第60話 修練④

 どうにかスターレの顕現けんげんまでこぎつけた。

 スターレが顕現した瞬間、キーラが条件反射で飛びついたところを俺が空気の壁で妨害した。


「ごめんって。次からは気をつけるから、ほんと」


 舌を出して指先で後頭部をかいているところを見るに、まったく反省していない。


「本当だな?」


「本当よ」


「キーラ。俺に嘘を吐いたら極刑だからな」


「えーっ、極刑って何なの? どうなるっていうの?」


「俺とおまえが初めて出会ったときの巨大イーターみたいになる」


 あのとき、俺はムカデ型の巨大イーターに空気を詰め込んで内側から破裂させた。そのときに広範囲に体液が飛散する光景は、いま思い出しても気持ちが悪い。


「本気?」


「試してみるか?」


 俺がキーラに詰め寄り、薄ら笑いを浮かべながら彼女の瞳を覗き込む。殺意の視線を注ぎ込むと、キーラの瞳が揺れた。


「分かったから。絶対にしないから……」


「ならいい」


 俺が離れると、キーラは胸に手を当て安堵あんどの息を吐き出した。


「じゃあ修行を始めるぞ。まずは電気の性質について……」


「ねえ、ちょっと。あたしのときは試しに攻撃してみろって言わないの?」


「あ?」


 何を言いだすんだ、こいつは。俺を攻撃したいのか? さっきのいまで、俺が怖くないのか?


「だって、シャイルのときはやってたじゃん。もしかして、あたしの攻撃は防げない? エストの魔法ってば空気だもんね。エストの空気じゃあたしの電気は防げないよねぇ」


 手を口に当ててククッと笑っている。完全に人を馬鹿にして舐め腐っている態度だ。


「俺がそんな安い挑発に乗るか」


「えぇーっ、挑発が安かったら乗れないんだぁ。挑発が安いだの何だのと言って精神的なプライドのせいにすることで、実力のほうのプライドを守るんだねぇ」


 ああ、いま歯軋はぎしりしたら歯がすべて弾け飛びそうだ。こいつ、馬鹿のくせに変なところで頭が回る。どうなっているんだ、こいつの脳みそは。


「分かった。いいだろう。ただし、おまえは俺を侮辱した罪で仕置きされることを覚悟しろよ」


「スターレ!」


「こいつ!」


 いちおう許可が下りたと見るや、即座にスターレの体から電気をひっぱりだして俺へと飛ばした。

 俺はとっさに空気で地面に衝撃を与えた。迫り来る青白い閃光は、舞い上がった土へと吸い寄せられ、立体的なあみだくじみたいに土塊から土塊へと瞬く間に渡り行く。

 俺は空気をロート状に固め、帯電した土を一点へと集める。土がしだいにロートの形を浮き彫りにしていき、ついにはまとった電気をすべて地面に逃がしてしまった。


「ふぅ……」


「あ、ギリギリだった?」


 キーラがニヤリと憎たらしい笑みで俺の顔を覗き込んでくる。


「こいつ!」


 俺がゲスだということを思い知らせてやる。

 俺は空気でキーラの体を包み込み、そして天高くへと放り投げた。五十メートルは上がっただろう。

 そこから自由落下が始まる。そして、再び空気で包み、急ブレーキをかけて地面スレスレで止める。


「どうだ?」


「こっわ。これすっごい。すっごい怖い!」


 なんか楽しそうだ。ひときわ強い風が駆けぬけ、キーラの髪を持ち上げると、そこにはうっすらと笑みがたたえられていた。

 この方法は駄目だ。変えよう。


 今度はキーラを包み込んだ空気を上半身と下半身で逆向きにひねる。キーラの上半身が右向きに、下半身が左向きにじれていく。


「あいたたたたたた! ごめん、ごめんって! ごめんってば! 痛い痛い痛い痛い! ほんと、ああっ、ごめんなさいっ!!」


「シャーッ!」


 意外にもスターレが威嚇いかくしてきた。

 いや、よくよく考えると意外でもない。契約者が死ねば契約精霊も困る。主人のピンチに攻撃者を威嚇するのは当然だ。

 しかし精霊は魔導師の補助はできても自発的な攻撃はしない。


「安心しろ。殺しはしない。お仕置きをしただけだ」


 スターレはキーラの元へと駆け寄った。

 キーラは四つん這いになって腰をさすっている。風が強く、ゴムで留めた髪がパタパタと煽られている。


「いったたたた……。普通、あそこまでする?」


「言っておくが、もしも俺が五護臣だったら、おまえはあのまま捻じ切られていたぞ。時間を無駄にした。さっさと修行を開始するぞ」


「う、うん……。そだね……」


 ようやくキーラがやる気になってくれたところで、俺はリーズの方を確認した。

 どうせまた紅茶でも飲んでいるのだろうと思っていたが、そんなことはなかった。それどころか、なんとリーズの精霊らしきものが顕現しているではないか。

 風が渦巻いて形作っているのは、小型の馬、ポニーだった。

 たしか名前は、ウィンド、とリーズが呼んでいたはずだ。


「おい、リーズ、召喚できたのか?」


 エアが親密度を高めるにはもっと時間がかかるはずだから、精霊が顕現しているということは、リーズが自力で召喚したはずなのだ。

 そう思っていたが、実際には違った。


「いえ、それが……」


 困惑するリーズの顔から精霊の顕現が彼女の自力によらないことはすぐに分かった。

 彼女の視線の先には、俺をも困惑させる光景があった。透けた体を持つポニーの背後で砂塵が舞い、巨大な虎を造形している。その頭は二階建ての建物ほどの高さにあった。

 その虎が挙げた爪を振り下ろす。三つの巨大な風の刃がエアめがけて飛んだ。


「おい!」


「大丈夫」


 エアが手を前に掲げ、俺がいつもやるみたいに空気の壁を作り出した。風の刃は弾かれてあっけなく消失した。


 砂塵の虎が後ろ足で立ち上がり、右手を振り下ろさんと構えた。


「おい!」


 俺は砂塵の虎に向かって手を掲げた。虎を包み込むように気圧を下げると、砂塵が霧散して虎は消え去った。


「すごい。いまのはエストさんがやりましたの?」


「ああ。あの虎はおまえが?」


「い、いえ。わたくしにはあんなことは……」


「ま、そうだろうな」


 リーズにいぶかしみを込めた視線を送っていると、エアがヒタヒタと近寄ってきてそでを引いた。

 どうやらエアが説明してくれるらしい。


「親密度を高めるために会話をしていた。その過程で風の操作型魔法は空気の操作型魔法の下位互換だと言ったら、ウィンドがものすごく怒って戦いになった」


「そりゃ怒るだろ。小さくても馬型の精霊だ。プライドは高いだろうよ。だが待てよ。おまえらいま、普通に魔法を使っていたよな? 精霊は契約者のサポートしかできないんじゃないのか?」


「精霊は契約者と志が異なるために自発的に魔法を使わないだけ。精霊の目的は契約者から感情を学び人成することだけ。基本的に精霊が契約者と志を同じくすることはない」


「じゃあ、なにか? 自分のためならいくらでも魔法を使うってことか?」


「そう。でも基本的に精霊が人間を攻撃することはない。精霊同士の喧嘩ならまれにある」


 ウィンドはプライドが傷つけられてエアを攻撃したということになるが、だとしたら、すでに感情の経験量が多いことを意味する。

 なんだか負けた気分になるが、よく考えてみれば、俺が最も精霊との契約期間が短いのだ。エアがいちばん人成とは遠いはずなのだ。ウィンドのプライドを配慮しない発言をしてしまうのも、そのせいだろう。


「まあ、なるべくしてなったって感じだよねぇ。プライドの高いリーズと、ゲスなエストから、それぞれ感情を学習しているんだもの」


 そう言ってキーラはククッと笑った。


「じゃあスターレがキーラに似ていないことを考えると、おまえはぜんぜんスターレに感情を学ばせられていないってことだな」


「えぇーっ、そうくる?」


「そうくる? じゃねーよ。おまえがいちばん感情豊かに見えて、実は内心、何も感じてないんだろ」


「そんなことないよ! 精霊は必ずしも契約者に似るわけじゃないもん。精霊はある程度、モデルとなる動物の性質を持っているものだよ。あたしのは猫だから自由なだけ」


「ふーん、なるほど。つまり、自由だからおまえの影響なんか受けないぞってことか。で、ウィンドはサラブレッド気取りでプライドが高いわけか。リーズの契約遂行が順調だったわけではないってことだな」


 俺とキーラの口論には我関せずの構えで傍観していたリーズが、目をいて食いかかってきた。後頭部のお団子が爆発しそうな勢いだ。


「なんでそうなりますの! ちょっとキーラさん、あなたが保身のためにテキトーなことを言うから、エストさんの矛先がわたくしに向いてしまったではありませんか!」


「そうね。テキトウはテキトウでも、いいかげんのテキトーじゃなくて適切って意味の適当よね。それで矛先があんたに向いたんなら、あんたが悪いんじゃないの?」


 ヘラヘラと笑い、キーラがリーズの鼻頭に指を立てた。

 リーズはすかさずそれを叩き落とす。


「ぐぬぬ、きぃいいいっ! ああいえばこういう、ですわ」


「こういえばそういう、なんだから」


「そういえば腹が減ったな。じゃねーんだよ! いつまで経っても進まねえだろ。口喧嘩は終わりだ。とにかくおまえらの修行を開始する」

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