第164話 第二ラウンド

「モード・エンジェルハンター! タイプ・ナイト&タイプ・モンク!」


 先ほどのエア人形のごとく、白い粘土が地面から盛り上がって人形を造りあげた。肉付きのよい三メートルほどの大きな体躯たいくを形成し、徐々に色が浮かび上がってくる。

 一体は上下に黒い道着を着た褐色肌の戦士。両手には鋼鉄のグローブをつけている。

 もう一体は西洋風の白い甲冑かっちゅうを身にまとい、兜で頭部を覆っている。片方の手には長剣、もう片方には縦長の六角形の盾を持つ。盾は下方が細く、下端からは剣先が飛び出しており、盾で防御が可能な二刀流の剣士になっている。

 いずれも屈強な戦士でありながら、背中に大きな鋼の翼を生やしていた。


「だいぶ気合入ってんなぁ、ドクター・シータ!」


 俺の独裁モードによる二重の空気鎧は、可視化すれば全長二メートルくらいになるだろう。二体の戦士はそれよりもでかい。しかも……。


「速い!」


 二体の戦士が襲いかかってきたのはほぼ同時だが、わずかにモンクのほうが速い。鋼鉄のグローブがグンと伸びてきて、一発も避けられずに三連打を浴びた。

 独裁モードでダメージはだいぶ軽減されているが、空高く吹っ飛ばされた。


 そこへ鋭い剣閃が走る。モンクのスピードからそれを見てからでは遅いと判断し、剣士に対しては剣の軌道を予測してそれをかわした。

 そこへ盾の切っ先による突き攻撃。それはまともに受けた。生身の体までは届いていないものの、独裁モードの一部が切り裂かれ、圧縮空気が解放されたために軽い爆発が起きて俺と人形騎士との距離を突き放した。


 こいつらもワールド・エクスプロージョンで爆破したいが、超圧縮の空気を仕掛けてまわる余裕はない。

 独裁モードの圧縮空気を解放しながら、それを使いきる前に倒しきるしかない。


 幸いなことに、この二体は完全に近接戦闘特化だ。遠距離攻撃を隠し持っていないとも言いきれないが、武術と剣術の性能を極限まで高めるためにほかの要素を排除していると考えるのが妥当。

 というか、これで遠距離攻撃まであったら勝ち目はない。


 モンクが再度急接近する。

 直線的な動きなので、一個だけしかけておいた圧縮空気の地雷に接触した。一瞬のひるみを見逃さず、今度は俺が空気の硬拳で連打する。

 モンクがガード体勢に入ったところで、俺は空気鎧の背中から空気の腕を生やし、その手でモンクの両翼を掴んだ。

 剣士のほうが高速接近してくる。俺はモンクに連打を浴びせながら高速で移動し、剣士から逃げる。周囲を見渡す余裕はないので直線的に逃げる。飛行速度勝負だ。

 少しずつ追いつかれるが、その前にモンクを片付ける。連打をやめ、右の拳がまとう圧縮空気量を増やし、それをモンクに叩き込むと同時に解放する。


「どりゃぁああああっ!」


 モンクが吹き飛んだ。胴が半分ほど潰れているが、まだ肉塊には戻らない。

 剣士の一閃をほぼ勘でかわし、モンクの軌道上に先回りして右膝に圧縮空気を集め、飛び膝蹴りの要領で右膝をモンクに突き刺す。同時に独裁モードの膝部分の圧縮空気を解放する。

 モンクの体が完全に潰れ、ドロッと白い粘土となって崩れ落ちた。その中にわずかに赤い光が見えた。透明感のある赤い石が割れてち果てるところだった。


「なるほどな」


 俺は胸の辺りの圧縮空気を解放して後方へ急発進し、剣士の追撃を避けた。

 剣士はさっきのモンクほど速くはないが、攻撃力が高くリーチも長いのでモンク以上に厄介だ。だが、タイマンだからさっきよりはやりやすい。

 ドクター・シータはすぐにモンクを再製作してこない。これは予想どおり。あれは簡単に量産できる代物ではないのだ。


 俺は剣士から高速で遠ざかりながら、円筒状に空気を固めた。これはエグゾースト・バーストの準備だ。空気を超圧縮して一方向に解放する大砲のような空気武器。筒はかなり頑丈に作る必要があるが、それ以上に発射するための超圧縮空気を作るのが大変だ。あの剣士相手にその余裕はない。

 だが、筒を作った時点で準備は完了する。あとは剣士が避けないようまっすぐ突っ込ませる。そのためにも俺は追いつかれてはならない。


 剣士のスピードは俺の後退スピードよりわずかに速かった。

 だが、俺の準備のほうが先に完了した。

 圧縮空気を発射するための筒を直進してくる剣士へ向ける。そして、その筒に独裁モードの圧縮空気をすべて流し込む。独裁モードを解放することで、エグゾースト・バーストは完成した。


「エグゾースト・バースト・タイラント!」


 圧倒的火力の爆発。その爆発は燃焼をともなわないが、その衝撃波のすさまじさは諸島連合の島ひとつくらいは一瞬で更地にしてしまうものだ。それを一方向へと発射したのだから、鋼鉄の剣士人形は吹き飛んで跡形もなく消えた。


 俺の独裁モードは完全に消え去り、空気の鎧は下層にあった執行モードのみとなった。


「さすがに疲れたが、ドクター・シータ、おまえも疲れているんじゃないか?」


 根拠はドクター・シータがすぐに次の攻撃をしかけてこないことだ。

 俺はモードをグレードダウンしていて疲労も見せているのだから、これほどかっこうの追撃チャンスはない。


「疲れはするとも。だが、ダメージはない。貴様に勝ち目はないと思いたまえ」


 ダメージはないというのはおそらく嘘だ。疲れることを認めることで、すべて本当のことを言っているように見せかけているだけだ。そうでなければ疲れているなどと弱みを見せるメリットはない。ダメージがないのであれば俺が無駄な攻撃をしないと考えたのだろう。


 ドクター・シータの攻撃の手が緩んだので、少し余裕ができた。

 今度はこちらから攻撃を仕掛けたいところだが、情報と思考の整理が先だ。


 俺は既知の情報、確信していること、それらから推測したことを脳内に順に並べた。

 まずは既知の情報。ドクター・シータ本体とつながっていない肉体は切り離すと自由に操作はできないが、切り離す前に命令していたことは実行できる。これは帝国にマーリンを奪還しに行った際に得られた情報だ。

 次に確信していること。ドクター・シータには心臓部となるコアがあって、それを俺の攻撃が及ばない所に隠している。コアを破壊しない限り、俺は彼を倒すことができない。

 そして、ここからは推測だ。ドクター・シータはコアを分裂させることができる。そう考えた理由は、彼が本体から人形を切り離したにもかかわらず、単純でない動きをする人形がいたからだ。体を硬質化させたり腕を剣に変えて攻撃してきたりした羽エア人形や、鋼鉄の天使狩人がそうだ。

 それらを破壊したとき、ドクター・シータから疲労を感じた。彼の表情が見えるわけではないが、すぐに次の攻撃をしてこなかったからそう感じたのだ。

 実際、彼は疲れたと口にした。雰囲気から察するに、ドクター・シータは分裂したときではなく破壊したときに疲労を感じている。ということは、コアはエネルギーや思考を共有していると考えられる。

 つまり、コアが分裂したときではなく、分裂したコアが破壊されたときにエネルギーを失うのだ。

 それから、コアを分裂させると、複数の意思を共有することになるため消耗が激しいはずだ。多大な集中力が必要となって精神力が削られる。だから分裂も無制限にはできないはずなのだ。


 結論は出た。新たな分裂をする前に、現存する分裂コアをすべて破壊すればいいのだ。

 もちろん、そのコアは別々の場所に隠されているはずで、それを見つけるのは容易ではない。ただ、この島のどこかにはコアが潜んでいるはず。

 だったら、やることは一つだ。


「ドクター・シータ、おまえに一つだけ感謝していることがある」


「ほう、感謝とな? また奇をてらって何か言おうとしているのだろうが、私を精神的に動揺させようという魂胆ならやめておきたまえ。無意味に終わって恥をかくだけだぞ」


 イーターであるドクター・シータの回復力は俺より高いはずだ。俺がだいぶ回復して次の攻撃の準備を始めた段階にあるのだから、ドクター・シータは虎視眈々こしたんたんと俺の隙を狙っているくらいの状況にあってもおかしくない。


「そんなんじゃねえよ。これからちょっと大技を使おうと思っていてな、自分を鼓舞する意味が強い」


 人形の欠片すら形がなく、どこからともなく聞こえてきた声が、その位置をはっきりとさせる。地面から湧き出る白い粘土がドクター・シータの姿に変身した。

 その本人人形の中にコアがあるのだろうかと少し考えたが、地面につながっている以上、コアは遠くの場所に隠していて、そことつながっているだけだと考えるのが妥当だと考え直した。もし俺がドクター・シータだったら、無用にコアを失わないようにそうするだろう。


「ほう、そうかね。で、貴様に完全に敵対しているこの私に、何を感謝しているというのだね?」


「最近は俺にたてつく奴がいなくなってな、つまらないと感じていたところだ。以前は自分の力量をわきまえず、相手の戦力分析もしないままに自信たっぷりで挑みかかってくる奴がごろごろいたが、俺はそれを返り討ちにするのが何よりもの楽しみだった。それも相手が強いと認められていて調子に乗っているほど愉悦が大きかったよ。だが、いまとなっては俺の顔は売れすぎて、誰も挑んではこないし、でかい態度で喧嘩を売ってくる奴もいなくなった。規格外と呼ばれたE3エラースリーに勝って魔導師の頂点に立ったのだからせんなきことだ。しまいには丸くなったとまで言われる始末さ」


「久しぶりに現れたというわけだな? この私が、その怖いもの知らずで無鉄砲な愚か者だと言いたいのだな?」


「いいや、そうじゃない。俺はおまえのことを認めている。おまえは強いよ。俺がいままで出会ったどんな魔導師やイーターよりも強い。エアなら近くに経験豊富な魔導師がいればおまえを圧倒するだろうが、イーターであるおまえに魔術師であるエア単独では勝てない。おまえに単独で勝てるのは唯一俺くらいだろう」


しゃくな言い方をするが、素直にめ言葉として受け取ってやろう。プライドの高い貴様なりの最高の褒め言葉なのだろう? 勝てるかどうかも分からない相手より強いと言いきる部分が、自分への鼓舞というわけかね? それで結局、感謝というのは何のことかね?」


「要するに、久しぶりに愉悦をありがとうということだ。おまえはちゃんと相手の戦力分析をする現実的な奴だが、絶対的な自信を持っていて俺に挑んでくるという点は、俺が懐古かいこの念を抱くに相当するものだ。そして、他者から認められて調子に乗っている。その他者とは、ほかならぬこの俺だ。魔導師最強の俺から認められているのだから、もっと調子に乗っていいんだぞ」


「なるほど、それで昔のゲス野郎としての牙が取り戻せるというわけかね。ゲスの自覚が己の鼓舞につながるというわけなのだな? ゲス・エストが己を鼓舞……そんなしょうもないことがあるか! さては、時間稼ぎだな!?」


 人形のくせに怒った表情をわざわざ作っている。本当に怒っているのかもしれない。

 それはおそらく、俺に対してというより、戦況よりも知的好奇心を優先してしまった科学者気質の自分に対してだろう。

 ま、それは俺の想像にすぎないのだが。


 対する俺は、もう引き延ばす必要はないので開き直る。


「そうだとも。時間稼ぎだ!」


 ドクター・シータから攻撃再開の気配を汲み取った俺は、彼の注意を引きつけるために無意味な会話を挟んだのだ。

 そしてその間に進めていたのは、島のどこに潜んでいるのか分からないコアを破壊するための攻撃準備。

 その方法とは……。



 ――島ごと破壊する!



「ならば、先に攻撃する!」


 島のいたるところで地面から白い粘土が噴き出し、砲台や機関銃に変化した。

 どちらの種類も弾倉が地面とつながっている。おそらく無尽蔵に弾を補填して連射できる機構になっている。


 しかし俺のほうも攻撃準備は整った。

 見渡す限りの空気にリンクを張り巡らせ、そこからさらに空間把握モードでリンクを伸ばしていた。それを少しずつ集め、凝縮し、いまに至る。

 いま、俺の周囲の大気は非常に密度が高い。空気の巨人鎧たる制裁モードを空がまとっているような状態だ。


「先に? 残念ながら俺の攻撃はもう始まっている。アトモスメテオ!」


 俺は高密度空気の空を降下させた。

 目には見えないから脅威を感じにくいが、トラップルームで天井が降りてきて押し潰されるのと同じだ。空気はしっかりと固めているし、高密度だから頑丈だ。

 いま、この島および近海の上空すべてが降下天井の下にある。


 砲台と機関銃が火を吹きながら金属の弾を連続で発射する。体内で火薬を生成できるようだ。自爆への警戒も必要そうだ。


 島から空へと降り注ぐ金属の逆さ雨が硬化空気の天井に減り込むが、高密度空気の厚い層に弾速を奪われ、俺に届く前に止まる。

 俺は空気天井内の空気を流動させて弾丸を集めた。あとでお返ししてやろうと思ったが、弾丸は白い粘土に戻って硬さを失った。ドクター・シータ本体からは離れているので、これが独自に襲ってきたりドクター・シータが遠隔操作したりはできないはずだが、邪魔なので上空の一箇所に集めておくことにした。


 島からの砲弾と弾丸の嵐は衰えを知らない。

 だが、それらが止まる位置が少しずつ高度を下げている。


「まさか、空を固めて落としているのか!」


「いまごろ気づいたか」


「出し惜しみしている場合じゃなさそうだな。ウィッヒッヒ」


 彼独自のその笑いには、いつものような嘲笑ちょうしょうの色が感じ取れなかった。どこかしぼり出すような、自分を無理やりに鼓舞しようとしているかのような、乾いた笑いだった。


 弾の嵐がやんだ。

 その直後、俺は異様な光景を目の当たりにすることになる。

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