第59話 修練③
シャイルには俺から教えられることはすべて教えた。
いまの彼女の精神状態では修練を続行できないと判断し、寮へ帰らせて休ませることにした。
俺とシャイルのただならぬ様子に、キーラもリーズもそれぞれ動きを止めていた。
エアだけはいまだに電池に向かって話しかけている。
「おい、おまえらはちゃんと精霊を呼び出せたのか?」
呼び出せていないことは一目瞭然だった。俺は自分の気持ちを切り替えるためにそんな無駄なことを
あの程度のことで感傷に浸るとは、俺としたことがゲスにあるまじき失態だ。
「ちょっと、そんなことよりシャイルを泣かせたでしょ? なんなの、アレ!」
キーラがドシドシと強い足踏みで俺に近づいていくる。恐れを知らない女だ。
「戦地に
「シャイル、泣いていたじゃない!」
俺は舌打ちしてキーラを上から
「知りたければ本人に訊け」
「じゃあ訊いてくる!」
一瞬の
キーラが顔を歪めて睨み返してくる。
「痛い!」
「馬鹿かおまえ! 後にしろよ。おまえはここに修行に来たんだろうが」
「泣いている親友を放っておけるわけないじゃない!」
思わずキーラの腕を握りつぶしそうになるが、幸いにも俺は自分に対しても
一度深呼吸をして、声の調子を整えてから講釈を垂れる。
「キーラ、シャイルのことは、いまはそっとしておいてやれ! シャイルはいま成長しようとしているんだ。じっくり一人で自分を見つめなおす時間が必要なんだ。それを邪魔するな。それに、おまえが強くならなきゃシャイルが危機に
「そっ。ならいいわ。修行を始めましょう」
切り替え早っ! しかも素直すぎるだろ。
俺みたいなゲスの言葉ですらすんなり信じてしまう。危うい。実に危うい。
俺はべつに嘘を言ってはいないが、俺の言葉を
もっと人を疑えと言いたいところだが、いまはこのほうが都合がいいのでやめておこう。
「意気込みは認めよう。だがな、キーラ。始めましょう、じゃねーんだよ。おまえ、まだ精霊を召喚できてねーじゃねえか」
「だってぇ~」
駄々っ子みたいに
エアは地面に置かれた乾電池とお話をしていた。
「エア、ずいぶん説得に時間がかかっているようだが」
「精霊は基本的に契約者の召喚にしか呼応しない。契約者でない者が
「ああ、そうかい……」
石の上で三年待って、そこからさらに二年の延長を宣告された気分だ。
「俺が直接話せないか?」
「それは無理。スターレは猫型の精霊だから」
猫型の精霊だから? それはつまり、俺が猫の言葉を話せたら、キーラの精霊スターレとも話せるってことか?
「じゃあ人型のおまえがなんで話せるんだ?」
「精霊同士の会話は言葉を必要としない」
言葉を使わないということはイメージや理解を直接送受信するということか?
こればっかりは当人になってみなければ分からない。これ以上掘り下げて訊いていては時間ばかりがかかってしまう。
いまはとにかくキーラとリーズの精霊を呼び出さなければならないのだ。
「じゃあおまえが通訳でいいな? まずはキーラのどこが嫌いか訊いてくれ」
「ちょっと! なんであたしが嫌われている前提なのよ!」
キーラが
「嫌われているから召喚に応じないんだろ。スターレに出てきてもらうためにはそれを直すしかない。で、エア?」
「それはもう訊いた」
「ちょ、なんで訊いてんのよ」
今度はエアに詰め寄るキーラだったが、エアは微動だにしなかった。
「キーラのことは嫌いじゃないって」
一瞬固まったが、キーラはニンマリと顔の筋肉を緩めた。
「ほらみなさい。あたしがスターレのこと大好きなんだから、スターレもあたしのこと大好きに決まっているじゃない!」
さっきの一瞬の硬直が、エアの言葉が意外だったことを
「好きではないとも言っている」
「なっ!」
上げて落とされたキーラは、目をビー玉のように丸くして今度こそ固まった。
「で、スターレはなんで出てこないんだ?」
エアが電池に向かって話しかける。
エアはスターレへの問いかけを言葉にして発声しているが、その言葉はスターレではなく俺たちに聞かせるためのものだろう。
「……実演してくれるって」
「え?」
エアの
地上と言ったが、少し浮いている。スターレは青白い光を放ち、黄色い閃光が体中を巡るように迸っている。
「スターレぇ! いつ見てもかわいいわ! あたしのスターレぇ!」
キーラがスターレに飛びついた。
「ギャアアアア!」
瞬間、キーラがバチバチと
「ギィイイィイイイイッ!」
悲鳴はキーラだけではない。スターレが
挙句、スターレは消滅してしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ。ああ、
俺はキーラの頭を平手でパァアンと叩いた。
「ったぁ! なにすんの!」
「馬鹿かオメェ! おまえが飛びつくから、おまえを通してスターレの電気が地面に流れ出てんだよ。スターレは自分の電気を失ってスタミナ切れしてんだよ」
「えぇーっ? そんな馬鹿なぁ」
キーラの半笑い。完全に信用していない顔だ。
愚直に人の言葉を信じるくせに、なんでここでは半信半疑なんだ……。
「そんな馬鹿な、じゃない! 馬鹿はおまえだ。おまえが馬鹿だ。すべての馬鹿はおまえだ!」
「え、そんなに馬鹿って言わなくてもいいじゃない。……すべての馬鹿があたしってどういう意味?」
「いいんだよ、んなことは! チッ、おまえのせいで今日はもうスターレを呼び出せねーじゃねえか」
そう言い終えて、俺は改めて舌打ちを入れた。
そんな俺の顔覗き込み、エアがうっすら笑った。
「大丈夫。スタミナは半分電池に残しているらしいから」
「はぁ。精霊のほうは主人と違って賢いな」
キーラは首を
あれは馬鹿の最上級の言葉が見つからなかったからテキトーにこしらえた言葉だ。
「よし、エア。俺がキーラの飛びつきを防ぐから、もう一度顕現するように頼んでくれ」
「それは無理。さっきのは私の頼みを聞いて顕現してくれたわけではなく、顕現しない理由を実演してくれただけ。私が顕現を頼むにはもう少し親密度を上げる必要がある」
ああ、ややこしい。
結局はキーラが召喚するしかないというわけだ。
「キーラ、スターレに謝罪しろ。そしてもう飛びつかないことを約束しろ。それからもう一度顕現してくれるように
「えっ、えっ、謝罪と約束と、もう一個は何だっけ? 一度に言われても分かんない!」
「馬鹿が」
「ぷぷっ。馬鹿ですわ」
いつの間にかまた離れてティーカップに口をつけていたリーズが
駄目だ、こいつら使えねぇ。
「エア、今度はリーズの精霊と話してくれ」
「何を話す?」
「とりあえず、リーズの召喚に応じない理由を聞いてくれ」
「立ち入った話をするには、また親密度を上げる必要がある」
「あー、はいはい。すみませんね。根気よくやってください」
エアは白のワンピースをはためかせてリーズの方へと歩いていった。
「はぁ。キーラ、順番に言うぞ。まずは謝れ」
「え、ごめん。で、あたしはなんで謝ったの?」
「俺にじゃない! スターレに飛びついてごめんなさいって謝れっつってんの!」
ああ、馬鹿すぎて疲れる。
こいつ、脳みそショートしてんじゃねーの?
あっ……。
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