第64話 資金調達①
三人に特訓をつけた翌日。
俺はキーラとともにリオン帝国へと潜入していた。関所番が気づかないような高度を飛行して国境の壁を越えた。
商業区。裏路地を出ると、そこは買い物客でごった返していた。
「はぁ……」
キーラは立腹していた。
昨日、修練を終えたキーラはシャイルの元へと様子を見にいった。俺と言い争いをしていた理由を訊いても答えず、なんともないの一点張りだったそうだ。
「おまえ、
「それはこっちの
俺は宝石店を探した。
キーラに
「誰に贈るの? ねえ、誰? マーリンちゃんだとしても、ロリコンをこじらせすぎで容認できないわよ。さあ、答えなさい。誰なの?」
「バーカ。誰にもやらねーよ」
「自分用? どういう趣味してんのよ」
「趣味じゃねーよ。俺が宝石を求める理由はいずれ分かる」
キーラに案内させて
その宝石店にちょうど親子が入るところだった。
若い母親、幼い少女。ハンドバッグは上質そうだが、衣服ともども派手さはない。
「ママ、何を買うの?」
「友達が結婚するから、そのお祝いよ」
母親が宝石店の扉に手をかけた瞬間、建物の陰に
そのまま逃走するにつけ、近くにいた少女に膝が当たり、少女も突き飛ばされて石畳の上を転がった。
「邪魔だ!」
大男がこちらに走ってくる。全速力で走ってくる。キーラが俺の服の
「騒ぎを起こしたら駄目だからね。でも、足をひっかけてバッグを取り返すくらいはしてやってもいいかも」
俺を見上げるキーラはニッと笑ってみせた。
大男が
「おら、どけ邪魔だっ!」
キーラは俺から離れた。キーラの細足では大男の足に触れたら怪我は
で、俺がキーラの言葉に従うはずがない。
「誰に向かってどけって言ってんだオラァアアアッ!」
右手の拳に固めた空気のグローブを、全速力で走ってくる大男の顔面にぶちこんだ。もちろん、空気によるアシスト付きで、俺の拳はもはや
拳は深く
「あがぁっ!」
大男は吹き飛んだ。背中で地を滑って宝石店の石段に頭をぶつけた。
「ちょっ、やりすぎ!」
「あ? 足りねえよ」
俺は空気のアシストで加速し、いっきに大男との距離を詰めた。
「あ、ああう、ああ……」
俺は大男からハンドバッグをぶんどり、持ち主の婦人に投げてよこした。
婦人は両手で抱きとめるようにキャッチし、
「あの、ありがとうございます」
「まだ終わってねえ。いまからこいつを極刑に処す。子供に見せたくなかったら早々に立ち去れ。買い物には出直しな」
婦人は俺にも多少の恐れを抱いた様子で、頭を下げて少女の手を引き、足早に去っていった。
「なんなんだ、ちきしょう……」
大男は自分の顔にそっと手を触れるが、痛かったのかすぐに離した。
「おい、おまえ。いまのは俺にどけって言った分だ。で、これが御婦人を突き飛ばした分」
「ぐぁああああっ!」
大男の左腕が
右手で左腕を押さえようとするが、ねじっているのは腕にまとわりついた硬質な空気なので、抑えることはできても太すぎて掴むことができない。
「次は少女の分」
「ああああああっ!」
大男の膝を空気の板で上下から挟む。メキメキと膝が潰されていく。
そのとき、俺の頭に軽い衝撃が加えられた。
振り向くと、怒ったキーラの顔があった。俺の頭を平手で叩いたところだった。
「おまえも恐れ知らずだな」
「あんたもね! 目立つなって言ってんでしょ! それにいくらなんでもやりすぎよ!」
「
そのとき、
二人組みの制服姿の男が、親子が去っていった方角から走ってきた。
「強盗の身柄を確保します。ご協力……」
どうやらこの二人は婦人の通報により駆けつけたらしいが、工場の重機械に巻き込まれたかのような重傷の大男を見て、俺を見る目が不信になった。
「ああ、この人、ものすごく暴れるもんだから、魔法で押さえつけたらこうなったんですよ」
嘘は言っていない。
もっとも、嘘をはばかるつもりもないが。
「ご協力、感謝します……」
警官二人は大男を左右から肩に抱えて去っていた。
そのときの二人の顔は、感謝というよりは指名手配犯に逃げおおせられたような
「はあ……。ヒヤヒヤしたわよ……」
キーラが俺の背中を平手で打った。いくら俺を攻撃した奴でも、加減をわきまえて悪意がなければ仕返しはしない。舌打ちだけで済ましてやった。
通行人たちは俺の所業にどん引きして、通りはあっという間に
「時間を無駄にした。入るぞ」
俺は宝石店の古木の戸を開いた。戸のギギギという大きな
中は明るくはないが、外観を見てイメージしたよりは明るい。天井、壁、床に備えつけられた橙色の照明が、店内を隙間なく照らしている。
「あったよ。こういうのでいいの?」
「ああ」
宝石の種類はそれなりにあった。
ダイヤモンド、ルビー、エメラルド、サファイア、アメジスト。それらが入った箱がショーケースの中に並んでおり、箱のネームプレートには、現実世界と同じ名称が
宝石の形はさまざまで、立方体から十二面体、左右非対称の板状、星型、棒状のものまである。
金額は宝石の種類によらず一律で、一つにつき三千モネイだった。いや、よく見るとダイヤモンドだけ少し高くて五千モネイだ。
「安いな」
「そりゃそうよ。鑑賞品で実用性が低いんだもの」
幸いなことに、この世界では実用性の低い物は安価であり、宝石は安く手に入るのだ。
それでもダイヤモンドは最硬度の石としての利用価値があるため、他より高くなっている。
「ま、安くても俺は無一文だからな。金を稼がねーと……」
「あたしが立て替えてあげるわよ。どれが欲しいの?」
「ダイヤモンドだ」
「ダイヤモンドのどれ?」
「全部だ」
「……はぁ!?」
全部買うとなると、それなりの金額になる。数はおそらく二百くらいあるだろう。ということは、百万モネイほど必要になる。
「お、こっちにあるのは砂鉄か?」
端の方に黒い粉末の入った箱があった。プレートには磁石粉と書いてある。
こちらは体積で金額を計算するらしく、全量買うと五十万モネイになる。全量で計算するとダイヤモンドのほうが高価だが、常識的な量を購入する場合、砂鉄のほうがはるかに高価である。
「五千以上は貸さないわよ」
俺はキーラのジトーッとした視線を跳ね飛ばし、店を出た。
最初からキーラに金を借りるつもりはない。
「資金はこれから調達する。イーターを討伐して賞金を出してくれるところとか、どこかにあるんじゃないか?」
「まあ、イーター討伐ギルドがあるけれど……」
「ギルドか。入会手続きとか必要なのか?」
「いいえ、討伐依頼の受注に手続きはないから、掲示板から好きな依頼を見つけて勝手に討伐に行けばいいわ。だけど、賞金をもらうには申請書を書かなければならないの。名前はもちろん、年齢や住所、その他、身分証明になる情報をいろいろと書く必要がある。基本的にイーターの体の一部を討伐証明として差し出さなければならないけれど、実は殺せていなかったなんてことになったら、賞金を返却しなければならないわ。賞金を使い込んで返却できなければ重い罪になるわよ」
再生力の強いイーターがいたら、意図せず重罪人になってしまう事案が発生しそうだ。
「体の一部を持ち帰れない場合もあるだろう。そういうときはどうするんだ?」
「そうなりそうなイーターの依頼はみんな敬遠するけれど、もしそうなったら、ギルドが綿密に調査をするわ」
「そうか」
あまり空を飛ぶと目立つので、馬車でギルドのある商業区東端へと移動した。
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