第50話 ダースの本性①

「エスト、帰ってきてよ」


 それはあまりにも唐突に耳に飛び込んできた。

 俺はいま、地上からは鳥より小さく見えるほどの高度で飛んでいる。空気の防護服に守られ、空気抵抗のない高速飛行をしている。

 そんな俺が話しかけられたのだ。そんな俺に話しかけられる奴はエア以外にいないはずだが、明らかに男の声だった。

 そしてそれは聞き覚えのある声だった。


「おまえ、ダースか?」


「そうだとも。僕はダースさ。エスト、君は帰ってこなければならない。教頭先生を筆頭に、教師陣、生徒会、そして彼らに信頼を置く生徒たち全員が君の帰還を待っている」


「断る」


 俺は巨大な積乱雲に突っ込んだ。

 そのまま飛行を続けようと思ったが、視界が悪いので少し下降して雲の下に出た。

 そして飛行を再開する。


「君は帝国に乗り込むことのリスクを知っているね? リーズから聞いているはずだ。リーズは君を止めようとしたと話しているからね。僕たちはひとまず君を止めようとしているけれど、君の意志そのものを否定するつもりはないんだ。まずは話を聞いてほしいだけなんだ。だから戻ってきてほしい」


「俺は連れ去られたマーリンを一刻も早く助け出さなければならないんだ。戻っている時間などない。帝国と戦争になることを危惧しているなら、俺を退学処分にすればいい。なんなら帝国へ敵意がないことを示すために、俺を指名手配して学院ごと俺の敵になっても構わないぜ。俺にとってはむしろそのほうが好都合だ。全人類と敵対し、すべて捻じ伏せて頂点に立つ。それこそが俺がこの世界でやりたいただ一つのことだ」


 一瞬の沈黙の後、ダースが再び俺の耳に声をねじ込む。

 発生源がいまだに特定できない。


「君のその話を聞いた僕は、正義の味方となって君の邪悪な野望を阻止するのが通例なんだろうけれど、でもねエスト、君の話は実際のところ無謀な夢物語でしかないよ。だから僕は敵として君を止めるんじゃなくて、友人として君を止めるよ」


「おまえがいつ俺の友人になった? おまえが俺のことを友だと思っていても、俺が認めない限りおまえは俺の友人ではない」


「友人かどうかはともかくとして、君はどうしても戻ってくる気はないんだね。どうやら力ずくで止めるしかなさそうだね」


「ほーん。おまえがか?」


 突如、背中に気配を感じた。

 何かがいる。

 俺はそれを振り払わんと回転して仰向けになった。


「やあ。僕の能力を覚えているかい?」


 そこにはダースの姿があった。

 俺と同じ速度で俺の上を飛んでいる。


「ああ、距離と切り取りのハイブリットだったな。その能力で学院からここまでワープしてきた。俺が信じているであろうその嘘を俺の口から語らせたいんだろ? クソッタレが。やっぱりおまえ、素性も能力も隠してやがったな。ずっと怪しいとは思っていた。小物臭がするよう妙にまわりくどい喋り方をしていたことや、小さいイーターに遭遇したあのときに怯えていたのは演技だろ? 俺のつき人になると言ってまで本来の能力を隠していたんだ。本当はおまえの能力は俺に対抗できるほど……いや、その自信があるほどに、汎用性と応用性が高いものだ。距離と切り取りってのは嘘なんだろ? おおよそ、本当の能力は影といったところか?」


 ダースは基本的に表情を変えない。しかし、俺の言葉を聞いたダースの顔に少しばかり驚きの色がうかがえた。


「惜しいよ。実に惜しい。影、か。惜しい。でも違う。たしかに僕の魔法は距離でも切り取りでも、そのハイブリットでもない。でも、僕が君に教えるのはここまでだ。僕は知っているよ。君にとって情報こそが最大の武器だってことをね。そして僕は知っている。君の魔法は空気の操作型だ。そしてさらに知っている。いや、これは憶測だけれどね、君はこの世界には普及していない科学知識を有していて、それを元に自在に空気を操っている。たしかにそれは脅威だろうね」


「たしかに脅威だろうねって、他人事な物言いだな。簡単にそういう発想に辿り着く時点で知っていたことを疑うべきだ。つまり、おまえ、俺と同じなんだろ」


 そう。俺はそのことを確信している。

 これが真実であると奴の言質げんちを取れたなら、聞かねばならないことが山ほどある。奴がなぜ素性を隠していたのかも含めて。


「おや」


「おや、じゃねーよ。最初に会ったときにおまえはボロを出してんだよ。おまえはニュートンという人名を知っていた。でもシャイルは知らなかった。俺の世界では知らない人はいないほどの著名な科学者の名前だ。それを優等生のシャイルが知らないってことは、俺の世界の常識はこの世界には存在しない。そして、おまえがニュートンを知っているってことは、おまえの世界と俺の世界は同じ世界だということだ」


「おっと、先に君を足止めさせてもらうよ。僕の領域がもうすぐ終わってしまうからね」


 突如、俺の前方に黒い幕が発生した。さすがに止まらざるを得ない。


 ダースの言う領域というものが何なのかは容易に察しがついた。上を見ると、空にふてぶてしくたたずんでいる巨大な積乱雲がもうすぐ途切れるのだ。


「おまえの能力、影じゃないとしたら、……闇だろ。バトフェス決勝戦でレイジーの光線防壁として黒い幕を張っていたのも、おまえなんだろ?」


 バトフェスの時期になるとダースをひっぱりだすのは、レイジーの戦闘会場を設営する役割を担うという面もあるに違いない。そうなると、学院の人間の一部はダースの素性を知っていた可能性が高い。

 しかし、今回のバトフェスは特例で四天魔が出場していたが、前回まではそれがなかったらしい。その前回もダースが祭りに顔を見せたということは、会場設営が理由のすべてではないということだ。

 おそらく、強者に関する情報を収集するためにダース自身が能動的に外へ出てくるのだ。


「ご名答。そこまで見破ったのなら、もうこれも教えてあげるよ。闇ってのはね、光の対義語ではあってもね、光とついの現象ではないんだよ。光ってのはね、粒子と波の両方の性質を併せ持つ量子なんだ。つまり、光は火と同じように物理現象であり、立派なエレメントってわけさ。でも闇はどうなんだろうね。闇というのは、暗くなっている所に何かが存在しているわけではない。暗くない所は光を反射していて、暗い所は光が届いていないだけなんだ。つまり、闇は物理現象ではない。何が言いたいか分かるかい? さすがの君でも分からないかな?」


「おまえの闇の魔法が、概念種ってことか?」


「そう! すごいね君は。君にとって敵として現れることを羨望せんぼうしていた概念種の魔法使いなんだよ、僕は。もっとも、僕は君と事を荒立てたくはないんだけれどね。ともあれ、概念種ってことは、発生型でも操作型でもなく、想像し得る限り自由自在に解釈を与え、それを実現させられるんだ」


「ほう、それはすごい。だが、おまえは絶対に俺には勝てないぞ」


「へえ、すごい自信。でも、そんなのやってみなくちゃ分からないよ」


 ああ、これも漫画の主人公がよく吐く台詞せりふだ。

 ダースから聞くのは二度目か。


「ダース、おまえは俺を敵に回してその台詞を吐く時点で駄目なんだよ。分からないって、それは無策ってことだろ? 俺はおまえとの戦闘を脳内でシミュレーションして、こう来たらこう対処するっていう対策をすでに考えているんだよ。何も考えてなくて気合だけでなんとかしようとするおまえは万に一つも俺には勝てない」


「君が僕の魔法を知るより先に僕は君の魔法を知ったし、僕は君の魔法を何度も見てきた。僕のほうが対策を考えられていると思うなぁ。それに、君は概念種の魔導師と戦ったことがない。経験や情報では圧倒的に僕が勝っているよ」


「試せば分かることだ。俺に喧嘩を売ったからには極刑を覚悟しろよ」


 極刑とは言ったが、もちろん殺しはしない。こいつには訊かねばならないことが山ほどあるのだから。


「極刑は嫌だけど、僕だって引けないよ。背負っているものが大きいからね」


「そうかい。後悔しても遅いぜ。でも後悔しろ!」

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