第3話 スチュパーリデス・バード
最後に、当園が保護している生き物の中でも、特別希少な個体を紹介しよう。
スチュパーリデス・バードである。
いわゆる、「怪鳥」と呼ばれて久しい生き物だ。
成体の大きさとしても白鳥などと大差ないが、彼らはそう呼ばれ忌み嫌われた。
「怪鳥」などと呼ばれる所以は、その出自と能力によるものであろう。
まず目を引くのが、そのオレンジ色の身体に似つかわしくない、嘴と翼の先端である。
彼らの嘴と翼の先端は、青銅で出来ている。幼体のころは他の鳥類と同様に普通の嘴と翼を持っていたが、成長するにつれて鎧を纏うかのように青銅の外骨格を形成していく。
その青銅部分は一般的な兵士たちの鎧を容易く突き破ってしまうといい、多くの犠牲を生んだとも聞く。
また、スチュパーリデス・バードの糞便は強い毒性を持っており、多くの農村がまき散らされた糞便に悩まされたという。
青銅をまとい、毒の糞を落とし、そして狩猟の神に愛玩された怪鳥――というのが、彼らにまつわる「伝承」である。
だが、それはただの「伝承」である、ということを私達は皆に伝えねばならない。
当園では、スチュパーリデス・バードを十二羽、「保護」している。
この世界の人類が観測する中で、現存の個体は恐らくこの十二羽のみであろう。
何故か。「伝承」が恐怖と憎しみを生んだのだ。確かに彼らは青銅をまとうし、その出自に大いなる神秘が隠されているのも間違いではないのであろう。
だが、人類を害するために生まれた怪鳥であるか、というと、決してそんなことはない。由緒正しい1個の「鳥類」でしかないのだ。それも、とびきり不運の。
当園のスチュパーリデス・バードの糞便に毒はない。保護直後こそ、若干の腐臭漂う糞便であったが、適切な食事を与え始めて以来、そのようなことは起きていない。
何故そのような伝承が生まれたか、当園事務員のHさんの予想に納得がいく。
曰く、元々彼らはある半島の森のみに住む種であるが、人類の進出により森の木々が切られ、森が減った。
それだけならばよいが、ある程度森の中で分布がばらけていた狼とスチュパーリデス・バードが、同じ領域に生息するようになってしまった。
スチュパーリデス・バードはその青銅の骨格が仇を無し、音をごまかすのが下手だ。加えて、長く飛びすぎるとその重さで少し高度を落としてしまう傾向にある。そういった弱みを、狼は見逃さなかった。
狼たちから逃れるように大規模移動するスチュパーリデス・バードたちは、自分の生息地のものとは異なる食事を強制されることとなった。
そして、慢性的に腹を下し続ける彼らの糞便は腐臭を生み、移動する彼らの糞便と農村の田園がかちあってしまった……という予想だ。
さる英雄が試練のために、青銅の鳴子を鳴らし、驚いて飛び立ったスチュパーリデス・バードを毒矢で悉く撃ち落としたという。ならばこそと、多くの農民たちが青銅の銅鑼を鳴らして森を闊歩し、狩人に彼らを撃ち落とさせた。
古い伝承をもとに、長い歴史の中で彼らを追いやる図式が完成してしまったのだ。
スチュパーリデス・バードは長い年月狩られ続けたためか、人に強く怯える。展示としても、彼らの側からこちらが視認できないよう認識疎外の魔力防護を内側にかけている状態だ。
飼育員は「人類の気配」を消す必要があり、クマの毛皮を被って世話をしている。(※この毛皮はクマを狩猟して剝ぎ取ったものではなく、当園で飼育していたクマが天寿を全うした際、シャーマンに依頼してクマの魂と対話し、許可を得た上で利用したものである。シャーマン費用はかなり高くついたので、二度とやるまい)
怯えたスチュパーリデス・バードが暴れた際に、その嘴が脅威となるのは伝承通りなのだが、鎧の下にコルクで編んだ服を仕込んでおくと嘴が奇麗に止まってしまう。これは物理的には非常に説明がつかない現象であるため、彼らが神秘のもとに生まれた動物……「怪鳥」というよりは「神鳥」という方が正しいのではないか、と思わせる。
また、当園従業員にはライカンスロープ(狼男)のKさんがおり、彼の存在を気取られると壁にぶつかり続ける勢いで逃げ出そうと暴れるため、彼がスチュパーリデス・バードのフロアに入らないよう厳重に注意している。(彼は鳥を愛する男なので、大きく肩を落としていた)
初期・継続ともに大きな費用を伴ったスチュパーリデス・バードの飼育であるが、彼らの存在を安全に公開することには大きな意義を感じている。
未だに地方の農村では、彼らを狩猟した世代が多く住んでおり、害獣として語り継いでいる。しかし、彼らとの共存を目指すための「学び」と、そして来園に値する「楽しさ」を当園全体が用意できれば、彼らのような神秘的生物との共存も決して難しくないはずなのだ。
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