第63話 世界詮索
陽が落ちてからのこと。
俺は半壊した
「おい、ここは俺の部屋の下じゃねーか。何を
「ひどいなぁ、エスト。何も企んでいないよ。僕はもう素性を明かしたんだから、そんなに警戒しなくてもいいじゃないか」
「俺は誰だろうが人を信用しない。特に素性を隠していたおまえが簡単に他人の信頼を得られると思うな」
それにダースが俺と戦って以降、隠れて修行し始めたことを俺は知っている。
影からしか闇を発生させられないダースが、一見影も何もない空間に闇を発生させる練習をしているのだ。おそらく空気中に
内容が何であれ、俺に対して秘密を作る行為は俺を
ダースはボサボサ頭をかいて髪をさらに乱し、はははと笑った。
「君が駄目と言うなら部屋は移すよ。それで、君は僕に何か用があって来たんじゃないのかい?」
そのとおり。ダースは俺の知る限りでは唯一、同郷の人間なのだ。確かめておくべきことが山ほどある。
俺はダースにあとで部屋を移るよう念押しし、ダースの案内に従い部屋の奥へと進んだ。簡素な卓と敷物があり、その上に
「おまえ、この世界に来てどれくらいだ?」
「忘れちゃったよ。この世界は元の世界ほどはっきりとした
「ここはどういう世界なんだ? 俺は小説の中の世界ではないかと考えているが」
「それは違うと思うけど、君はなぜそう思うんだい?」
「この世界ではライトノベルの展開に似たことがよく起こるからだ。特定の作品と似ているわけではなく、よくある一般的なラノベの傾向と似ているってだけだから、明確にどの作品の世界と同じだとかは言えないんだけどな。で、おまえの見解は?」
「僕は学校で数学の授業を受けていて、
ダースは両手を肩まで上げて首を振った。
その手を叩き落したくなるが、情報を聞き出す身だから我慢した。
俺は質問を続ける。
「元の世界に帰る方法はあるのか?」
「ない」
「そこは断言できるのかよ。おまえ、ちゃんと帰る方法を探したのか?」
「そりゃあ探したよ。でも意外だな。エスト、元の世界に帰りたいの?」
「いや、べつに」
帰りたいわけがない。この世界のほうが自由が利いていいに決まっている。空気を操るという強力な魔法を持っているのだ。
もし元の世界に帰ったとしたら、きっと魔法は失われてしまうだろう。
「なんだ、じゃあいいじゃないか」
「まあ、あれだ。俺はやりたい放題やりすぎているからな。
ダースがふふっと笑った。黒縁の奥のタレ目がいっそう垂れている。
「やっぱ君らしいや。でも帰れないよ。帰る方法を探していれば、君もその結論に
「いや、知っているなら教えろよ」
「僕が言うことだもの。信じないよ、君は」
それは一理ある。こいつの証言を裏取りせずに信じるわけにはいかない。
だが可能性として情報は得ておきたい。ただ、ダースが
俺は帰る方法を後回しにして、ほかの気になっていたことを
「ダース、神って何だ? この世界には神様って奴がいるのか? みんな神に対して尋常ならざる畏怖を抱いているように見えるんだが」
「いるよ」
断言しやがった。
しかし、
ダースみたいな奴は自分の力が及ばず助けられなかった人が死んだときに、自分が殺したんだ、などと
「いちおう確認するが、偶像や概念として、ではないのか?」
「実在するよ。実際に神様に会ったと言われる人物が世界に数人だけいる。彼らに共通して言えることは、神様と会った後には神様への多大な畏怖を持ち帰ったということだ。その数人のうちの一人に帝国の皇帝も含まれている。それまで帝国は圧倒的な軍事力で領土を広げていたが、神様との
「なんだと!?」
いや、待て。鵜呑みにはするな。無条件で信用はせず、可能性として情報を仕入れるのだ。
「これ以上は聞かないほうがいいよ。君自身のために」
「いいや、聞かせろ。情報を得て後悔するなんてことが俺にあるわけがない。情報の取捨選択には人一倍慎重なんだからな、俺は」
俺が
思ったほどの抵抗はなかった。忠告したという既成事実がほしかっただけなのかもしれない。
「僕は元の世界に帰る方法を探して旅をしていたが、その終着点が神様との
それはかつてない衝撃を俺に与えた。
もしそれが事実だとしたら、俺も神に創られた存在で、元の世界なんていうのも記憶だけで実在しないということになる。
俺が、異世界設定を組まれた一キャラクターにすぎない、だと?
いや、待て。ダースの作り話という可能性だってある。
こいつは元々俺を
マーリンを助け出したあかつきには、こいつの証言の真偽を確かめてやる。
だが、落ち着かない。まるで数日の余命を宣告されたかのように、俺の心拍が騒ぎ立てている。まさか俺がこれほどまでに動揺する日がくるとは……。
「これ以上は君自身が神様に会ってみることだね。僕は元の世界に帰る方法を探していて、ようやく神様との謁見まで辿り着いた。正直、君が僕と同じなのか違うのかは分からない。だから、君自身が神様に直接会って訊いてみるしかないよ」
「ああ、分かったよ。そうしてやる。ただし、もしいまの話が嘘だったなら、おまえを極刑に処すからな」
ダースの軽い苦笑から察するに、嘘を言っているふうではなかった。
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