第18話 もう一人の文化委員

 奏と女子生徒の部屋に行くと、女子生徒は不在で、運がいいことに奏だけが部屋にいた。

 楓が手短に状況を説明して依頼すると、奏は快く了承してくれたので、由梨はほっと息をついた。


「巻き込んじゃってごめんね」

「ううん。噂って怖いから。あの子も早く誤解に気づいてくれたらいいんだけど」

「合宿は明日で終わりだから、夕方のバーベキューまでの間だけお願いします」


 とはいえ、由梨の仕事はほとんどが藤宮家の使用人がしてくれているため、今度は二人で暇を持て余すことになってしまう。


「何か、私にできることがあれば言ってください」

「それじゃあ、例年より少し早いが、デザイン募集のチラシを作成してもらえるか」


 楓が提案したのは、文化祭のパンフレットの表紙に使われるデザイン募集のチラシだった。全校生徒を対象として募集されるそれは、毎年規定要項が同じだ。去年のチラシを参考にして作れば問題ないだろうと言われ、由梨は頷いた。


「あとで去年のチラシを渡すから、軽く原案を作ってみてくれ。締め切りはまだ先だから、急ぐ必要はない」

「分かりました。ありがとうございます」


 お礼を言ったところでちょうど午後1時の鐘がなり、昼休みが終わったことを告げた。


「午後の会議が始まるな」

「じゃあ、私は一度部屋に戻って筆記用具とかとってきます。チラシ作りはエントランス近くの広間でいいかな」

「うん、先に行って待ってるね」


 奏と別れると、一度三人で楓たちの部屋に戻った。


「どうだった?」

「問題なく了承してくれたよ。午後は広間の机でチラシ作りしておくね」


 由梨が説明すると、それなら安心だと紗良は頷いた。


「例の女子生徒に何か言われなかった?」

「部屋には居なかったみたいだから、会わなかったよ」

「なら良かった。会議室で会ったら私がガツンと言っとくわ」

「えっと、気持ちだけで十分。紗良ちゃんに言ってもらったら、また人に助けられてってますます言われちゃいそうだし」


 大丈夫だよ、と由梨が笑うと口惜しそうに紗良は口を引き結んだ。


「それじゃあ、またあとでね」


 全員を会議に送りだして、由梨もまた広間へ向かった。


「おまたせ!」


 由梨が広間に着くと、既に奏は着席して筆記用具を広げていた。


「これ、五木くんから預かったチラシ」

「ありがとう。結構細かい要項あるんだね」


 募集要項は、デザインが採用されたのちにパンフレットの表紙として印刷されるため、デジタルデータの場合の提出様式については細かい指定があった。アナログに関しても、サイズを守らなければイラストが切れてしまう可能性があるため、その辺りの規定は見落としのないよう強調して記されている。


「今回も、この辺は目立つように赤で書いて、数字の部分は下に二重線引こうか」

「そうだね。あとは、スペースあるところに小さなイラストあると見やすいかも」

「確かに。鳳さん、こういうの得意なんだ」

「奏でいいよ。鳳だと紛らわしいでしょ」

「え?」


 奏の言葉に、由梨が首を傾げると、奏もまたえ?と首を傾げた。


「え、気づいてない? 私の名前」

「名前?」


 彼女の名前は鳳奏。鳳…おおとり……


「音楽教師の鳳楽斗」

「……もしかして兄妹?」

「正解!」


 気づいてなかったんだね、と笑う奏に、由梨はええ! と声をあげた。


「一年生の中で気づいている人結構いるよ。私、何回も聞かれたもん」


 橘さん鈍いね~と笑う奏に、由梨は自分も笑うほかない。

 鳳先生=アダン・メークスという印象が強く、それにばかり気を取られていた。それに、アダンには男兄弟はいても妹はいない。もちろん前世の話ではあるが、そのせいですっかり頭から抜け落ちていた。


(鳳先生。今のところ、藤アリアに一番近い人物)


 その妹が今目の前に居るとなると、少し探ってみるのもありなのではないだろうか。


「あの、鳳先生って、家ではどんな感じなの?」

「なになに、由梨ちゃんって、実は兄さんみたいなのがタイプ?」


 由梨の問いに、奏は瞳を輝かせて食いついた。コイバナは女子生徒にとっては何よりの大好物だ。由梨が肯定も否定もする前に、奏は勝手に話を進めていく。


「でも兄さん結構チャラいからおすすめしないよ。あれで教師してるのが妹の私にも信じがたいし」

「そうなの? 授業は結構面白かったけど」

「でも、すぐ女子生徒の手とか頭とか撫でるし、あれは顔面偏差値高いから許されてるだけで、そうじゃなかったらすぐに変態教師って騒がれてるから」

「て、手厳しいね」


 身内としての容赦ない指摘に、由梨は苦笑した。

 確かに、鳳先生は楽器の腕は優秀だと思うが、纏う雰囲気が軽く、授業外での生徒を惑わせるような言動はあまり教師らしくない。どちらかといえば、前世と同じく演奏家が向いていそうだなと思った。


「あんなナンパな男じゃなくて、自分だけを見てくれる王子様的な人がいいよね」

「そ、そうだね」

「橘さんって花恋知ってるよね。如月くんがハマってるって言ってたし」

「奏ちゃんもやってるの?」

「うん、結構やってるよ」


 思いがけず驚く由梨の前に、奏がゲームを起動させたスマートフォンを掲げた。

 聞きなれた音楽が流れ、最近ではすっかり見慣れた人物たちの絵姿が流れていく。


「橘さんは誰が一番好きなの? 私はね、皆好きだよ」


 それはあまりにあっさりとしていて、まるで誰も好きじゃないと聞こえた気がした。


 由梨が唯一進めたのはグレイ王子ルートだが、ご本人と知り合った今、それを推しとして他人に告げるのは結構恥ずかしい。


(そもそもクリアしただけで推しじゃないし)


 ここは正直に答えるのが無難だろうと、由梨は事実だけを述べた。


「サクに勧められてグレイ王子ルートだけやってみたんだ。でもまだ一回だから、誰を好きって決められないかな」


 困った顔でそういえば、そうだよね、皆魅力的だもんね、と勝手に解釈してくれた。


「今確か、イベント中なんだよね」

「そうそう! イベント専用ストーリーが読めるから、オススメだよ」


 どこかで聞いた宣伝文句に、まるで咲也を相手にしているようだなと思った。


「でも、グレイ王子ルートをやってみたなら、王子様にくらっとこなかった? グレイ王子カッコ良かったでしょ?」

「カッコ良いはカッコ良かったけど……」


 ダリアへの仕打ちを知る身としては、花恋のフローリアと結ばれる王子はあまり好きにはなれない。


「ほら、それよりチラシちゃんと作らないと」


 由梨は目の前のチラシ作りで無理やりに話題をそらした。


「でも、ほんとの話、兄さんは止めた方がいいよ。彼女っぽい人が何人もいるみたいだから」

「そうなんだ」


 確かに、鳳先生の外見なら、女性のほうから寄ってくるだろう。


「私、二股かける男って、絶対許せないんだよね」

「う、うん」


 女の敵だと話す奏の声にはどこか強い感情が込められているようで、由梨は気圧されるように頷くと、チラシの続きを再び促した。


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