第23話 エピローグ
藤アリア探しが決着してから一週間がたった。
藤アリアこと、鳳奏は幸樹が連絡した鳳先生に連れられて帰宅。それ以来学校には姿を現さないまま転校していった。
鳳先生には記憶はない様子だったが、昔から妹が口にする変な話を少しは聞いていたらしい。結局彼女が誰だったのかは聞きだすことは出来なかったが、警察沙汰にしない代わりにしばらくは鳳先生が経過観察をするとのことだ。
最後の彼女の叫びと行動を聞く限りそんな対処で大丈夫かと疑いたくなるが、彼女が実際にしたことで証拠があるのは、由梨に警告文を二枚送りつけたことと、藤宮家のカードキーを盗み出したことだけだ。
カードキーについては、前世関連の事情を考えた幸樹が、訴えることはしないと決めたらしい。しかし、窃盗の証拠はしっかり押さえているらしいので、彼女も下手なことは出来ないだろう。
花恋に関してはシナリオライターとして一通りのシナリオは提出済みらしく、ゲーム製作は別のシナリオライターに引き継がれて継続している。
前世云々は彼女の妄想として捉えられ、彼女はしかるべき病院でカウンセリング治療を受けることになった。しばらくは転校先の学校に通いながら病院に通院するそうだ。
幸樹から話を聞いた紗良は、どこか複雑そうにしながらも、そうですかとだけ頷いていた。
紗良からしてみれば、彼女がどうして自分にあそこまで執着したか分からないままだっただろうが、記憶のない彼女にとって、真相が分かる日は来ないだろう。
事件に関する後日談として変わったことといえば、紗良の咲也に対する態度だった。今まで咲也に対して他と変わらず接していたはずの紗良が、事件の次の日からはあからさまに可笑しくなった。
翌日は、咲也を見かけると片っ端から逃げるようになり、変だと周囲に指摘されると逃げることは止めたが、咲也が近づくとあからさまに反応するようになった。
人懐っこくてパーソナルスペースの狭い咲也は、人との距離が非常に近い。昔から共にいる由梨はすっかり慣れてしまったが、どちらかと言えばパーソナルスペースの広い紗良は慣れないらしく、咲也が近づくたびに肩を跳ねさせている。
だがそれも、今までは子犬にじゃれられている程度に気にしなかった紗良が、事件以来過剰に意識していることは明らかだ。
恐らく、咲也が紗良を保健室に運んだ際に何かあったのだろう。
(そっか、紗良ちゃんってサク好みだったもんなあ)
幼馴染の性格を知る由梨は、どこか感慨深く見守っている。
無邪気で可愛らしくもしっかり男である幼馴染と、芯が強くカッコよくも可愛い友人。案外良いカップルになるのではないかと、実はちょっと楽しみだったりする。
(問題はこの人ね)
由梨は幼馴染の恋路を応援しながらも、隣でキノコを生やしている男に目をやってため息をついた。
二人の変化に気づいて一番ショックを受けているのは幸樹だった。
藤アリアの件の後始末に奔走している隙に、いつの間にか一変した紗良の態度にがんとショックをうけ立ち尽くしていた。
(これ、どっちにショック受けてるんだろ)
フローリアに未練があったように見せかけて、実は……という予想をたてていた由梨は、呆れたように幸樹を見た。本人が否定していたが、近すぎて気が付かない恋というものも世の中にはある。
幼少の頃より手の中にあった婚約者への想いに気づいたのは、自分で彼女を手放した後、というのは随分とばかげた喜劇だ。
由梨は思ったよりも抜けさくな男の精神にため息をついた。
「いや、だって男なんだし、これは仕方ない」
呟かれた言葉に、まだ自覚していないのかとため息をつく。
「君は大丈夫なの?」
「何がです?」
「いや……」
言いにくそうに口ごもる幸樹の視線の先には、紗良をからかって笑う咲也の姿。
幸樹の勘違いに気づき、由梨はああ、と他人事のように頷いた。
「大丈夫ですよ。ただの幼馴染ですから」
由梨にとって、咲也は小学生の頃からずっと変わらぬ可愛らしい弟分だ。咲也もまた由梨に男の部分を見せることはなかったし、これからもきっとない。記憶のことも含めて、由梨が彼を男として見ることは永遠に不可能だろう。
短い一文にそれらの感情を含めて答えたつもりだったのだが、幼馴染という単語では納得してもらえなかったようで幸樹は未だに心配そうな視線を向けてくる。
「幼馴染って、そんなもんですよ」
「でも、世の中には幼馴染の恋愛ものが溢れてるじゃない」
「それはそれ、これはこれです。人それぞれでしょう」
私は違いましたという由梨の言葉に、そういうものかと幸樹は思案する。
「そもそも、サクは私の好みじゃありません」
可愛くてふわふわして、砂糖菓子のように甘い。女として隣に立っていたら、こっちが嫉妬で潰れてしまいそうだ。
「じゃあ、どういうのが好み?」
「そうですね……芯が強くて真っすぐで、でもどこか抜けてるところもある完璧じゃない人がいいです」
「それって……」
幸樹の視線が咲也の隣にいる紗良に向かう。
「だから違いますって」
母性本能をくすぐられる原点は彼女かもしれないが、由梨には勿体ない。
「ただの好みなんですから、実際は違う人を好きになるかもしれませんしね。ほら、好みと好きになる人は違うっていうじゃないですか」
「そういうもんか」
「そういうもんです」
幸樹の呟きに返しながら、そうじゃない場合もあるけどそれは黙っておこうと、由梨は静かに流れる雲を見上げた。
転生者たちの後遺症 夏樹 @natuki0309
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます