第140話 未開の大陸

 以前、俺は学院の図書館で未開の大陸について調べたことがあった。


 未開の大陸に関してはあまりに情報が少ない。未開の大陸を専門に取り上げた書物は存在せず、世界全体に関する文献の中でわずかに取り上げられているのみであった。


 そんな中で得られた情報によると、そこにむイーターはいちばん弱い者でもネームド級のイーターであり、アークドラゴンのようなネームド・オブ・ネームドイーターがごろごろいるらしい。

 その情報を持ち帰ったのはE3エラースリーのダース・ホークであり、彼は命からがら逃げ帰ったため、どんなイーターが棲んでいるのかは未知である。アークドラゴンよりもずっと強力なイーターがいるかもしれない。

 何より恐ろしいのは、大陸におけるイーター密度の高さだ。ダース・ホークは逃走の際、十メートル進むごとにネームド級のイーターに遭遇したのだという。


 得られた情報はこれくらいだった。

 ちなみに、イーターの強い固体は魔導師に狩られず生き延びたために名前をつけられるが、それゆえにネームドイーターと呼ばれる。

 ネームド級のイーターというのは、名前はつけられていないがネームドイーターレベルの強さのイーターという意味である。


 俺は空を高速で飛んで海を渡り、未開の大陸の大地に足を着けた。


 海岸に打ち寄せる波は穏やかだ。

 だが、浜の砂は浅黒く、波打ち際から十メートルもしないくらいの距離から森が広がっている。

 樹の一本一本がよそ者である俺を威圧してくる。黒くて太い幹、乱雑な方向に長く伸びた枝、黒いまだら模様を持つ深緑の広葉。三大国がある大陸では見たことのない品種だ。


「エア、おまえも警戒していてくれ」


「分かった」


 俺は森へと足を踏み入れた。無数の木の根が縦横無尽に張り巡らされていて、その上を歩く。まるで地面が蛇で埋め尽くされているかのようだ。

 蛇が木の根に擬態していることを警戒したが、蛇にしては硬いし、たとえ硬さも備える蛇がいたとしても、踏みつけてビクともしないなんてことはさすがにないだろう。

 不思議と葉っぱが落ちていない。それは森として奇妙なことであるが、しかし俺にとっては死角が少なくなって幸いなことだ。


「エア、近くにイーターはいないか?」


「近くにはいない」


 その言い方は遠くにはいるということか?

 それにしても、文献では十メートルおきにイーターに遭遇すると書いてあったが、もう五十メートル以上は進んだはず。あの文献が嘘をついていたということか。ダースの野郎が話を盛ったのか。

 いや、あるいはここの環境に大きな変化があったのかもしれない。樹の一本を見たって明らかに普通ではないのだから、強力なイーターが跋扈ばっこする環境に合わせて、島全体の進化スピードが異常に速いなんてこともあるかもしれない。


「エスト、イーターが接近してくる」


「どこからだ?」


「上」


 俺は立ち止まり、意識を集中した。

 自分の周囲十メートルくらいに空間把握モードを展開して歩いていたが、それでは足りないと踏んで可能な限り広範囲にモードを拡大した。


「真上か!」


 俺の頭上、二百メートルくらい先に飛行型イーターを見つけた。アークドラゴンほどではないが、かなり大きい。そして速い。十秒もすればここへ辿り着く。俺を捕捉しているのだろうか。

 まだらの葉が地上を覆い隠しているように、こちらからも空はぜんぜん見えない。だが高速でまっすぐにこちらへ飛んできているということは、俺を捕捉していると考えるべき。

 どんな特性を備えているかは未知であり、木々がい茂って邪魔なこの空間が俺に有利になるか不利になるかは分からない。

 俺は空へ上がることにした。


「キィイイイイッ!」


 甲高い鳴き声をあげ、槍のように長く鋭いクチバシが俺をめがけて飛んでくる。

 空気の粘度を上げたが、羽を折りたたんだ細い体と鋭いクチバシは空気の抵抗をほとんど受けず、減速することなく突っ込んできた。

 幸い直線的な突進だったため、間一髪のところでかわすことができた。


「あぶねぇ……」


 俺を包む空気の膜が少し切り裂かれていた。

 未開の大陸のイーターが持つ攻撃力は、やはり並ではない。


「エスト、大丈夫?」


 めずらしくエアが俺を心配した。


「まったく問題ない。ただ、本気は出すけどな。執行モード!」


 俺は硬質の空気のブロックを内包しつつ流動性を持つ空気の層を作り、それで自分を覆った。

 防御力は格段に跳ね上がったはずだ。ただし、あの鋭い突進の直撃は絶対に避けなければならない。


 飛行型イーターは森の中へと消えた後、羽ばたいて森の上まで戻ってきた。


 さっきの突進はかなり強烈だったが、羽を折りたたんでいたので、遥か上空から落下しながら加速しなければ出せない攻撃だ。俺の予想ではイーターはまた遥か上空へと戻っていくはず。それを阻止すべく、俺はイーターの真上へと移動する。


「エスト、上!」


 エアが強い口調で警告した。俺は最初、イーターの上に移動して空への上昇を防げという意味だと思った。そんなことは分かっているし、すでに移動中だ。

 だが、エアの警告はそういう意味ではなかった。重力方向に超スピードで何かが接近してくる。空間把握モードの圏外から加速を始めたようで、俺が察知したときには約一秒の猶予しかなかった。


「――ッ!」


 三体。俺の下方にいるのと同じタイプのイーターが三角形の位置取りで急降下してきた。

 俺はとっさにその三角形の中心に移動した。気づくのにコンマ三秒、判断にコンマ三秒、動くのにコンマ五秒を要した。コンマ一秒のオーバーのために、俺は肩にかすり傷を負った。


「チッ、イーターに怪我なんてさせられ――」


 それは油断だった。それが独り言であろうと、エアとの会話であろうと、悠長に口を開いている場合ではなかった。

 先ほどから下方にいたイーターがクチバシを飛ばしてきたのだった。


「うぐっ!」


 とっさに張った三重バリアを突き抜け、さらには執行モードの空気層も突き抜けて、俺の左腕に長く鋭いイーターのクチバシがぶっ刺さっていた。貫通まではしていないが、かなり深い。


 その状況を理解するのに数秒かかった。

 クチバシを引っこ抜いた右手で、飛び出す血を押さえつけるように腕を掴んだ。

 焼けるような痛みが俺を襲う。痛みがだんだんとリアルになってきて、目がくらむようなひどい痛みとなった。

 こんな痛みを感じながら冷静に魔法発動のイメージを浮かべるのは難しい。だが、やらなければ死ぬ。


「おい、この左腕、どうしてくれんだ!」


 怒りで痛みをだまし、俺は叫んだ。

 アドレナリンを出したおかげか、不思議と痛みは和らいだ。

 先ほどクチバシを飛ばしたイーターは、クチバシを失ってはいなかった。おそらく、マトリョーシカ、あるいは鮫の歯並びみたいに、何重構造かになっているのだろう。まだ飛ばしてくるかもしれない。

 しかも、さっき森の中へと突っ込んだイーターどもも上へ上がってくると敵は四体になる。


「空間掌握モード!」


 俺は空間把握モードのために張っていた空気へのリンクを利用し、感知のために泳がせていた空気を能動的に操作した。


 アークドラゴンと戦ったときに制裁モードと称して空気の巨人を作った。そして腕の中にアークドラゴンを取り込んだ。それを思い出して思いついた技がこれだ。

 敵の周囲に薄膜を張ってもすぐに破られるから、もっと広範囲に空気を固定して敵を閉じ込める。

 あとは潰すなりひねるなり切断するなり自由というわけだ。


 まずは一匹目。イーターの首を折り曲げて、その鋭いクチバシをそのまま腹に突き刺した。

 イーターは力尽きてほとんど動かなくなった。

 空間掌握モードから解放すると、イーターはそのまま森の中へと落下していった。


 ここからが山場だ。先ほど三位一体の連携で急降下してきた三匹が森の上へと上がってきた。

 幸いなことに三匹はバラけずにまとまっていた。これなら空間掌握モードで一掃しやすい。


 だが、ここで予想だにしない出来事が起こった。


 森が上方へ葉っぱを飛ばしたのだ。狙いはイーターの翼。無数の葉っぱがイーターの広げた翼膜に突き刺さった。

 イーターどもは落下しないよう一生懸命に羽ばたいている。痛みをこらえるかのような苦しそうな羽ばたきであったが、翼の必死な上下運動の甲斐あって、その滞空高度はだんだんと高くなっていた。


 しかしそこに追い討ちがかけられた。


 木の枝が伸びてきてイーターどもを絡め取るように巻きついたのだ。

 いままで隠密的だったイーターどもが連鎖的にキエーッという甲高い悲鳴をあげて合唱したかと思うと、そのまま森の中へと引きずりこまれていった。


「ウィッヒッヒッヒッヒ!」


 地底の奥底から響くようなその声を聞いて、俺はいろいろと悟ったのだった。

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