第51話 ダースの本性②
瞬間、俺は風の刃を十だけ飛ばした。その十のうちの一だけ殺傷能力を高めている。
ダースは回避や防御をしなければ腕の一本は切り飛ばされるだろう。
しかし俺の攻撃を予期してかわすことは難しいはずだ。なぜなら、空気による攻撃が見えるはずないのだから。
「見えているよ」
ダースは自分の前面に黒い幕を発生させた。それはワープゲートだった。俺の空気の刃が黒い領域に飲み込まれる。
俺は直感した。さっき俺を止めるために張った黒い幕もワープゲートだと。そして、俺の空気の刃がそこから俺をめがけて飛んでくるだろうと。
俺は自分を包む空気の膜を厚くし、分子の動きを止めて空気を硬化させた。
案の定、俺の背中でパシパシドヒュッと空気のぶつかる音がした。
「なるほど。黒い
霧は薄く、よく観察しなければその存在には気づかない。
ダースの魔法応用力、それから状況対応力は
どうやら闇を連想させるものなら闇そのものでなくても自在に扱えるらしい。創造も操作も自由自在。
能力だけで言えば、確実に空気よりも強い。
「反則だと思っている? おそらく君はすぐに見抜いただろうね、概念種の特長を。闇という魔法はね、闇にカテゴライズできるものなら何でも自在に操れるんだ。黒い霧を発生させ動かすこと。影から影へ移動すること。そして何より、闇そのものには『謎』という特性が備わっている。つまり、人智を超えた不可思議な現象を自由に引き起こすこともできるんだ」
「反則だとは思ってねーよ。それがおまえの持っているカードだ。俺には空気というカードと知識というカード、そして洞察力というカードがある。おまえの闇に関する生成系の魔法は、影や黒い部分からしかできないんだろ? さっき『領域』とか言って焦って俺を止めたからな。それから、影から延ばせば日の当たる場所にも闇を展開できるんだろ? バトフェス会場は屋外で天気が晴れだったことを思い返せば、その推論に辿り着く」
「ご明察だよ、エスト。君は頭のキレがいい。時間をかけるほど君への勝機が失われていくようだ。だから短期決戦を挑ませてもらう。次はこちらからいくよ!」
さっきからこいつに呼び捨てにされているのが
ダースが両手を目いっぱい広げる。右手の指先から頭をまたいで左の指先まで、その表面から帯状の黒い幕がセロハンテープのように延びて俺に向かってくる。
上空に雲があるので、ダースの体はすべて雲の影に覆われている。だからダースは体中から闇を放出できるのだろう。
だとしたら、なぜ俺の体から直接闇を出さないのか。俺を闇で絡め取るなら、そのほうが早いはず。
実際、ダースがここまで移動してきたときには、俺の背中に落ちた影から出てきたはずだ。
「エスト、闇という概念について考えているね。それが僕の攻略につながるから。でも、その暇は与えないよ」
横幅を一定に保って延びてきていた黒い帯が、一気に幅を増幅しだした。傘を開くように一瞬で面積が膨張する。
試しに空気の弾丸を飛ばしてみるが、黒い幕は揺れることすらなかった。さっきとは違い、俺の背中に飛んでもこない。今度はワープの性質はないようだ。
となると、眼前の闇には実体がないと考えるのが妥当だ。俺の空気の能力ではあの闇を防ぐことはできない。
ならばダース本体を攻撃すべきだ。闇をすり抜けるなら闇越しに本体を攻撃すればいい。
ただし、闇の膜をワープゾーンの境界へと自在に性質変換できるのなら、ダースには俺の攻撃を防ぐスベがあって俺にはないことになる。
俺は自身がまとう空気を操作し、高速で移動して闇の追尾から逃れ続ける。
闇はどんどん面積を増していく。
俺に迫る一方で、俺に近づくことよりも積乱雲の影の領域から俺が出られないよう周囲の空間を覆うことを優先している闇もある。
「なるほどな。おまえの闇は影が生命線というわけだ」
俺はダースと闇から離れるように地上へと降下しながら手元で空気を圧縮した。
本当ならば目標地点に直接圧縮空気を作ったほうがいいのだが、手元のほうがイメージしやすいのだ。この世界の魔法がイメージの産物であるがゆえの性質といえる。
地面が近づいてきた。
地面から飛び出し延びてきた闇をクルッと身を
そして、やはりダース本人から出る闇より膨張の速度が遅い。本人から遠い場所での魔法はイメージ力が落ちるのだ。
俺は折り返し上昇し、ダースへと向かう。
ダースから出る闇が、迎え撃つように俺に向かってくる。
俺は圧縮空気弾を放った。それは高速で飛翔し、ダースへと向かった。
ダースはそれをかわす。しかし想定内。むしろそうしてもらわなければ困る。
空気弾はダースの上空の積乱雲へと突っ込み、そして破裂した。手で横に押しやられたゴミ山のように、雲がのっそりと移動して空洞を作った。ダースに陽が差し、彼を発生源とした闇が消失する。同時に、ダースが落下を始める。
「そういうことか!」
驚くダースの顔に一発入れてやろうと俺は上昇を続けるが、上空からこちらへと切り替えた視線に当惑の色はなかった。
ダースは自分の体の下に二本の腕を抱え、自身の体で腕の上に影を作った。そこから再び闇が生成される。
発生源さえ影を保てば、闇自体は光に晒されても消えない。闇がダースの足場となり、
こうなるとダースは足場すら必要としない。
「おいおい、最初からそれやっていれば無敵だったんじゃねーの?」
「疲れるんだよ。闇を動かすと、動かしていない闇の維持をつい忘れてしまう」
「いいことを聞いた」
ダースは口をつぐんだ。
代わりに俺がかつてのダースのごとく長話を繰り広げてやる。会話によって集中力を削ぐのが目的だ。
「俺はさっき、おまえがなぜ俺の体から直接闇を出さないのかと考えていた。闇で闇の発生源を捕らえることはできない。そうだろう? 闇が概念であるがゆえに、闇を闇で覆ってもそれは闇であり、なんら変化を生まないから。つまり俺を闇の発生源にしたら、俺が闇という性質を持ってしまい、捕らえられなくなる。かなり哲学的で、解釈しだいではどうとでもなりそうだが、利点という意味でも弱点という意味でも、そこが概念種の厄介なところのようだな」
「君はバケモノだな。知性のバケモノだ。それ、本当に君が思考してその結論に至ったのかい? どうも君には加護が付いているんじゃないかと思えるよ。思考すれば必ず真実に辿り着ける
ダースに思考させて魔法への集中力を分散させるのが狙いで話したことだったが、どうやら当たっていたらしい。
その上、新しい概念が登場した。加護。
加護というのがダースの例え話なのか、実在する概念なのか。これも確かめる必要がありそうだ。
ダースを仕留めた後に、覚えていたら確かめるとしよう。
「君が精神攻撃でくるなら、僕も受けて立つよ」
「ほう」
俺はダースと同じ高度まで上昇して静止した。
距離は十分に保っている。
「僕は見ていたよ。帝国第三皇妃、サキーユとのやり取りをね。エスト、君は
「どんな精神攻撃かと思えば単なる悪口か。いや、俺の良心の
「仕方なかったんだよ。僕の正体は絶対にマジックイーターに知られるわけにはいかない。万が一にも知られてしまったら、それこそ殺すしかなくなってしまうんだ。まあ、それでも君の仕打ちよりはよっぽどマシだと思うけれどね」
とんだ肩透かしだ。善人気取りの奴が精神攻撃をしたところで、スライムの足踏み程度の威力しかない。
「はあ……。エスト、君はかわいそうなやつだよ」
まだ続くのか。
「挑発のつもりか? 俺にはその感性がサッパリ分からないね。それ、漫画なんかで主人公が敵に『おまえはかわいそうな奴だ』って言って、敵が
ダースは伏し目になり首を振った。発言が本気に見えるところが余計に腹立つ。
立腹の要因が違っていてもこれはダースの思うつぼなのだろうか。
「僕はね、エスト、君の中の世界が狭すぎてかわいそうだと言っているんだよ。君は自分が誰よりも上だと思い込み、他人を見下しているけれど、君は自分より上の相手に出遭ったことがないだけなんだ。情報を
おまえに心配される筋合いはねーよ、友達を気取るな他人が、と言いたい。でも挑発に乗ったと思われたくないので、冷静な態度を保つ。
「ふーん。じゃあ、もしも俺が実際に世界を征服して頂点に立てば、おまえは滅茶苦茶恥ずかしい奴になるな。他人の可能性をここまでと決めつけて、いろいろと悟った大人を気取るおまえは、ただの勘違い
「君って奴は僕に反論するだけのために、これまた壮大な
「俺が本気じゃないと思っているなら、おまえは絶対に俺に勝てないぞ」
「僕は君より知っているからね。この世界のことを」
なんだ、できるじゃねーか。最後の発言は精神攻撃を意図してはいなかったろうが、少なくともいまの会話で最も俺に響いた言葉だ。
ダースは俺より知識がある。この世界に関しては当然のことなのだが、情報戦での劣勢は俺のプライドを傷つける。
「ダース、そろそろ終わりにしようや。いまの状況ならおまえを振りきって帝国へ飛ぶことは簡単そうだが、俺はおまえを一発ぶん殴ってやりたい。おまえがムカつくっていうより、おまえを敵として認めてやったからだ。今度こそきっちりとおまえが俺より格下だと思い知らせてやる」
「ありがとう。……はあ。相手に
「なに言ってやがる。俺がゲスだと思い知るのはこれからだ」
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