第17話 男女の密会には面倒がつきもの
「起こしてくれてありがとう由梨ちゃん」
イベントイベントと呟きながら早速花恋を起動した咲也に、楓がああ、と眼鏡を上げながら声をあげた。
「イベントって言うのはそのゲームか。確かそれ、幸樹もやってた」
「え! 藤宮会長も花恋やってるの!?」
仲間が増えたと喜ぶ咲也に、由梨は内心で苦笑する。
会長が花恋をプレイしたのはシナリオを確かめるためだ。咲也の様に全力でイベントを楽しむタイプではないだろう。
後で会長へ突進していきそうな咲也を横目に、さてどう止めようかなと由梨は頭を悩ませた。
「五木くんはやってないの?」
「俺はそういったゲームには興味ないから」
「やってみたら結構面白いよ?」
「こらサク、無理に人に勧めないの」
「強制はしてないもん!」
「本当に仲が良いんだな」
由梨に叱られて膨れる咲也を見ながら、楓は切れ長の瞳を緩めた。
「常葉、最近の幸樹はどうだ?」
「以前のように意味もなく言いがかりをつけてくることは無くなったわ。本当に突然で、どんな心境の変化があったのか聞きたいくらいよ」
「そうか」
楓は紗良の言葉を聞くと、由梨に視線を向けた。
「さっきは災難だったな」
「え?」
「カードキー。原因はわかったのか?」
「いえ、会長が確認してくれるそうです」
「どのみち私たちのもらった鍵ではなかったのだから、由梨さんに責任はないわ。たとえ本当に由梨さんが踏み割ったのだとしても、あんなところに大事な鍵を落としていた藤宮家が管理不十分だったというだけの話よ」
紗良の言葉に、楓も同意するように頷いた。
「俺もそう思う。だが、どういうわけかこの合宿に参加している者のなかに、橘を悪く言う者が何人かいて、今ちょっと会議室がぴりぴりしているようだ」
「えっ!?」
寝耳に水な話に、由梨は驚きの声をあげた。
「どういうことですか?」
「君たちは裏庭からそのまま食事の席につき、その後すぐ部屋に戻っただろう? 君たちが出た後で、実はわざとだったんじゃないのかと囁くものが居たんだ」
「わざとって、だからあれは由梨さんのカードキーじゃないと……」
「自分のじゃないカードキーをくすねて割り、それを見せて被害者ぶっている」
「そんな馬鹿なことを!」
楓の言葉を、紗良は愚かだと吐き捨てた。
人の気を惹くために、高価な鍵を盗んで破壊するなど、例え学生であってもバレればただでは済まない。リスクが大きすぎた。第一、そんな工作すぐにバレる。
「俺もあり得ないと思うさ。だけど、一部の女子生徒からは会長の気を惹きたいがために橘がやった可能性もあるだろうと言う声が出ていた」
「誰よそんなでたらめ言ったやつ。今すぐ抗議しに行くわ。教えて」
「言わないよ。そしたら今度は常葉と喧嘩になるだろう」
「先に喧嘩を売ってるのはそいつらでしょ。いいわよ、まとめて一括で買ってやるわ」
威勢よく啖呵を切る紗良だが、喧嘩を売られているのは由梨だ。
楓の肩を掴んで揺さぶり効きだしそうな紗良をなだめながら、由梨は視線を楓に向けた。
「それで、その子たちは?」
「ダイニングに残っていた会長が注意して変な言いがかりは止めさせた。だけど、言い出しっぺの女子生徒は納得していない様子で、今度は君と会長の関係を疑っているようだ」
「私と会長の関係?」
「デキてるんじゃないかって」
「「はあ!?」」
由梨の驚愕と紗良の怒りの声が重なった。
「どうしてそうなるんですか」
「君と会長が深夜に密会しているところ見たそうだ。恋人なんですか、と幸樹を問い詰めていた」
「それで会長は?」
「見間違いだと言っていたが、女子生徒は納得していなかったな」
そうだろうと思う。
深夜の密会と言うのは昨夜の話し合いのことだろう。部屋に入る姿か出る姿を見られていたのか。また部屋の前でカードを見つけた際もつい話し込んでしまったし、見られた可能性は多いにあった。
(軽率だった)
前世の話が出来る相手が見つかって浮かれていたのは否めない。
藤宮会長は財閥の御曹司であり、文武両道眉目秀麗の有名人だ。中高一貫校であるとはいえ、高等部一年生から生徒会長を堂々と務めている姿は女子生徒の憧れの的で、彼に恋する女の子は多い。いつだって会長は人の中心に居る人物で、だからこそ、由梨もつい先日までは高嶺の花として見上げていることしか出来ない存在だった。
(前世が王子様って点だけ見ると、むしろ余計高嶺の花になったはずなんだけど)
しかし、二人には前世の記憶とダリアへの後悔という二点の共通点があった。
(二人だけの秘密って、男女の関係を親密化させる重要要素とかって、前に本で読んだことあったな)
つまり、二人しか知りえない秘密があったことで、由梨と幸樹の距離は一足飛びで縮まってしまったのだ。無論、その距離は人として、友人としての距離であり、そこに恋愛は決して交差しないのだが、傍から見ている人間にそんなことは分からないだろう。
会長に憧れている生徒からみれば、突然今まで見たこともない生徒が会長に馴れ馴れしく近づいたことになる。当然、どんな手を使ったんだということになるだろう。
「それで、本当のところどうなんだ?」
「え?」
「君と幸樹の関係」
「そ、そんなのあるわけないじゃないですか! 私と会長ですよ。なんの接点もありません」
「じゃあ、本当に昨夜は幸樹の部屋にはいってない?」
「それは……」
「この部屋の隣って幸樹の部屋なんだ。部屋と部屋の間はしっかり防音されているが、扉越しだと廊下の音も結構拾える」
こんこんと扉を叩きながら話す楓に、由梨は観念して肩を落とした。
「昨日の夜は、確かに会長の部屋で少しお話しました。でも、決してそんなデキてるとかじゃなくて、ちょっと話を聞かれただけで」
「そうだったの?」
白状する由梨に、紗良はぱちりと瞬きした。
「常葉は気づかなかったのか?」
「紗良ちゃん良く寝てたから」
「早寝なんだな」
「悪かったわね」
紗良は楓の言葉に鼻を鳴らすと、振り返って由梨を心配そうに見つめた。
「会長に何を聞かれたの? 変なことされてないわよね」
「だ、大丈夫。何にもされてないよ。美味しいハーブティー淹れてもらっただけだから」
話したのは主に前世の話だ。この場にいるのは全員前世関係者だが、由梨以外に記憶はない。それについてどう話そうかと思案していると、部屋の扉がノックされた。
「楓、いる?」
「ああ」
聞こえたのは幸樹の声で、ちょうどいい、と楓は扉を開けた。
「常葉と橘も居たんだ」
「僕もいます!」
「ああ、如月くんが楓と同室だったね」
ゲームをしながらも存在を主張した咲也に、幸樹は苦笑しつつもお疲れ、と声をかけた。
「ちょうどお前の話をしていた」
「俺の?」
「橘とデキてるのかって話」
「お前な……」
楓の率直な言葉に、幸樹は眉間に皺を寄せてため息をついた。
「でも昨夜、部屋に招いて話をしたのは本当なんだろ」
楓の言葉に、幸樹は話したのか? と由梨を見た。
しかし、皆が見ている前で前世の話など出来るはずもない。
「……少し、常葉の様子を訊ねたんだ。俺が今までずっと振り回してたから、最近の調子はどうかと思って。彼女は常葉と同室だろう」
幸樹の上手くオブラートに包んだ言葉に由梨は感心したが、紗良は腰に手を当てて呆れたように顔を顰めた。
「そんなの、彼女じゃなくて私に直接聞けばいいわよ、回りくどい。私の友人に迷惑かけないで」
「ああ……橘も悪かったね」
「いえ、お茶御馳走様でした」
「そのせいで、面倒なことになってきてるんでしょう?」
紗良の言葉に、そうだ、と幸樹は申し訳なさそうに眉を下げた。
「女子生徒には違うと否定しておいたが、あの手の子は俺じゃなくて君に何か仕掛ける可能性が高い。今後は一人で行動しないようにしてくれ」
「そんな大げさな」
「大げさじゃないわ。カードキーのこともあるし、由梨さんの名誉を貶める策を仕掛ける可能性もある。独りで行動しないに越したことはないわ」
「でも、どうやって?」
紗良が自分がついていると言うが、彼女は生徒会副会長だ。今回の合宿の副リーダーでもある彼女は幸樹と同じく会議の中心でもあるため、由梨の傍についているには無理がある。
「じゃあ、僕がついていようか? 文化委員一人抜けたって問題ないでしょ?」
「幼馴染とはいえ、男が傍に居たら逆効果じゃないか?」
「確かに……」
藤宮会長に言い寄っている疑惑がたっているのに、別系統で端正な顔立ちをしている咲也がずっと傍に居れば、別の女子生徒の神経をも逆撫でしてしまいそうだ。
「男は止めた方がよさそうね。他の手伝いの先輩と一緒にいるか、女子生徒の中で由梨さんを悪く言わなかった子に頼むのが一番無難でしょう」
「そうだな」
「でも、先輩の自習に同席したら、また難癖つける口実にされるかもしれない」
「ああ、それならうちのクラスのもう一人の文化委員はどうかな?」
咲也の提案に、由梨は裏庭の件を思い出した。
文化委員は、それぞれのクラスで男女一人ずつ。男子の文化委員は咲也で、女子の文化委員は
「確か、吹奏楽部の鳳さん?」
「そうそう。あの子なら同じクラスだから面識あるし、僕と由梨ちゃんが幼馴染なことも、紗良ちゃんと仲良いことも知ってるから、説明したら分かってくれると思う」
「じゃあ、そうしましょう」
咲也の案が採用され、一向は奏の部屋に向かった。
「彼女の部屋は隣の隣か」
「あ、お前は行かないほうが良い。彼女の同室相手は、件の女子生徒だ」
「ああ、そうか」
楓の静止に、幸樹はそれじゃあ自分と紗良で留守番しておこうと提案した。
「ちょっと、どうして私もなの」
「君が行ったら絶対女子生徒と口論になるだろう」
「その子が失礼なことを言ってこなければなにも言わないわ」
「ほら、その姿勢がすでに喧嘩腰だって言ってるんだ。ここで待っていろ」
「私に指図しないでくれる」
幸樹からの一方的な敵意がなくなったとしても、もともとそりが合わないのかもしれない。言い合う二人を他所に、楓と咲也はさっさと支度を整えると、扉の前から由梨を呼んだ。
「じゃあ、行ってくる。二人は大人しくこの部屋で待ってろ。下手に出ると、今度は常葉と幸樹で噂がたつぞ」
楓はそれだけ言うと、ぎょっとする二人を置いて部屋を出た。
「なんだかあの二人の扱いに慣れてるね、五木くん」
「高等部で顔を合わせて以来、いつもあんな感じだったからな。いい加減慣れたさ」
仕方ないと言わんばかりに肩を竦める姿がグレアムに似ていて、由梨は思わずはっとした。彼もまた、ダリアとグレイ王子の仲が拗れるまでは、今の様にどこか仕方なさそうにしながらも二人の傍で穏やかに笑っていたのだ。
(いつからか、お二人が一緒に居ることがなくなって、グレアム様も見かけなくなった)
どこでどんな分岐点があったのか。
気が付かなかった前世での分も、今世ではちゃんと見極められたらいいと、由梨は改めて思った。
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