第175話 旅の支度①
俺は紅い狂気と戦ったわけでもないのに、長い療養期間を要した。
自分の髪色が黒色に戻るのを目安として休んだが、ごっそり白髪で生えてくる部分も多く、白いエクステをつけたかのようになっていた。
かつてエアの攻撃で消え去った魔道学院の校舎は、サンディアを筆頭に建築向きの魔導師たちと業者が協力することで、元の公地に再び建造された。内装もバッチリ元に戻っている。
魔導学院は教育方針の毛色をガラリと変えた。
三年制を五年制に変更し、魔法の戦闘技術への応用方法論や、実践戦闘訓練が大半を占めるようになった。
しかも、授業への参加は強制ではなくなり、個人での訓練を希望すれば授業に出なくてもいいことになった。
学院生たちの実践訓練では生徒会長のレイジー・デントや、風紀委員長のルーレ・リッヒが主に指導しており、学院生たちの憧れである二人の指導を受けられるとあって、向上心の高い学院生たちの出席率は非常に高いという。
寮を燃やされた
紅い狂気の出現は、世界的公共性を有する魔導学院の公表によって知らしめられ、世界情勢にも大きな影響を与えた。
リオン帝国では軍備増強が始まった。
軍事区域以外の主要四区にも軍の
ジーヌ共和国には軍隊はなく、広域に配備された強力な警察組織と首都に設置された特殊部隊が戦力のすべてであったが、新たに共和国軍が創設され、共和国軍への参加を条件に諸島連合からの難民受け入れが始まった。
それにともない警察組織の規模を縮小し、多くの人員や兵器、機材を軍隊へと移している。
特殊部隊は新しい大統領の選出とともに大統領親衛部隊として再編された。
シミアン王国では王国魔導騎士という軍隊が、王立魔法騎士団と名を変え再編された。
俺は王国魔導騎士に会ったことがないし、どう変わったのかも知らない。ただ、マジックイーターのボスであるエース・フトゥーレが言っていた王国首席魔導騎士という奴には少し興味がある。それもいまは王立魔法騎士団長となっているらしい。
もっとも、興味があるといってもほんの少しだ。わざわざ会いに行くつもりはない。俺はもっと大物に会いに行かなければならないのだから。
さて、ここからは俺自身の話だ。
黄昏寮にて療養していた俺は、療養完了と判断し、行動を開始する決断を下した。
俺はあいつらにひと声かけようと、黄昏寮の中庭へと降り立った。
そこには俺の療養中から変わらぬ光景があった。四人の少女と一人の少年が魔法の修行に明け暮れているのだ。
キーラ、リーズにサンディアを加えた三人は、学院の授業を受けるのではなく個人での鍛錬を選択していた。
彼女たちの強い希望により、ダースが教官となって三人の修行をつけていた。
そしてそこにはエアの姿もあった。俺が出発するまでの約束で、エアもその修行に付き合っているのだ。
特にキーラとリーズの二人はエアのことをライバル視しているようで、エアとダースも二人の成長は目覚しいと評価している。
彼女たちの
「よお」
「エスト、その格好……。ついに行っちゃうんだね」
俺はリオン帝国で買った魔導師用の服を着ていた。絹のような
細剣ムニキスは、肩から腰にかかるよう背負うためのベルトを
ただ、こいつは闇道具であり、使用による代償がいまだに不明であるため、本当に非常事態でなければ使わないことにしている。
一方、キーラたちは学院の制服を着ている。そのほうが気持ちが引き締まるのだとか。
エアだけは相変わらず白いワンピースの一張羅だ。ただ、空を飛びまわる都合上、ワンピースの下に黒の短パンを履いているらしい。
「エスト!」
マーリンが駆け寄ってきて俺の腰に抱きついた。
俺がマーリンの頭を撫でるのは、もはや条件反射となっていた。
「マーリン、長くはかからないから、お留守番を頼むな」
「うん」
俺は左手をマーリンの背中に回して軽く抱きしめた。
俺の顔は緩んでいたが、ダースの方を向けるときには引き締めた。
「ダース、マーリンのことは頼んだぞ」
「ああ、もちろんさ」
ダースはそう言って
魔導師の実力的にはいちばん信頼できる。内面についても、学院で一、二を争うほど誠実で実直なサンディア・グレインが心を許しているのだから、俺も信用していいと判断している。
俺はキーラとリーズにひと言ずつ声をかけ、そしてエアを呼んだ。
俺がエアとともに出発しようとしたところで、ダースが俺を呼びとめてきた。
「待って、エスト。神様に会いに行く前に、校長先生に会ってから行ったほうがいい」
「ん? そうか、分かった」
俺はダースの助言に素直に従った。
魔道学院の校長先生とは会ったことがない。というか見たことがない。これまで一度も生徒の前に姿を現したことがない。
実際、学院の人間のほとんどが校長先生を見たことすらないと言っており、それは生徒どころか先生も含めてのことだった。
会ったことがあるのはダース・ホークとレイジー・デント、それから教頭先生の三人だけらしい。
「そして、俺が四人目か」
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