第163話 第一ラウンド

「独裁モード!」


 俺は執行モード、制裁モードを経て独裁モードとなった。

 執行モードは自分の体表面を柔軟な空気の層で包み、その層には硬い空気塊を散りばめる、柔剛兼ね備えたモードだ。

 制裁モードはその上から大量の空気をまとい、空気の巨人と化す。

 独裁モードは巨人を構成する空気を超圧縮し、執行モードの上に特濃密度の空気層をまとう。密度が高いので防御に有益なのはもちろん、部分的に解放することで爆発的な力を生み出せる。


 オルタナドラゴンが翼を羽ばたかせて離陸した。

 しかし攻撃を急いたのか、あまり高くない位置から上空の俺をにらみ上げ、大口を開けた。そして、腹から喉、喉から口へと何かを移動させ、それを口から勢いよく吐いた。


 赤紫色のブレスだ。炎と違わぬ高熱。そしておそらく毒霧だ。


 ドラゴンの息吹いぶきだけあって、空気の壁で押さえきれないパワーがある。

 だが熱かろうが毒だろうがブレスの大部分は空気なのだから、即座にブレス中の空気成分にリンクを張り巡らせた。

 そしてブレス自体をオルタナドラゴンへと向けて飛ばし返す。


 オルタナドラゴンは第二のブレスを吐いてきた。

 それは煌々こうこうたる炎のブレス。赤紫の霧は引火性が高く、第二のブレスが着火剤となって大爆発を引き起こした。


 爆風を空気の盾で防御するも大きく後方へ飛ばされたが、俺はどうにか独裁モードを解除せずにこらえた。


「チッ、頭が回りやがる。イーターである前にドクター・シータってわけか」


 それならなおさら上を取らない理由が分からない。せっかく変化したイーターが飛行可能なタイプなのに、それを利用しない手はないはずだ。

 それにいまの状況、遠距離攻撃も得意な俺とかなり距離が開いている。飛んで追ってくるべきだ。

 だがオルタナドラゴンはそうしない。それどころか、陸に着陸した。そして姿を変えた。


 俺は攻撃のために空気の成分操作に乗り出した。

 対するオルタナドラゴンは、両脚をしっかりと地に着け、というより地面に減り込ませるように固定して、さらに首の数を増やした。

 九つの竜頭が妖怪ろくろ首のごとく、にゅるにゅると伸びて俺を睨む。そして、すべての頭が同時に大口を開けた。


 危険を感じた俺は即座に上昇する。

 刹那、さっきまで俺がいた場所にレーザー光線のごとき水の線が走った。

 水の速度からして相当な水圧と見える。もし防御しようとしていたら、空気では防ぎきれずに串刺しになっていただろう。


 しかも、この攻撃の脅威は破壊力だけではない。首が動き、竜頭の向きが変わる。それが九つ。水レーザーが縦横無尽に空間を切り裂きまくる。

 目だけではとうてい追えないので、空間把握モードを利用して水レーザーの軌道を読みながら避ける。


 この攻撃にはかなりの水量が必要だろうから、すぐに攻撃はやむと思っていた。

 しかしドクター・シータはなかなか粘っている。このままでは俺の集中力のほうが先に切れてズタズタに切り裂かれてしまうだろう。


 俺は作りかけの爆弾を使うことに決めた。俺は空気の成分操作により水素と酸素をり分けていた。

 空気中には本来、水素は0.00005%しか含まれていない。いまは湿度が高いため0.4%程度の水を含んでおり、そちらから水素を取り出すことができる。だが、水素も酸素も量が少ないことには変わらない。それをコツコツと目標の30%程度まで貯めていた。

 完成まではほど遠いが、これをいま使わなければ、水レーザーを被弾するか集中力が切れて水素を解放してしまうかしかない。


「成分操作・ヒドラ!」


 俺が放った水素と酸素の塊の周囲に、成分操作でメタノールを作り出す。メタノールは引火点が11℃と非常に低いため、簡単に炎を生み出せる。

 あとは火種を用意する。空気の一部を固定し、高速回転させる。それに接触させる形で空気を固定する。摩擦により火の粉が飛び、メタノールに引火して水素にも着火し、酸素が燃焼を爆発的に加速させる。

 そうして大爆発が起きる。


 その瞬間、九つの竜頭が寄り集まって爆発を包み込んだ。


 竜頭はすべて吹き飛んだが、爆発の威力はだいぶ殺された。

 すべての頭を失った竜の胴体は上半身がひしゃげて下半身だけになっていた。


 その下半身も溶けて水溜りのようにドロッとした白い物体に変わった。

 だが、その白い物体がニョキニョキと地面から生えるように伸びて、今度は人の形に変わった。それも不特定な誰かではなく、はっきりと特定の輪郭と色を持った存在だった。

 その特定の人物とは、人成したエアだ。白いワンピースから色白の四肢が伸び、つややかな黒髪が風になびく。形も色も再現度が高いので、一目で人形だとは分からない。


「ウィッヒッヒ。貴様はエアを助けに来たのだろう? 人成して貴様に牙を剥いたとしても、エアは貴様にとって大切な仲間だと思っているのだろう? 貴様にはエアは攻撃できまい」


 ドクター・シータが言いおわらぬうちに、俺は空気の刃でエアの姿をした粘土を真っ二つに割った。


「抵抗や躊躇ちゅうちょはないのか!? 人間味のない奴だ」


「そんな精神攻撃みたいなことが、この俺に通用すると本気で思ったのか?」


「通用するとも。私の精神攻撃はもちろん、ダミーで相手の躊躇を誘うなんて陳腐ちんぷなものではない。攻撃はこれからだ。覚悟したまえよ」


 縦に割れたエアに足元から白い粘土が這い上がってまとわりつき、エアの姿が二つに増えた。

 二つのエア人形が両手で俺を指差し、その先から水を打ってきた。先ほどの九頭竜が口から吐いた水のレーザーと同等のものだ。


 俺は空気を板状に固め、水レーザーを斜めに受けて横方向へ弾いた。残りの三本が俺を切り裂こうと追尾してくるので、俺は空中を逃げまわった。

 隙を見てエア人形の周囲の空気を固め、スライドし、ギロチンの如く胴を真横に切断した。その切れ目からは大量の水が噴き出して噴水のようにしぶきが舞った。


「なるほどな……」


 さっきから、これほど大量の水をどう調達しているのか気になっていた。

 イーターの能力で体内で水を生成しているのかとも思ったが、あれだけの威力を出すには相当の供給量が必要となるので生成説は現実的ではない。

 ドクター・シータは魔導師を喰ってもその魔法を得られないのだから、水の発生型魔導師を喰ったわけでもない。

 だとすれば答えは一つ。吸い上げているのだ。自分の体を島の下の方へと伸ばし、海水をポンプのように吸い上げている。

 だから九頭竜も空を飛ばずに地上から攻撃してきたのだ。


 そして、俺の仮説ではドクター・シータは心臓のようなコアとなるものを持ち、それを体内の自由な場所に移動できる。

 その仮説が正しければ、奴のコアは島の地下の方にかくまっているはずだ。最初のアークドラゴン形態は自身のコアへ攻撃がいかないよう、上から下へではなく下から上へ攻撃していたのもその根拠の一つだ。

 よって、いくら地表の粘土のような肉塊を攻撃しても意味がない。


 俺はいまだ飛びまわる二本の水レーザーを巧みにかいくぐり、少しずつ地上へと近づいていく。


 地上のほうでは新たなエア人形が製作されていた。

 それがまた腕を伸ばして水を発射してくるのだろうと思っていたら、今度は少し膝を曲げ、勢いよく伸ばしたと思ったら、ロケット花火のようにとてつもないスピードで飛び出してきた。しかも、俺の近くに来たところで瞬間的に膨張し、爆発を起こした。


「くそっ!」


 とっさの空気壁による防御でダメージはかなり軽減したが、大きく空へ吹き飛ばされた。そこへ二本の水レーザーが下から上へ、右から左へと走り抜ける。

 ベリーロールからの空中スライディングでそれをかわした後、地上で腕を伸ばし放水しているエア人形を空気のつちでペシャンコに潰した。

 地上では爆弾エア人形が次々と生成されている。屈伸動作に突入し、発射寸前となっているものから順に空気のなたで破壊していく。

 爆弾エア人形の生成スピードより俺の破壊スピードのほうが速い。五体が四体になり、三体、そして二体になった。次は屈伸する前に壊せる。


「――――!?」


 一瞬、俺は躊躇した。爆弾エア人形の破壊をやめ、そのまま地上への接近を加速する。

 爆弾エア人形は三体に増えた。三体中の二体が屈伸運動を始める。俺は残り一体、躊躇したきっかけとなったエア人形に飛びつき、そのまま腹を肩に担ぐ形で空へと上がった。

 地上にいた二体の爆弾エア人形が発射され、俺へ向かってくる。空気の刃を二つ放ったが、二体中の一体がもう一体を突き飛ばした。

 突き飛ばしたほうは二つの刃に裂かれて三つの肉塊へと戻り、爆発することなく地上へ落下していったが、突き飛ばされたほうは羽を生やして軌道修正し、俺を追ってきた。


 俺は逃げる。空をぐるぐると飛びまわって逃げる。

 しかし、ただ逃げまわるのではない。限界まで圧縮した空気の塊をそこらじゅうに設置し、その間を抜けながらさらに設置数を増やしていく。


 爆弾だと思っていた羽エア人形は両手を剣に変えていた。さらには体の大部分を鋼に変質させているようだった。

 圧縮空気の地雷原であることを理解しているのか、単に俺の飛行軌跡を追尾しているのか、器用に圧縮空気を避けて追ってくる。


 だが、俺は最後の一つを俺の飛行軌跡上に設置し、圧縮空気の地雷原を抜けた。

 そして、羽エア人形は圧縮空気に触れた。


「ワールド・エクスプロージョン!」


 命名する必要も技の名前を叫ぶ必要もないが、そうすることでわずかでも威力が上がるというのだから、惜しむことなく俺はそれを口にした。


 圧縮空気たちが次々に誘爆し、大爆発を起こす。

 爆発に巻き込まれた羽エア人形はベコベコに変形していた。両手の剣はグニャリと曲がり、羽が折れ曲がって飛べなくなり、地上へと落下していった。


 俺は空気鎧越しに肩に担いだものを別の空気で包み込み、俺の正面へと移動させた。

 それはドクター・シータの肉塊ではない。本物のエアだ。気を失っている。


「おまえの言っていた精神攻撃とはこれのことか? 俺が助けに来たはずのエアを自分の手で殺してしまうという筋書き。おまえはエアの能力を欲していたはずだが、エアの能力をあきらめてまで俺に勝つことを優先したわけか」


 地上にはエアではなくドクター・シータの姿があった。

 それも人形だ。さきほど白い粘土が地面から生えて彼を形作っているのが見えた。だからそれを攻撃したところで、ドクター・シータにはさほどのダメージは与えられない。

 そんな人形姿の彼が、まるで本物のように口を動かし声を発した。


「殺さないまでも途中で気づいて攻撃の手を緩めると考えていましたよ。その動揺した一瞬の隙を突いてあなたを殺す算段だったのですがね。あなたがエアさんを殺してしまわないことは賭けというか、祈るだけでしたが、まさか逆にエアさんを奪われてしまうとは……」


「おいおい、それは打算がすぎるぜ」


「いまさらながら、そのとおりですよ。それにしても、なぜそれが本物だと分かったのです?」


 人形と会話させられているようでしゃくだが、状況整理のための時間稼ぎは俺にも必要だ。付き合ってやることにした。


「髪飾りだよ。エアが髪につけているこの髪飾りは俺がエアに人成祝いとして贈ったものだ。おまえの作っていたエア人形は、再現度は高かったがこの髪飾りはつけていなかった。それは、この髪飾りのダイヤが再現できなかったからだ」


 エアの頭には、ダイヤモンドの髪飾りがついていた。

 羽の形をしたダイヤモンドの枠の中に、星型のブルーダイヤとピンクダイヤがはめ込んであり、星の形をした小さな金がちょこんと載っている。


「たしかに本物だけ髪飾りをつけていましたが、逆にそれが罠だとは思わなかったのですか? なぜ私がダイヤを再現できないと思ったのですか?」


「俺がこの島に建っている小屋に入ったとき、窓にガラスがなかったからだ。あれは明らかに不自然だった。あの小屋がおまえの体の一部だということは後から知ったが、そのときに妙に納得がいったよ。おまえは体の形も色も自在に変えられるが、透明な材質だけは作れないんだろう? おまえみたいな周到な奴が小屋の窓ガラスの生成をサボるわけがないし、忘れるわけもない。できないから諦めたんだ。電気のない島で小屋に窓をつけないわけにもいかない。暗すぎて不自然だからな」


「ウィッヒッヒ。大誤算です。ですが、いいんですかぁ? エアさんが目覚めたら、エアさんはどうするでしょうねぇ。あなたと一緒に私を倒そうとする可能性もありますが、私と一緒にあなたを殺そうとする可能性だってあります」


「不確定要素だから返せとでも言うつもりか? それがいちばんあり得ない選択だ。返したらエアを傷つけないよう加減するから、本気で戦えなくなるだろうが。エアのことは言われるまでもなくこっちで対策する」


 俺はハンカチを取り出し、エアの目を覆った。そしてその上から空気のバンドで固定した。

 これでエアには俺のハンカチを取り外せないし、目が使えない以上は魔導師を見ることができないから魔術も使えない。


「ウィッヒッヒ、なるほど。あとはエアさんを島のどこかに置いておけば、心置きなく戦えるというものですな」


「誘導しているつもりか? エアはこの島には置かない。おまえがこっそりと触手を伸ばして取り返そうとすることは分かりきっているからな」


 俺は未開の大陸の方へエアを飛ばした。

 もちろん、彼女を包む空気を解除はしない。大陸のイーターはドクター・シータが喰らい尽くしたはずだが、万が一にもイーターが残っていたらすぐに察知できるようにしておく必要があるからだ。

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