第2話 ユニコーン

 国立フラウベルグム獣園。で飼育している動物には、まだまだ多くの変わり種がいる。

 とにかく共に過ごそうとするにも多くの障害があり、かなり厄介な奴の例を挙げよう。本書を読んでいただけているそこの貴方もよくご存じの生き物だ。

 そう、ユニコーンである。


 ユニコーン。一角獣。額の一本の角が生えた馬。角は毒や万病を癒し清める力があるとされ、我こそ煎じて飲まんと多くの権力者がこの生き物を求め、森に躍り出た。

 その結果として、この生き物もその数をかなり減らすことになった。この事実があるために、当園は彼らを飼育し、それを周知しようとしている。


 ちょうど、この手記を記録している最中に、私の仕事部屋の窓からユニコーン飼育の担当者が餌やりのために近づいていくのが見えている。

 彼らは乱獲によって数を減らしたが、恐らく今、彼らがただ狩られるだけの弱者だったかどうかが分かるだろう。

 担当者が乾草の詰まったバケツを抱えて5歩分程度近づいた瞬間――ユニコーンはギラリとその眼を光らせ、その鋭利な角の切っ先を担当者に向け、突進した。

 担当者は間一髪で飛び退き、これを避けた。

 この光景は日常茶飯事である。そう、ユニコーンという生き物は非常に獰猛であり、油断をすればこちらの生命が脅かされることもある。(そういった点が、狩猟のハードルと角の伝承=報酬と相まって、英雄的試練の対象とされたが故に、その乱獲は長年収まらなかった)

 だからこそ、今汗だくで若干股間を濡らしている担当者も、安物ではないプレートアーマーを着込んで餌やりに臨んでいたのだ。助けてやりたいが、今、彼にはいろんな意味で近づきたくはない。


 では彼らの飼育はどのようにすればうまくいくか。その答えも、眼前の担当者が見せてくれるだろう。

 担当者は半泣きで事務所に向かい、暫くすると一人の女性を連れてきた。

 当園の事務員、「オドノミコンの森」のエルフのHさんである。

 Hさんは、この世界の中でも文明から乖離した生活を送るエルフという種の中で、虐げられる森の生物たちをどのように守るべきか……という観点において、私や当園に賛同してくれた、非常に聡明な女性である。

 人の生活に紛れてはや数百年とのことだが、本当の年齢は教えてもらえたことはない。(書類の年齢欄はいつも空欄だが、どう言っても記入してもらえない)

 半泣きの担当者と、眼鏡の上の眉間がこれでもかとしわくちゃになっているHさんがユニコーンに近づき、10歩程度の距離で担当者だけが歩みを止めた。

 Hさんが餌のバケツを片手に一人で近づくと、体を横たえていたユニコーンがピクリを顔を上げた。むくりと体を起こし、ステップを踏みながらHさんに近づいていく。

 目を細めてユニコーンがその頭をHさんに摺り寄せる。Hさんはその表情をどんどん強張らせ、100歩は離れているだろうこの距離でもその怒りが伝わってくるようだ。

 何を隠そう、ユニコーンという生き物は、近づく相手をえり好みする。彼らは……処女にしか心を許さない。

 そして、そんなユニコーンが顔を蕩けさせるようにして懐いているHさんは……語るに落ちるようだが、つまりはそういうことなのだ。

 実のところ、当園にはユニコーンが心を許す女性従業員が、Hさんしかいない。本来ならば、彼女にはユニコーンの担当をお願いしたかったのだが、「性的な侮辱人事です」と断られてしまった。それ故に、彼女には事務作業をお願いする傍ら、「森林生活経験を基にした飼育担当者サポート」を業務として実施していただいているわけだ。


 当園の内輪話ばかりしてしまったが、話を戻そう。

 このように、ユニコーンと我々人類(+α)が共存するためには数々の前提が必要になってくる。

 彼らの角を煎じて飲む必要がある病にかかっていたとして、そして彼らの角の力を借りる必要があったとして、今わかっている研究範囲では、彼ら一頭を丸ごと狩猟する必要などないのだ。

 その角の切っ先でも表面でもいい。どこかをひとかけ、削り取らせてもらうだけでいい。

 もちろん、その絶大なる効力ゆえに乱獲と高額売買が行われているわけだが……そのような自然との接し方は論外である。

 彼らの力を使うには……いや、彼らの助力を得るには、純潔な女性がただ一言お願いするだけでよいのだ。

 こう書くと、なんだか非常に差別的な事実である気がする。いや、確かに差別はされているのだが……ユニコーンに。

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