『おーぐ、ほしい』 5


 みさか峠は、標高720メートルあり、分水嶺でもあります。


 『ここまでは、みなさん、よく来る場所ですし、さらにこの先には、有名な峡谷や高いお山がありますが、我々がまいりますのは、それとは違う方向です。』


 彼女が、きらびやかな扇で、顔を隠すようにしながら言いました。


 なにしろ、人力車は、相当なスピードで走っていますから、扇で扇ぐ理由がありませんから、これは、なにかから、顔を隠したのではないか、と、やましんは、勘ぐりました。


 しかし、付近には、自動取り締まり装置のようなものは、見当たらないのです。


 もちろん、最近のことですから、どこに、カメラがあるやら分かりませんが。

 

 でも、やましんは、何かが空に、ちらっ、と、光ったような気はしました。


 『まあ、あなたが、想像なさるように、人間たちの生活は、ほとんどが、誰かに観察されています。まだ、この国では、未完成ですけどね。そのうち、あなたが、どこの横断歩道を今日何歩で歩いたか、なにを食べたか、なにをしゃべったか、も、すべてわかるようになるでしょう。それは、わたくしどもにとっても、非常にやりにくい事なのです。』


 『あの、それって、やはり、隠れ里とかの意味ですか?』


 『そう言ってかまいません。居場所が特定される隠れ里は、テーマパークみたいなもので、もはや、意味がありません。』


 『はああ。なるほど。』


 『あっさり、納得しますね。さすが。』


 『それって、バカにされてます?』


 『とんでもない。人間には、分からない不思議な事があるのは、ある意味必要なのです。隠れ里は、特定の場所にはありませんが、特定される日が来るかもしれない。実際に、あなたも、すべての事象は、科学で解明できると思うでしょう? でも、まぼろしの、おーぐ、は、見つけたい。この人力車自体が、すでに、不条理でしょう。』


 『まあ、そうだけれど。』


 『だから、これは、人生に、たった一回の、出来事なのです。』


 『はああ〰️〰️〰️〰️。』


 人力車は、いつのまにか、道路を離れていました。


 もうそこは、いまだに、ほとんど、人間が入らない場所なのです。



   


 


 

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