第三章 共和国編

第105話 同伴者

 俺は学院の図書館に詰めていた。

 世界各国からの融資で成り立つ学院だけあって、蔵書は世界規模である。

 本が並ぶ棚は十段もあり、高い位置の本も取れるように狭い間隔で梯子はしごが備えつけられている。

 もちろん、棚は縦方向だけでなく横方向にも広く、蔵書数にして約千百万冊、この世界においては最大である。

 ちなみに、俺の元いた世界ではこれより蔵書数が多い図書館を有する国が五ヶ国以上存在する。


 俺がなぜこの図書館にいるかというと、ジーヌ共和国について調べるためだ。

 情報は重要だ。

 俺の戦闘スタイルも情報戦から入る。

 いかに多く敵の情報を掴むか、いかに自分の情報を敵に与えないか。それを突き詰めた上で、自分の魔法を最適な方法で使う。

 行動を最小限にとどめて勝つ。


 ともあれ、ジーヌ共和国についての知識がほぼ皆無である俺は、かの国について一から学ぶ必要があった。

 授業をサボり、一日かけて図書館に詰めた結果、ジーヌ共和国に関して常識レベルの知識は得られたはずだ。


 学院生たちの間で話題にあがる国名は九割がたリオン帝国で、ジーヌ共和国の話題が出ることはほとんどない。それでいてジーヌ共和国は大陸のほぼ中央に位置する国だ。

 それは大陸が茸のような形をしているせいでもある。

 茸の傘を北東に向けて寝かせたのが大陸の形だとしたら、茸の柄の部分の北半分がジーヌ共和国で南半分がシミアン王国、ジーヌ共和国の北辺のうち七割ほどは海に面しているが、東の方でほかの二国に加え公地と接している。

 学院が存在する公地は北、リオン帝国は東、護神中立国は南東に存在する。


 ジーヌ共和国は大統領制であり、現大統領の名はエース・フトゥーレ。

 このエース大統領がマジックイーターの頭というわけだ。

 そしてこいつが大統領であるということは、おそらくジーヌ共和国の行政機関もマジックイーターで染まっている可能性が高い。


「エスト君」


 不意に呼びかけられて、俺はいまが放課後であることを思い出した。

 声のした方を見ると、そこにはシャイル・マーンが立っていた。

 いつもどおり制服を綺麗に着こなしている。白のブラウスにはシワの一つもないし、赤と黒のチェック柄のプリーツスカートは本来の丈の長さのままだ。

 彼女が少しうつむいているので、ポニーテールがつののように立っている。


「どうした? 俺が授業をサボったことを怒りに来たのか?」


「違うよ。あ、でもサボりはよくないよ。ただ、いまはそれを言いに来たんじゃなくて、その……、私も……連れていってほしいの……」


「なんでだ?」


「それは……」


 理由を聞かれることは予期していたはずだが、シャイルはすぐに答えなかった。喉の奥からひっぱり出して、どうにか口から押し出すようにその言葉を吐き出した。


「私はジーヌ共和国の出身だから、案内人がいたほうがいいでしょう?」


 自分のためでもないことを言うのにあれほど躊躇ちゅうちょがあったとは思えない。

 これは嘘なのだ。

 シャイルは真面目すぎる。嘘を言うことに大変な抵抗を感じるために、ただのいい提案を後ろめたそうな口調で言わなければならないのだ。


「分かった。連れていってやるから本当の理由を言え」


 連れていくという約束を取りつけた以上、もうシャイルは嘘をつく必要はない。

 もっとも、俺が約束を守る男だと信じれば、それは甘いと言わざるを得ないが。


「リオン帝国のときはエスト君が皇帝家を崩壊させたでしょう? ジーヌ共和国は私の出身国だから、何かあった場合にその変化を見届けたいの。いいえ、これも建前かしら。私はエスト君の無茶や横暴を止めたいんだと思う」


 本気なのか?

 止めたところで俺が素直に従うわけがないと分かっているだろうに。


 しかし、たしかに案内役がいるのは助かる。

 それに……。


「いい機会だ。おまえの故郷も見せてもらおうか」


「いいけど、本当に見るだけになると思う」


 意外と素直に受け入れたな、と思ったが、少しモヤッとする言い回しだった。

 見るだけだと念を押して忠告するのではなく、どうせそうなるという言い方だ。

 これは何かある。

 俺はシャイルの病的なまでのお人好しを治すとたびたび宣言していたが、ついにそのときがやってきたようだ。


「出発は明日の朝、日帰りの予定だ。休日だからちょうどいいだろう」


 そして俺はシャイルに待ち合わせの場所と時間を伝えた。

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