。足を動かすが、靴は動かない。変形もしないので、脱げもしなかった。

 これは使える。敵を硬直させることができる。


 素晴らしい。位置の魔法を完全に自分のものにできたと言っていいだろう。


 僕は自分自身を空高くへと移動させ、落下する前に靴を固定した。

 僕は空に立っている。あとは移動と固定を繰り返すだけで、すごいスピードで遠くへと移動していける。


「よし、決めた」


 僕はとりあえず王都を目指すことにした。

 僕はこの世界のことを、小説で読んで得た知識しか持ち合わせていない。実際にこの目で見てまわるべきだ。その後に何をするか決めよう。

 僕は空の連続瞬間移動によって、王都のある西へと向かった。

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