第四章 最強編

第139話 立案

 平日の昼間。


 俺は学院の授業をサボって屋上に寝転がっていた。

 快晴の空を眺めつつ、考え事をしていた。


 当面の俺のやるべきことは、元の世界に帰る方法を探すこと、エアに感情を食わせて人成させること、最強のイーターであろう海中イーターを狩ること、俺が負けると預言された最強の魔術師を倒すこと。


 これら四つの中で、おそらく達成できる時期が最も近いのはエアの人成ではなかろうか。

 正直なところ、アークドラゴンを倒した時点でエアが人成しなかったことに驚いている。存外あっさりと倒せたので、俺の感動が薄かったせいかもしれない。あるいは、そもそも精霊の人成にはまだ途方もない時間がかかるのかもしれない。


「エア、おまえはいつになったら人成するんだ?」


「それは私にも分からない」


 答えながら、俺の相棒は姿を現した。空気に溶け込んでいた色が三次元的ににじみ出てきて、白いワンピースの美少女を形作った。

 最初に出会ったときは、人の形を模してはいたが、明らかに空気の塊であった。風船で作った人形のように凹凸が少なくのっぺりとしていた。

 それがいまや本物の人間とまったく区別がつかない。


 彼女の変化は容姿だけではない。話し方もそうだ。

 最初はロボットのように、質問されたら淡白に最小限の回答しかしなかったが、いまでは人間と話していることを実感できるように滑らかな話し方をする。時には俺をいさめようとさえする。確実に彼女には感情が芽生えている。

 きっと、あともう少しだ。もう少し感情を食わせれば、エアは人成する。


「エア、何か楽しそうなことはないか?」


「エストはシミアン王国に行ったことがない。行ってみる?」


 シミアン王国はリオン帝国とジーヌ共和国に並ぶ大陸三大国の一つだ。

 シミアン王国を勧めてきたエアは無表情。彼女は感情を顔に出さないし、声の抑揚も小さいが、これだけ長い付き合いをすれば、なんとなく彼女の気持ちも汲み取れるというもの。

 いまの彼女の気持ちは、表情のとおり、無そのものだった。つまり聞かれたからテキトーに答えただけで、べつにオススメというわけではないのだ。


「うーん、あんまり興味が沸かないな。護神中立国で暴れるってのはどうだ?」


「それは絶対に駄目」


 珍しく強い口調。端整な顔立ちが吊り上げられると、強い威圧感がある。

 白いワンピースがはためいているが、部屋は俺が空気のバリアを張っているので外から風は入ってこない。つまり自分で風を起こしたのか、あるいは感情に呼応して勝手に空気が動いたのかだ。


「なんで駄目なんだ?」


「神様を冒涜ぼうとくする行為だから。それは冗談じゃ済まされない」


 その神様とやらがどういう存在なのか、それには興味がある。

 いや、まあ、神様なのだろうが、神ほどさまざまな意味で使われる言葉もなかなかないだろう。

 各宗教の崇拝対象であったり、数学や自然法則の存在のことを指したり、単に偉い人を指したり、単にすごい特技の持ち主を指したりと、探せばほかにもいろいろとあるだろう。


 しかし、この世界のようなファンタジーワールドにおいては、全知全能か、あるいはそれにじゅんずる驚異的な力を持つ者や、実際に世界を創造した者のことを指す可能性がある。

 そして、それは概念や偶像などではなく、実在していたりするのだ。


「冗談じゃ済まされない、か……」


 この世界のことわりを超越した存在なら、その神とやら以外にも知っている。そして俺は、そいつに関して神らしき存在から警告を受けたことがある。

 神とアレとはおそらく同じ次元の存在。神を怒らせるとどうなるかは、アレを怒らせたらどうなるかを考えたら……。


「未開の大陸にでも行くか」


 今度はエアに止められなかった。ダースやキーラ、リーズ、シャイルあたりに言ったら全力で止められるだろうが、エアは止めない。俺のよき理解者だ。


「エア、少し寝たら出発だ。あいつらはうるさいから内緒で行くぞ」


「分かった」


 相棒は空気に溶け込むように姿を消した。


 俺は一人、夜空を仰ぎながら目を閉じた。

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