第20話 答え合わせ

「由梨ちゃん、今日も図書室?」

「うん。また交代頼まれちゃった」


 合宿明けの月曜日。由梨は放課後、図書室へ向かう準備をしていた。


「じゃあ、今日は僕も図書室でちょっと勉強して行こうかな」

「なら先に行っててくれる? ちょっと用事を済ませてから向かうから」

「はーい」


 元気よく返事をして駆けていった咲也を見送ると、由梨は隣の教室へ向かった。


「あれ、橘さんどうしたの?」

「奏ちゃん、ちょうど良かった」


 廊下側の席に座っていた奏に声をかけられ、由梨は手に持っていたチラシを見せると一緒に生徒会室へ行こうと声を掛けた。


「この間、生徒会へ提出するの忘れて持って帰っちゃったんだ。一緒に作ったんだし、これで問題ないか一緒に見てもらっていいかな」

「もちろん、いいよ」


 由梨のお願いを快く聞いてくれた奏は、カバンを持つと連れだって生徒会室へ向かった。

 生徒会室は職員室のある本館の一階の一番奥にある。


「合宿ではありがとうね」

「気にしないで。大したことはしてないよ」


 軽く手を振りながら朗らかに笑う奏に、由梨はカバンを持つ手をぎゅっと握りしめた。


「でも、おかげで誤解してた子とは和解できたよ」

「……そうなんだ! 誤解解けて良かったね。いつ仲直りしたの?」


 一瞬間が空いて、笑顔のまま奏に問われた。


「帰りのバスだよ。高校に上がると同時に引っ越ししたらしくて、帰りが方向同じだったんだ」


 バスの中で彼女に話を聞いて、通りで小学校で覚えがないはずだと思った。


「へえ、そうだったんだ」

「奏ちゃんは学区違ったもんね。知らなくて当然だよ」


 由梨たちが生徒会室に行くと、会長である幸樹と書記の楓がいた。


「お疲れ様です、合宿の時のチラシを持ってきました」

「ああ、あの時の。ご苦労様」


 由梨が会長の前に行き、由梨は完成させたチラシを机の上に提出した。


「うん、問題なさそうだね。これを印刷して、明日にでも全クラスに配るよ」

「よろしくお願いします」

「ところで、合宿での鍵の件について話しがあるんだけど、今ちょっと良いかな?」

「はい」


 由梨は会長に促されて、生徒会室のソファーに座る。


「じゃあ、私は先に帰るね。またね、由梨ちゃん」

「あ、うん。またね」

「鳳さんもありがとう」

「いいえ、会長はいつもお忙しいでしょうから。それじゃあ」


 奏は一礼すると穏やかに退出した。

 扉が閉まったのを確認すると、由梨は知らずにつめていた息を吐いた。


「なんだ、緊張してたのか?」

「まあ、ちょっと」


 意識して深呼吸すると、知らず握りしめていた拳も漸く解くことができた。


「あ、今日紗良ちゃんは?」

「今日は早めに帰ると言って、少し前に出たよ。鍵の件、常葉が聞いたら犯人のところに怒鳴り込みに行きそうだったから、ちょうどいいさ」


 肩を竦める幸樹の紗良に対する評価に、由梨は苦笑した。

 紗良はそこまで短慮ではないが、話を聞いたら怒ってくれそうなほどに友達思いであることは確かだ。


「それで、鍵の件だけど」

「はい、どうでしたか」


 由梨の問いに、幸樹は神妙な顔で一つ頷いた。


「あたりだった。鍵を仕掛けた犯人は彼女、鳳奏だ」


◇◇◇


 紗良が昇降口についたとき、ちょうど向かいの廊下から来た女子生徒に声をかけられた。

 すぐにそれが由梨や咲也と同じクラスの女子生徒であり、先日由梨と一緒にチラシを作った生徒だと気づいたが、特段仲の良いわけでもない相手に声を掛けられたことに驚いた。


「常葉さん今帰り? 良かったら途中まで一緒に帰らない?」

「構わないけど……」


 紗良は戸惑いながらも頷いた。

 紗良の外見で、そう気さくに話しかけてくれる人は少ない。家族や友人は気軽に話しかけてくれるが、クラスメイトの多くは紗良のことを遠巻きにしていることがほとんどだ。

 明るく気さくに話す奏に、紗良は新鮮な想いで校門へ向かっていた。


「常葉さんて、ちょっと怖い人かと思ってたけど、結構話しやすい人なんだね」

「あら、随分と正直に言うのね」

「あ、ごめん、そんなつもりじゃ」

「まあ、下手な愛想笑いより、それくらい明け透けなほうが楽だわ」


 意外とはっきりと物を言う奏に、紗良は苦笑した。しかし、悪意がないことが分かるために、怒りは湧かない。


「常葉さんと橘さんって仲良いんだね。昔っからの友達なの?」

「いいえ、高校にあがってからよ。私外部入学だから」

「あ、私もだよ。この学校、生徒は内と外で半々くらいだもんね。でも二人仲が良いから、昔からの仲なのかと思ってた」


 奏にそう言われ、紗良はまんざらでもない様子で頬を染めて微笑んだ。

 外見と強気な性格が災いして教室から浮き気味だった紗良は、成績優秀さを買われて生徒会副会長となった。そのことでより女友達が出来にくくなっていたため、仲が良いと称される友人が出来たことがとても嬉しい。

 第三者から見ても仲が良いと思えるのなら、更にだ。


 上機嫌で歩いていると、ふと隣を歩いていた奏が足を止めていた。


「どうかしたの?」


 紗良が振り返ると、奏はうつ向いて小さな声で言いにくそうに口を開いた。


「あの、二人が仲が良いのは素敵なんだけど、ちょっと気になることがあって」

「なに?」


 眉を寄せて苦しそうにしている姿に、紗良はあえて優しい声をだした。


「橘さんが、会長に近づくために、常葉さんを利用してるって」

「……そう」


 恐る恐ると口にされた言葉に、紗良はただ静かに一言だけ呟いた。

 上機嫌だったはずの気持ちが急降下し、声が自然と低くなる。


「誰がそんなこと言ってるのかしら」

「その、噂で聞いて……」


 奏は両の手の指をすり合わせながら、視線をあちこちへ彷徨わせている。

 この先がある程度予想できる展開に、紗良は湧き上がる怒りにため息をついた。


「また噂。出所不明の根拠のないものを信じて他者を中傷するなんて、低レベルにも程があるわよ」


 口が優しくない自覚のある紗良だが、今日は怒りもあって口調がより強くなる。

 もともとが釣り目であるため、ちょっと目に力を入れると、途端に眼力が増す紗良に睨まれて、奏は思わず肩を縮こませた。

 しかし、それでも口を閉ざさないだけの根性があったらしい、奏はでも!と鞄を抱きしめながら声を張り上げた。


「合宿で一緒にチラシ作ってるときに言ってたもん! 紗良ちゃんのおかげで会長に近づけてラッキーって! こんな豪邸にもただで泊まれたって」


 だから、私心配で、と涙さえ滲ませた奏に、紗良はすっと冷たく瞳を細めた。


「合宿の時、由梨さんたちが貴方に協力を求めた際は、早く誤解が解けたらいいって言っていなかったかしら?」

「その時はそう思ってた。でも、その後の作業中に橘さんがそんなことを言っていて、それに、橘さんは最近になって突然、会長と急接近し始めたって友人に聞いて。だから、きっとそうなんだと思うんだ」


 うつむきながらも懸命に言葉を紡ぐ奏は、一見、真摯に訴える心の優しい少女に見えるかもしれない。しかし、紗良にはどこか懐かしい嫌悪感が感じられ、厳しい瞳で彼女を見据えていた。


「貴方が聞いた噂って誰から? その話をした友人の名前は?」

「それは……あれ、誰だったかな?」


 色々な人に聞いたから、分からなくなっちゃったと眉を下げる姿は、なかなかに高い演技力だと紗良は思った。標的となる人間以外、特定の名前を出さないことも重要だ。

 だけど、まだ甘い。


「そういう手口って、今まで何度もされてきてるのよね。私の気が強いからだと思うんだけど、今回みたいな裏切られる側と、逆に標的にされたこともあるわね」


 紗良は聞き飽きたと言わんばかりに、肩にかかった金髪払いあげる。


「私の外見って目立つのよ。自覚がないわけないでしょう? それにこんな性格だし、貴方みたいな人、たくさんいたわ」


 覚えておきなさい、と怒りが頂点に達した時の低い声で紗良は相手を見下ろした。


「私は自分の目で見て耳で聞いたこと以外戯言は信じないわ。由梨さんが私を利用したというのなら、それも彼女から聞くまでのこと。彼女が違うと言うのなら、私が信じるのは彼女よ」

「そんなの、正直に答えるはずないじゃない」

「友人の口から聞いて、それが本当か嘘か分からないほど節穴じゃないわ。他人の口から聞いて鵜呑みにするより、ずっとましよ」


 言い切る紗良に、奏は言葉につまった。


「どうして、そこまであんな女信じるのよ」

「私にとって大事な友人よ」

「貴方を裏切った女なのに!」


 奏は絞り出したような声で絶叫した。


「彼女に裏切られたことなんてないわ」

「いいえ、貴方が覚えていないだけ。それなのに、よりによって、あの男とあの女が傍に居ることを許すなんて!」


 怪訝な表情をする紗良に、奏は捲し立てるように話しつつ、どんどん近づいていく。どこかようすの可笑しい奏に、紗良は距離をとるように後ろに下がった。


「鳳さん? 貴方、どうしたの?」

「どうもしません、ただ、貴方のことを思って僕は」

「僕?」


 口調が変わった奏に、紗良は訝しげに眉を寄せた。


「紗良ちゃん!」


 どんどん可笑しくなっていく奏に、二人っきりは危険だと思い始めていた紗良は、複数の足音と共に届いた由梨の声にはっと顔をあげた。


「大丈夫⁉」

「え、ええ。貴方たち、どうして……」


 酷く焦った様子で走ってきた由梨の後ろには、幸樹までついてきていた。

 二人は紗良と奏の間に割り込むように入ると、奏から距離を取った。


「窓から二人が歩いているのが見えたから」

「彼女が、合宿でカードキーを仕掛けた犯人だったんだ」


 どういうことか、と問いかけた紗良の言葉に答えたのは幸樹だった。


「壊したこと自体はうちの使用人だった。彼女は使用人が隠していたカードキーの残骸を見つけて、利用することを思いついたんだろう」

「なるほどね」

「動機は恐らく、橘さんを君から遠ざけるためだ」

「私?」


 犯行よりも思いがけない理由に、紗良は首を傾げた。


「貴方ではなくて私なの?」

「俺はどちらかというと、嫌われている方だと思う」


 幸樹の言葉で、あの男と言うのは幸樹のことだと分かり、紗良は更に疑問を深めて奏を見つめた。


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