第22話 後始末

 咲也と紗良が退場したあと、由梨と幸樹は奏を抱えて保健室へ向かった。先生は不在と好都合だったが、勢いよく突っ込んでいった先で蹴り飛ばされたのは相当の衝撃だったらしく、奏の意識は戻らないまま、保健室のベットに寝かせることになった。


「つまり、奏ちゃんが藤アリアだったってことなんですかね」

「あの口ぶりだと恐らくな」


 憎々し気な言葉を思い出して、二人とも苦い顔になる。


「これからどうしましょう?」

「迎えを呼んだから大丈夫だ」

「迎え?」


 由梨が幸樹の言葉に首を傾げていると、保健室の扉が男性の入室の声と共に開けられた。


「お待ちしてました。鳳先生」


 入ってきたのは奏の兄である音楽教師の鳳楽斗先生だった。

 注意して見れば、彼に重なる男性の姿が見える。宮廷では浮いたであろう異国風の衣装。こちらでいうところのアラビアン風の衣装に後ろで纏めた黒紫色の長髪。今よりも数段遊び人に見える姿に前世を意識して、由梨はぐっと腹に力を込めて緊張した。

 奏の兄で、藤アリア候補だった人物だ。


「奏が怪我をしたと聞いてきたんだけど、一体なにがあったのかな?」


 鳳先生は首を傾げてベットを振り返る。急に呼び出され、ベットに寝かされた妹を見た反応としては正しいだろう。


「女子生徒間で少しトラブルがありまして、言い合いの末に互いに手が出てしまったというところです」


 幸樹の適当な説明に、由梨は表情を固まらせた。

 トラブルがあったのは本当だが、その言い方ではただの痴情の縺れに聞こえる。


「それは……奏と橘さんの間で君を取り合って、かな?」

「そうです」

(は?)


 堂々と頷いた幸樹に、由梨の頬はひくりと引きつった。それではまるで由梨も奏も幸樹を好きと言うことになる。


(むしろ奏ちゃんには嫌われてるのに、よくもまあ、いけしゃあしゃあと)


 面の皮の厚さはさすが元王族というところか。

しかし、この状況では由梨が奏に一方的に危害を加えたようにしか見えない。そこはどう説明してくれるのだろうと思っていると、鳳先生がこちらを見た。


「……互いに手を出したっていってるけど、奏は気を失っていて、橘さんは無傷なのはどうしてからな?」


(ほらやっぱりー‼)


 そこで初めて視線があった由梨は、びくりと肩を跳ねさせた。


「橘さんは鳳さんを吹っ飛ばしましたが、それは鳳さんが彼女にこれを向けたからです」


 幸樹はそういって、先ほどのカッターナイフを鳳先生へ渡した。

 吹っ飛ばしたのは咲也だし、カッターを向けられたのは正確には紗良だが、どちらにも前世の記憶がないため話の辻褄を合わせるのは難しいだろう。そこを考慮して、由梨も幸樹の話に合わせるように沈黙を保った。


「それは穏やかじゃないね。他に怪我人はいなかったか?」

「はい。幸い、鳳さん以外に怪我人はいませんでした。暴力を推奨するわけではありませんが、怪我人がいないのは、橘さんが早くに鳳さんを無力化したからでしょう」


 これだけ聞くと、まるで由梨が喧嘩の強い人間に聞こえるのは気のせいか。

 由梨がいっそ感心していると、鳳先生の視線が由梨に向いた。


「橘さんも、藤宮くんの言う通りで間違いない?」

「あ、はい……すみませんでした」


 奏の兄である鳳先生に頭を下げる。

 しかし、これはそれだけで済む問題じゃないだろう。加害者本人以外に怪我人がいないとはいえ、下手をすれば傷害事件だったのだ。

 鳳先生も顎に手を当てて考えこんでいるように見える。

 どうするつもりなのか幸樹を窺うと、彼はすました顔でベットを指さした。


「さて、鳳先生。彼女をお引取り願えますか」

「は、いや」

「生徒間のちょっとした喧嘩ですよ。怪我人も本人以外いませんし、僕も彼女も大事にはしたくないと思っています」


 ね? と圧を感じる笑みにすかさず頷き返すと、鳳先生は静かな顔で黙り込んだ。


「それに、僕らがどうこうしなくても、先生ならきっと穏便にことを治めてくれるでしょう? 彼女も、お兄さんである先生の言葉なら聞き入れてくれるはずです」


 後をお任せします、と言うと幸樹は由梨を連れて保健室を後にした。

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