第19話 思いもよらぬこと

 チラシがほぼ完成する頃。窓の外から夕陽が差し込むようになった頃に、会議室の扉が開いたのか、上の階が騒がしくなった。


「会議終わったみたいだね」

「だね、私たちも戻ろうか」


 二階にあがると、ちょうど廊下の向こうから咲也と紗良が歩いてきていた。


「由梨ちゃん、奏ちゃん、お疲れ様」

「お疲れ様」


 元気に駆け寄ってきたサクに微笑むと、奏と別れて部屋に向かう。

 部屋について早々に疲れたと言ってソファーに寝ころんだ咲也だったが、いつもは叱る紗良も疲れていたのか、そうね、と言ってソファーに座った。


「本当にお疲れ様。お茶淹れるね」


 疲れている二人のために、部屋に備えられているハーブティーを淹れると、室内に柔らかなハーブの香りが漂い、紗良の表情がほっと和らいだ。


「毎年のことだけど、こういう会議っていつも長引くのよね」

「今回も、一年生と二年生の劇の順番や、露店の場所で結構もめたから」

「どのクラスの文化委員も譲らないから大変」

「それはそれは」


 二人の愚痴を聞きながら、夕食の時間まで三人はのんびりと部屋で過ごした。


「由梨ちゃんは午後問題なかった?」

「うん、奏ちゃんと二人でチラシ作ってたよ」

「へえ、どんなやつ?」


 これ、と由梨がチラシを見せる。


「会議では、ちょっとざわっとしてたけど、会長と紗良ちゃんがびしっと進行をとってたら段々と皆も忘れてたと思うよ」

「会議の方が熱心になったもの、余計な噂に構ってる暇なくなったんでしょう」


 問題の女子生徒も、会議が熱を帯びるにつれて、その場にいない由梨の話はいったん頭の隅に追いやったようだ。


「さっきの夕食の席で少し睨んできてたけど、この調子で否定しつつ相手にしなければ忘れてくれるんじゃないかしら」

「結局のところ、ただの勘違いだもんね」


 二人の言葉に、良かったと由梨は内心でほっとした。


「というか、今回の件で逆に由梨ちゃんと会長が知り合うきっかけ作っちゃったと思うんだけどな」

「皮肉な話だけど、合宿の責任者は会長だもの。場所を勝手に変更した件もあるし、問題が起きれば対処するのは生徒会の役目。彼女は、自分で他者を想い人に近づけてしまったのね」


 自業自得だと話す紗良だが、由梨はなんだか申し訳なかった。


(そもそも夜に密会したのが不味かったんもんな)


 あれを目撃されたのが始まりだ。

 もっと慎重な行動を取るべきだったと、多方面へ迷惑をかけてしまったことに少し落ち込んでいると、咲也が早速スマートフォンを取り出した。


「如月くん、またそれをやるの?」

「うん、イベント頑張らないと」

「本当にそのゲームが好きなのね」


 熱心にイベントを進める咲也に、紗良がしみじみと言う。


「如月くんの一番のお気に入りは誰なの?」


 紗良の問いに、咲也は画面から顔を上げた。


「教えてあげたいけど、これ言うとネタバレになっちゃうんだよね」

「良いわよ。私、多分それほど出来ないと思うから」

「あ、なら私も知りたいな」


 紗良の言葉に便乗して、由梨も手をあげた。


「ええー……まあ、無理強いは良くないもんね」


 本当はちゃんと全部クリアしてから見て欲しかったけど、といいながらも、咲也は己のゲームを操作して一枚のスチルを開いて見せた。


「これ……」


 そこには、月光の元、頬を染めて手を取り合いダンスを踊る女性が写っていた。


「フローリアと…………ダリア?」

「そう」

「え、でもこのダリアって子、確かお助けキャラじゃなかった?」


 驚いた表情のまま、由梨は問いかけた。


「そうなんだけど、全部のキャラクターをクリアしたあとでもう一度グレイ王子ルートを好感度最悪のまま進めると、このダリアがシナリオにどんどん絡んでくる特別ルートが始まるんだ。このルートは結局誰とも結ばれないグッドエンドって感じなんだけど、卒業パーティの王子とのダンスをスルーすると、学園の中庭でフローリアとダリアがダンスするスチルが手に入るの。これからもお互い頑張りましょうって互いを鼓舞する友情のダンスなんだけど、別名百合ルートって言われてる」


 花恋の特徴の一つとして、このゲームにバットエンドは存在しない。

会話選択と音楽ゲームによって進むシナリオはキャラクターごとに一本ずつで、ゲーム内の試練をイベントとしてクリアしていけば必ず攻略対象と結ばれることが出来る。

 代わりに、試練をクリアしない限りは絶対に先のシナリオに進めないという難点があるが、バットエンドのないシナリオは気軽に楽しめると、今まで乙女ゲームに触れたことのない層もが手に取るようになり、プレイヤー層の幅を広げていた。


(ただし、やり込むタイプのゲームファンには物足りないっていう人もいて、今後どうするか運営も悩んでるみたいってサクが言ってたな)


 スマートフォンゲームの強みの一つは、ゲームをどんどんアップデートすることで、ゲーム自体を進化させていけることだ。しかし、すでにある程度の人気を博している花恋であまりに強引なテコ入れは、現在のファンを失う可能性も秘めている。

 その辺りは運営の手腕が問われる部分だろう。


「このスチルのダリアがとっても可愛くて」

「じゃあ、如月くんの一番って、この子なのね」

「そうだよ」


 うっとりと画面を見つめる咲也につられて、あらためて由梨もスチルを見る。

 両肩の出る空色のイブニングドレスに、真珠があしらわれたネックレスとピアス。ドレスにも真珠とダイヤがこまやかに散りばめられているのか、月明りに反射したそれらがきらきらと輝いている。美しく化粧された頬は、楽しさからか朱色に染まっており、気高い女王を一時だけ愛らしいお姫様に変身させていた。


 向かいで画面にやや背を向けているのがフローリアだが、彼女もまた桃色のドレスに生花を散りばめておりまるで春の妖精のようだ。こちらを向いて微笑んでくれたなら、ますます彼女の虜となった男性が増えたことだろう。


(これは、どちらもファンが増えるはずだわ)


 美しい女性たちの秘密のダンスはなかなかに心が浮き立つ光景だった。


◇◇◇


 その後の会議も滞りなく終了し、バーベキューを終えた由梨たちはそれぞれ帰りのバスに乗り込んだ。


「帰り道の方向ごとにバスが用意されてるって、本当に至れり尽くせりだね」


 由梨と方向が同じなのは、小学校の校区が同じだった咲也と楓だ。小型のバスは十人ほど乗れる広さがあったが、同じバスに乗り込んだのは由梨を含めてたった四人だった。咲也と楓、さらにバスの奥には、不機嫌そうな顔でひとり座っている女子生徒がいた。


(あの子、奏ちゃんと同室の子。同じクラスになったことないはずだけど、学区同じだったんだ)


 由梨がじっと見ていると、顔をあげた彼女と目が合ってしまった。


「あの、隣座っていいかな?」

「……好きにすれば?」


 ちょうどいい機会だと、由梨は思い切って彼女の隣に座った。

 無視されるかもと思っていたが、彼女は不機嫌ながらも無視することはなかった。


「あの、会長とのことなんだけど、本当に誤解なんだ」

「…………」


 無言で窓の方を見続ける彼女に、由梨は胃が痛む思いをしながらも話しかけ続ける。


「会長に会いに行ったのは確かだけど、あれは副会長のことでちょっと聞きたいことがあったから呼ばれただけで……」

「…………」

「決してやましいことは、全く……」

「…………」


 離れた席で見守っている咲也が頑張れと身振りで応援しているが、ひとり話かけ続けることに由梨は早々に心が折れそうだった。


「もういいわよ」


 由梨がどうしようかと困っていると、女子生徒がため息をついて振り返った。


「貴方が嘘ついていようがついてなかろうが、本当は私には口出しする権利なんてないんだもの」


 呟かれた言葉は寂し気で、少女の憂い気な表情が恋する少女の切なげな心情を表していた。


(この子、本当に会長のことが好きなんだ)


 好きな人に恋焦がれる少女のなりふり構わない行動はよく分かる。こんな行動をしても嫌われると分かっていても、嫉妬に走ってしまうことは確かにあるのだ。

 由梨はその子のことを、なんだか嫌いには慣れないなと思った。


「でも、貴方が会長に言い寄ってるって聞いたら、どうにも堪らなくなったのよ……」


 やるせない表情の彼女に、由梨は申し訳なくなった。

 由梨が紛らわしい行動をしたことで、彼女の想いを嫉妬という形で表に出すことになってしまったのだ。

 しかし、そこでふと由梨は彼女の言葉に引っかかりを覚えた。


「聞いた? 誰に?」

「誰にって……」


 続いて発せられた少女の言葉に、由梨は目を見開いた。

 驚く由梨を他所に、彼女は由梨の知らなかった真実を口にしていく。


(それってつまり、もしかして……)


 急いで確かめなければならない。

 由梨はバスが自宅近くに停まると、少女にお礼を言って急ぎ帰宅した。

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