第106話 故郷
他国へ入国する際、本来であれば入国審査を受けなければならない。
だが俺はシャイルを抱えて空を飛んでいる。
帝国へ入ったときと同様に、国境の門の遥か上空を通るので止められるわけがないし、見つかりもしない。
俺はシャイルに案内され、ジーヌ共和国の北辺の海岸に着陸した。
空を飛ぶと予想できたはずなのに、なぜスカートをはいてきたのか。シャイルは着陸時に風に押し上げられる青のフレアスカートを慌てて抑えた。
上は白いブラウスで、普段の制服姿とあまり変わり映えはしない。
海岸から海の方を見ると、遠方にポツポツと島が見える。
あれは諸島連合だろう。一つひとつの島が別の国だが、それぞれの国があまりに小さいので、連合として協力し合っているという話だ。
だが、そのわりに島間で頻繁にいさかいが発生しているらしい。
それから内陸の方に目を向けると、こちらがジーヌ共和国である。
俺の最終的な目的は首都に乗り込んで、マジックイーターの頭、すなわちジーヌ共和国の大統領を潰すことだ。
だが、それをやるのは、いまではない。
ここは首都から離れた辺境の地。
ここには小さな村がある。
並ぶ家々は汚れていてボロボロだし、人通りも少ない。実に閑散としている。港も
「ここがおまえの故郷なのか?」
「うん……」
村を眺めるシャイルの目はしっとりと揺れていた。
故郷を見て何を思うのか。その瞳は何かを
しかし先ほどの即答は、これをあらかじめ予期していたことの表れだろう。
「地主様、地主様でねーか!」
家の影から男が姿を現した。
中年くらいだが老人のように腰が曲がっている。麻で編みあげたボロボロの服はどこかの秘境の先住民のようだ。肌の色はシャイルとは似つかない浅黒い黄色。
人種が違う。
呼びかけられたシャイルも顔を強張らせた。
「知り合いか?」
シャイルは首を振って俺の手首を掴み、走り出した。呼びかけてきた男とは反対の方向へ。
「来て!」
「どうした? あいつは何なんだ?」
「いいから来て! すべて話すから」
俺はシャイルを包み、空気の操作で空へと上がった。雲の上まで上昇し、そこに空気の椅子とテーブルを作って座らせた。
シャイルはしきりに下を見て落ち着かない様子だったが、俺が二度ほど
「故郷といってもね、もうあそこに私の家はないの」
「親はどこにいる?」
学院の所在地は公地だから、学院生の親はみんな故郷の国にいるはずだ。
子供が心配だからと安全の保証のない公地に住むことはできない。そんなことをすれば、イーターの餌になるか盗賊に身ぐるみを剥がされるか、タチの悪い魔術師に魔術の実験にされるのがオチだ。
魔導学院には寮があるが、そこに住めるのは生徒のみである。
「一から話すよ。長くなるけど、いい?」
「ああ」
俺はシャイルから話を聞いた。シャイルの身に何が起こったのかを。何がいまの彼女を作り上げたのかを。
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