いつかどこかの動物園の手記

@nippori-ch

第1話 アクリス

 考えることは人それぞれ、という言葉があるが、私にとってはとても大切な言葉である。

 正確に言えば、生きとし生けるものそれぞれで違うというのが大事なことだ。

 読者諸君は何を当然のことを、と思うであろうが、この気持ちをひと時たりとも忘れてはならないのが、私の生業なのである。


 この、「アクリス」という生き物の世話一つ、その志がなければ大変なことになってしまう、ということを手始めに記しておこう。


 アクリスとは、端的に説明するならば、顔……いや、口が巨大すぎるヘラジカだ。

 ヘラジカの個体差、なんてものではない。彼らの上唇は、その生活に支障が出るほど大きいのだ。

 彼らは元々、ある北国の島で和に過ごす草食動物だ。だがある時、その数を突如として激減させた。人間による狩りによるものであるが、それ以上に彼らのあまりにも無防備な生態が人々をそうさせてしまった。


 アクリスは、頭が大きいのですぐに歩き疲れる。


 アクリスは、歩き疲れるとすぐに木に寄りかかって休む。


 アクリスは、寝るとすぐには起きられない。


 するとどうなるか。煮て良し! 焼いて良し! 皮は大きくて暖かい! こんなにも「簡単」な生き物、狩られるしか道がなかったのだ。


 彼らは穏やかな性格の生き物であるため、私たち自身に危険をもたらすようなことはないが、どちらかというと彼らの身を案じる必要がある。

 先述のとおり、彼らは木に寄りかかって休む。では、程よい大きさの木が無かったり、足りなかったりしたらどうなるか? そう、彼らはその場で寝転がるのだ。


 寝転がった彼らの末路がどうなるか。そうなれば彼らは二度と地力で起き上がることはない。頭が大きくて重いからである。このような生き物がよくもまぁ今の今まで生き延びてこれたものだと驚愕してしまうが、人間が立ち入るまではそれほどに平和な島だったということだ。


 監視魔法が重要だ。当然、彼らの頭数に合わせた寄りかかり用の植木は用意してあるが、何せこののんびりした気質のために、空いてる木々があってもそのへんに寝っ転がることがある。

 そうなったら、もう二度と自力で起き上がることがない。丸一日程度の間にそれに気づき、起こしてあげる必要がある。


 このように、凶暴性などは程遠いが、アクリスを飼育するのには反永続的な集中力と、ローテーションを保てる労働力、そして正しい設備が必要不可欠になってしまうのである。


 勿論、私達は彼らの辿った歴史を良し! としてはいない。だが、その歴史を君達に知ってもらうために、二度と繰り返さないために、この書を記し……そして、彼らを保護・飼育し、展示している。


 自己紹介をしよう。

 ここは国立フラウベルグム獣園。

 私はこの園で働く、一介の飼育員である。

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