第65話 資金調達②

 ギルドの拠点は教会を連想させる白い建物だった。黒光りする床のタイルにはうっすらと自分の姿が映る。

 討伐証明所と賞金受取所の窓口が交互に三つずつ並んでおり、入り口側に振り返ると、巨大な掲示板に討伐依頼がずらーっと貼り出されている。どれも文字ばかりだが、まれにイーターのイラストが描かれているものもあった。

 俺は片っ端から依頼書をあさった。


「どれもぱっとしないな」


「そりゃそうよ。帝国領内にイーターが出ても帝国軍がすぐに駆逐くちくするもの」


 依頼に出されているものは小型イーターばかりで、まるで害虫駆除センターだ。小型イーターを狩っても賞金は少ない。もっと高額の賞金が出る依頼書を見つけなければ効率が悪すぎる。

 依頼書はひととおり見たが、ほかの者が手に取っていたものなどもあり、すべては網羅もうらできていない。もう一度見直せば高額賞金の依頼が見つかるかもしれないが、だいぶ手間のかかる作業だ。


「旦那、旦那ァ! これなんかどうっすか?」


 魔導学院の制服を着た少年が俺に気安く話しかけてきた。


「おまえ……」


「お久しぶりっす」


 学院には俺とダース以外に男子生徒はいない。ありえない存在がここにいる。

 そして俺を旦那と呼ぶ奴に心当たりがある。こいつはメターモだ。メターモが変身しているのだ。


「帰ってこいと言っていたはずだが、おまえ、逃げたな? 逃げたらどうなるか、おまえに言ったよな?」


「ちょちょちょい! 待ってくだせぇ! 逃げたわけじゃないんすよ。距離が離れすぎて帰れなかったんすよぉ。オレっちは臭いで辿たどれねえと目的の場所には行けねーんすよぉ。逃げてない証拠に、オレっちから旦那に話しかけたじゃねえっすかぁ!」


 メターモの言い分にも一理ある。

 それにメターモは役に立つ。糾弾きゅうだんするよりも、再び手駒に加えて利用したほうが得というものだ。

 メターモは変幻自在の液状型イーター。並の魔導師では手も足も出ない強イーターだ。


「で、これっていうのは何だ?」


「これっす、これっすよぉ」


 メターモが差し出してきたのは一枚の依頼書だった。



 場所、学研区域・イーター研究所。

 依頼者、ドクター・シータ。

 依頼内容、サンプルイーターとの試験戦闘。

 報酬、800,000モネイ。

 注意事項、命の保証はいたしかねます。



「ほう、八十万か。ほかの依頼に比べたら破格だな。だが怪しい。イーターと戦うだけで八十万という高額の報酬を出すなんて、裏があるに違いない」


「なに言ってんのよ、エスト。命の保証をしないから高額なんでしょ。イーターについての詳細が書いてないけれど、かなり凶暴なイーターに違いないわ」


「そうか。狩りをたのしんで賞金までもらえるなんて、至れり尽くせりじゃないか」


 キーラがやれやれと言わんばかりに肩をすくめてみせた。


 メターモは人の姿にふんしていることを忘れているのか、口からよだれを垂らしている。

 こいつはおこぼれにあずかるつもりのようだ。強いイーターほど美味なのだろう。

 最初からそれが狙いで俺にこの依頼を持ってきたのかもしれない。


 俺たちはタクシー馬車に乗って学研区域へと向かった。

 依頼者のドクター・シータという奴が五護臣である可能性を考慮し、メターモにフード付きロングコートに変身させてそれをまとった。

 タクシー馬車の揺れが止まり、御者から到着の知らせと支払いの催促が飛んでくる。俺は無一文なわけで、代金はキーラ持ちとなった。


「もちろん、報酬はあたしの分け前もあるわよね?」


「ああ。ただし、取り分はおまえの協力に応じて俺が決める。文句は言わせないぞ」


 俺たちの前には、白い壁の立方体状の建物があった。窓がなく、頑丈そうな鉄の扉がポツンと付いているだけだ。

 高さから見積もって、おそらく三階建てだろう。


 敷地には正方形の石が緻密ちみつに敷き詰められていて、歩くとコツコツといい音が響く。俺たちはそれを聞きながら扉の前までやってきた。

 扉の横にあるボタンを押すと、ブザーが鳴って女性の声が応対した。


「こちらはイーター研究所です。ご用件をうかがいます」


「イーターとの試験戦闘の依頼を受けにきた」


「どうぞ、お入りください」


 再びブザーが鳴り、扉が自動で開いた。

 受付から案内係の女性が出てきて会釈した。見た感じでは二十歳くらいだろう。シミもシワもない白衣を着て、長い黒髪を肩まで垂らしている。

 顔には特徴がない。釣り目でも垂れ目でもない目、高くも低くもない鼻、大きくも小さくもない口。そして無表情。


 女性はじっと俺を見つめた。

 俺がゲス・エストだと気づいたのか、コートに扮したメターモに気づいたのか。女性の視線には俺の不安をかき立てるものがあった。

 俺はフードを目深に被って会釈を返した。


「こちらです」


 何らかの追及を受けることもなく、俺たちは必要最小限の言葉を発する女性に案内された。

 通されたのは応接室らしき小さな部屋だった。

 壁は建物の外装を連想させる純白で、つやが出るほど磨かれた石でできている。

 部屋の中央に同じく艶出しされた石の長方形テーブルがあるが、こちらは漆黒色をしていた。

 テーブルを挟む形で、一対の黒革のソファーがある。ソファーは二人がけで、上座の方の真ん中に白衣白髪の男が腰をうずめていた。


「おや、この私の依頼を受けるとは物好きがいたものだと思っていたら、あなた、ゲス・エスト氏では?」


 あまりにもいきなりだった。なぜ俺の正体がバレている?

 いや、初対面の人間すべてにそうたずねているのかもしれない。

 俺は冷静に、慎重に、動揺を見せないように答えた。


「人違いだ」


 俺の対応はキーラのリアクションで無駄になるかと思ったが、意外とキーラも冷静さを保っている。


 案内係の女性に促され、白衣の男の対面のソファーに腰を下ろした。

 後から入ってきた白衣の女性が、コーヒーらしき黒い液体の飲料物を三人分置いていった。


「ウィッヒヒヒ! ご安心ください。私はマジックイーターではありませし、むしろ彼らを毛嫌いしている部類でしてね」


 変な笑い方をする男だ。笑うとき、片目が潰れてもう片方の目が飛び出さんばかりに見開かれる。不気味だ。

 ボサボサの白髪が相まって、実験に失敗して爆発に巻き込まれた姿かと思える。


「帝国ではマジックイーターという言葉が通常の会話に出てくるほど、マジックイーターが浸透しているようだな」


「ウィッ、ウィッヒヒ! そんなことはありませんよ。マジックイーターの存在自体、知る者は少ない。リオン城内の一部の者と、城外では五護臣くらいのものです」


 ということは、こいつが五護臣か。

 いまのところ、魔導師か魔術師かの判別はつかない。


「そんな機密情報を誰とも知れない俺に漏らしていいのか?」


「誰とも知らないなんてことはないでしょう。だって、あなた、ゲス・エスト氏でしょう?」


 俺はとっさに飛び退いて身構える、なんて愚かな真似はしない。俺は冷静沈着な男。俺の「人違いだ」という言葉を信用していないことに腹を立てた様子を出し、少しだけ語気を荒げて言い返す。


「違うと言っている。人違いだ」


「ウィッヒヒヒ! そりゃあ信じてはもらえないでしょうねぇ。しかし本当に私はマジックイーターには従いたくない部類なのですよ。その証拠に彼らの極秘指令をこっそり漏らしちゃいますよ。実はね、五護臣には大臣から極秘指令が出ていましてね。ゲス・エストおよび魔導学院生が皇帝家の人間をさらいにくるという密告があったから、それと思しき人物を見つけしだい抹殺せよ、とね。ゲス・エストはもちろん、同行する学院生メンバーの外見的特徴まで知らせが来ているのですよ。ウィッヒヒヒ! 奴らどんな魔術を使ったのか、全部お見通しのようですよ。ですから、あなたのほうもきちんと身を隠したほうがいいですよ、キーラ・ヌアさん」


 さすがにキーラの名前まで言い当てられたら、こいつの言うことは真実と認めざるを得ない。

 さらったマーリンを使ったか? いや、マーリンは質問に対してイエス・ノーでしか答えられない。ほかに真実を探れる魔術師がいると考えるのが妥当だ。


 俺は目深まぶかに被ったフードを取り払った。


「なるほど。認めよう。俺がゲス・エストだ。だが、その俺にそんな情報を暴露してしまっていいのか? 全部お見通しなら、あんたのいまの発言だって知られるかもしれないだろ?」


「問題ありませんとも。私は彼らには協力しないが、必要以上に敵対もしない。彼らも私のことを不気味がっていましてねぇ。ウィッヒ、ウィッヒヒヒヒ! 事実、私を力ずくで従わせようとしたマジックイーターをサンプルイーターのえさにしてやりましたわ。ウィーッヒヒヒ!」


「なるほど。あんたの場合は無理に従わせずに放置しておけば、そのほうが俺たちを殺す可能性が高まるというわけか」


「そーんなこと、考えているんでしょうねぇ。で、も。あなたは強いって聞いていますからねぇ。あなたを殺すためには全サンプルイーターを投入する必要があるでしょうけれど、私の研究がパァになるリスクを負うわけにはいかないのでねぇ。大事なサンプルの使用は差しひかえさせていただきますよ。ウィッヒヒヒ。あなたには研究のかてになってもらって、報酬を持ち帰っていただきますよ」


「そうさせてもらおう」


 学研区域の五護臣。名はシータ・イユンという。

 通称、ドクター・シータ。

 これは後から知ったことだが、イーター学界では知らぬ者はいない有名人らしい。狂気のマッドサイエンティストとして。

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